第40話
慌ただしい社交シーズン。
領地からディカータ伯爵夫妻が来たこともあり、私は伯爵夫人と一緒に茶会へ出掛けることが増えた。
伯爵家嫡男でセシルと結婚するということは、私が次期伯爵夫人になるということ。
だから、これまでディカータ伯爵家と交流がある家と、私も顔合わせをしておいた方がいいという夫人の気遣いだ。
もちろん、その家すべてが、出戻りでセシルよりも年上の私を歓迎してくれるわけではない。
さりげないものや、あからさまなものまでさまざま。
落ち込んだり、気分が沈まないと言えばうそになる。
でも、そんな時でもお義母様は私をかばい、時にはあえて見守ってくれた。
おかげで、ずいぶんとメンタルは鍛えられたと思う。
屋敷に帰れば、セシルと甘いひと時を過ごす。
義両親がいるけれど、社交シーズンの間ずっと我慢できるとはいかず、セシルとこっそり声を抑えて情事に励むこともあった。
「……ん……ふっ………んん……ん!」
「いいな、声を我慢しているあなたを見ると、ますます興奮してしまう」
(こっちは必死に我慢しているっていうのに!バレたらどうするつもりなのよ!)
目でセシルに訴えかけても、それすら彼にとっては興奮材料にしかならないようだ。
ますます彼の愛撫はねちっこくなっていく。
「ん……ん……ん゛ーーー!」
「ふふ、そんなに震えて……でも、まだだぞ?」
「んん!んー!!」
彼の固くて細い指は、的確に私の快楽の引き金を引き、そのたびに脳が焼かれるような痺れに襲われる。
一度や二度達しただけでは彼は満足しないし、まだまだだと言わんばかりに責めるのをやめない。
「ああ……ヨランダは本当にどこでも感じてくれるな。ほら、ここはどうだ?」
「なっ、そこは、やめ、汚…!」
「あなたに汚いところなんかないさ。ん…ちゅぷ……レロ…」
「っ!!」
時にはふくらはぎを掴み、持ち上げられ、彼の眼前に足裏をさらけ出すこともある。
そこに、彼はゆっくりとたっぷり唾液をまぶした舌を擦り付けていく。
ぞわぞわとした快楽とくすぐったさをない交ぜにした感覚に、自分が何を感じているか分からなくなる。
「ほら、ここは?ん……じゅる…」
「やっ、そこは…!」
さらに続けて、今度は足の指をくわえ始める。
舌が指と指の谷を滑り、また戻る。
甘く痺れるような、それでいて直接的ではないだけに達することもできない。
白い紙にインクが沁み込んでいくように、じわじわと快楽が体を染め上げていく。
彼の情欲を伴った碧眼が、私を見下ろしながら足の指を舐められている。
足を舐められるという倒錯的で、