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幼馴染に土下座されたので朝チュンしました  作者: 蒼黒せい


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第41話

 慌ただしい社交シーズンは終わりを迎え、義両親は領地へと帰っていった。

 同時に、私の両親も領地に帰るということで、ディカータ伯爵家のタウンハウスを訪れていた。


 別れの挨拶は簡単なものだったけど、お父様がわざわざ私の顔を見に来てくれたということが純粋にうれしかった。

 ただ、帰り間際の会話で、ちょっとした爆弾を置いていったことが気がかりとなった。


「あの嫡男の若造は、頑張っているようだな」

「…お父様、若造ではなくセシル様です」

「若造は若造だ。まぁ、約束を守ろうとしている気概は認めるがな、約束を守れなかったときはお前は帰ってくるんだぞ」

「………約束、ですか?」


 私は首を傾げた。

 約束とは、一体何のことだろう。


 不思議がる私に、お父様は呆れたように息を吐いた。


「あの若造は……やはり結婚は認めないほうがよさそうだな」

「えっ!?な、え、そ、だ、ダメです!」


 今更になってそんな話、受け入れられないわ!

 私はお父様の裾を引き、訴えかけるように必死に見つめた。

 お父様は苦笑し、私の頭に手を乗せる。


「分かっている、冗談だ。……今はな」

「…今でも後でもダメです」

「そうはいかん。話すべきことを話さない男など、信用に値しない。違うか?」

「それは……」


 そう言われては何も言い返せず、言葉も尻すぼみになっていく。

 確かに、お父様とセシルがどんな約束を交わしたのか、それは気になる。

 それが、どうやらお父様の言うところの結婚を認める条件でもあるようだから、セシルにはぜひとも話してもらいたいと思う。


「…まぁ、大方お前の負担にしたくないと思って話してないんだろう。だが、夫婦がそれでいいと思うか?」

「良くないです」


 お父様の言葉に、私は即座にうなずいた。

 その通りだと思うから。


 一緒に暮らすだけが夫婦ではない。

 時に助け合い、時に守り合う。

 それが夫婦だ。

 一方だけが、過剰な負担を負うなんて、そんなのは認めてはダメだと思う。


「ならば聞きだせ。私からは教えん。その程度、やってのけるな?」

「もちろんです」


 決意を込めた目で、お父様を見返す。

 それに満足したのか、お父様は珍しくも笑顔を浮かべている。


(お父様、笑うことができたのね)


 それに驚いていると、さっさとお父様は行ってしまった。

 相変わらず行動が早い人だ。


(約束…か。セシル、あなたはお父様と一体どんな約束を交わしたの?)


 私は王宮のある方角を見つめた。

 愛しい彼が、早く帰ってくるのを望んで。



 ****




 その日の晩、帰宅したセシルを捕まえた私は、早速問い質すことにした。

 場所をリビングに移し、普段は並んで座るところを、しっかりセシルの顔を見て話すために対面側に座る。

 いつもと違う私の様子に、セシルも何事かと身構えていた。


「セシル、あなたに聞きたいことがあります」


 私は笑顔のまま、セシルに話しかけた。

 セシルは私の笑顔に圧を感じたのか、少しだけ口元を引きつらせながら、それでも負けじと笑顔を浮かべている。


「いいぞ、何でも聞いてくれ」


(何でもって言ったわね?じゃあ遠慮なく聞かせてもらうわ)


 しっかり言質は取った。

 私はゆっくりと口を開く。


「私のお父様と、あなたとで何か約束しましたね?それは何ですか?」


 ピシリと音が聞こえてきそうなくらいに、きれいにセシルは固まった。笑顔のままで。

 この様子だと、話すのを忘れていたとかではなさそうね。

 ちゃんと覚えていて、その上で話さなかった。

 彼の態度に少し不信感を覚えつつ、返事を待つ。


 セシルは額に手を当て、思い悩んでいるようだった。

 そんなに言いづらいことを約束したというの?

 お父様のことだから、もしかしたらとんでもないことを約束させたのかしら?

 待つ時間が、どんどん不安を大きくしていく。

 膝に置いた手を握り締め、早く言ってほしいと思っていると、ようやくセシルは口を開いた。

 額に当てていた手を下ろし、まっすぐにこちらを見据える。


「…本当は、果たせてから言うか、言わないつもりだった」

「………」


 その言葉に、私の中で悲しみと怒りの二つの感情が吹き荒れる。

 私に黙ったままで済ませようとしたことへの、相反する感情が。

 それが、私の瞳から、涙となって溢れようとしていた。


「…私は、信用できないのね?」


 ぽたりと、涙は膝の上に置いた手に落ちる。

 それにセシルは驚き、慌てて弁明をし始めた。


「ち、違う、そうじゃないんだ!ただ、あなたに話すと余計な負担になるかと…」

「夫婦になるのに負担をかけたくないって……私は、その程度だったんだ……」


 涙がとめどなく溢れる。

 分かってた。

 私はどこまでもセシルに助けてもらってばかりで、彼には頼りないだろうって。

 でも、ここまであからさまに役立たずだと思われているのが、どうしようもなく悲しかった。


「……もう、いい」

「えっ」


 私は立ち上がった。

 今日はもう、セシルの顔を見たくない。

 そのまま部屋を出て行こうとした私に慌てたセシルは、すぐに腕を伸ばして私の手首を掴んだ。


「ヨランダ、わかった聞いてくれ!」

「いい!もう聞かなくていいわよ。どうせ私は役立たずよ!」


 涙でセシルの顔が見えない。

 滲んだ世界では、セシルがどんな表情をしているのかなんて分からないし、分かりたくもなかった。


「っ!」

「キャッ!」


 いきなりセシルに強い力で引っ張られる。

 いつの間にか私はセシルに両手で抱きすくめられ、身動きが取れなかった。

 暴れても、セシルは絶対に離そうとしない。


「離して!」

「いやだ、離さない。あなたが聞いてくれるまで、絶対に」

「いいって言ってるじゃない!一人でやっててよ!」

「それはごめん。だけど、聞けばきっとあなたは後悔する。ぼくに、とんでもない負担を与えたと、自分を責めるんじゃないかと怖かったんだ」

「………え?」


 セシルの言っている意味が分からなかった。

 とんでもない負担?

 私が自分を責める?

 ますます分からない。

 お父様が、セシルとどんな約束をしたのかが。


「それでも、聞いてくれるか?」

「……ぐすっ……聞かせて」

「…分かった」


 セシルは一度大きく息を吸うと、ゆっくり吐き出した。

 そして、覚悟を決めた瞳で、まっすぐに私を見つめる。


「リリバメン伯爵と結んだ約束は、『結婚は認める。ただし、10年以内に親衛隊隊長にならなかったら離縁しろ』というものなんだ」

「…………えっ?」


 セシルの言った意味が、すぐには理解できなかった。


(親衛隊に入るどころか、隊長になれですって?)


 怒りで上った血が、下がるどころか今度は血の気が引いていく。


「う、うそ…?」

「本当だ。まったく、君の父君はとんでもない条件を出してくれたものだよ」


 セシルは苦笑していたけど、とてもじゃないがそれで済ませていいものじゃない。

 親衛隊は王族護衛が任務だ。

 騎士の中でも選ばれたものしか慣れない栄誉であり、騎士になれたからといって親衛隊になれるかは全くの別物。

 剣としての実力だけでなく、人格・家柄・個人の資質が極めて重要だ。

 その隊長であれば、さらに厳しくなる。

 特に重要なのが王族からの信用であり、それなくして隊長になることなどできない。


 それを、たった10年で?

 もし、こんな条件が出されれば、それは達成させるつもりがないのと同じこと。

 今回で言えば、結婚しても10年後には離縁しろと脅しているようなものだ。


 そんな条件をだしたお父様に、私の怒りの矛先は切り替わった。


「何が私の幸せを望んでいるよ!結局、私の結婚相手になんとしても地位のある人を付けて、自分が繋がりたいだけじゃない!感心して損したわ」


 憤慨する私に、セシルは乾いた笑いを浮かべつつ、なだめるように背中を叩いてくれた。


「まぁわからなくもない。父としては、ただの若造には預けたくなかったんだろう。ただ……」

「ただ…?」

「ヨランダ、ぼくは達成できないとは思っていないからね?」

「えっ?」


 少し抱擁をほどき、私と向き合ったセシルはその瞳にしっかりと自信を携えている。


「あなたと共にいられるのなら、ぼくは何にでもなる。親衛隊隊長だろうとなんだろうとね。できないなどと逃げて、君とともにいられない未来など、ぼくは望まない。必ずやり遂げる。それだけは、信じてほしい」

「あ………」


 その瞬間、私は自分がとんでもなく愚かなことをしたことに気付いた。

 私はセシルを信用しなかった。

 親衛隊隊長になんてなれるわけがないと、そう思ったからこそ、怒ってしまった。


 セシルに信用されてないからと怒ったその口で、彼を信用しなかった自分。

 自分が情けなく、こんな私が親衛隊隊長になろうと考えているセシルにふさわしいのかと、足元がぐらつくような感じがした。


「私……あなたを、信用できなく、て……」


 情けない自分に涙があふれる。

 けれど、セシルは涙の痕が付いた私の頬にキスをした。


「いいや、あなたに信用させることができない、ぼくの未熟さのせいだ。あなたは悪くない」


 けれど、セシルはそんな私をしっかりと抱きしめてくれた。

 私の目をまっすぐに見て、その瞳には決意の光が見える。


「だから、これからもぼくは努力を続ける。何があっても、ヨランダがぼくのことを疑わずに信じられるように。その時が…いつになるのかをはっきり言えないのは、情けないところなんだが、それまで待っていてほしい」

「セシル……当り前よ」


 しっかりと、セシルを抱き締める。

 つくづく、セシルは自分にはもったいないと思う。

 彼のひたむきなまでの真っすぐな好意が自分に向けられているのは、嬉しくもありくすぐったくもある。


 信じない私のせいではなく、信じさせられない自分のせいだと、そんなこと私には言えなかった。

 それだけでも、彼がどれほど素晴らしい人か分かる。


 そして、そんな人に好かれているのなら、私だってこのままじゃいられない。


「ありがとう、セシル」

「ん?」

「私も、頑張る。あなたに、何を伝えられても、大丈夫だって思わせるように。ちゃんと、親衛隊隊長の妻として、恥ずかしくないようになるわ」

「……嬉しいな、ヨランダ。あなたにそう言ってもらえて」


 どちらともなく、見つめ合う。

 そして、そっとキスを交わした。

 相手を信用していく、その誓いのキスを。


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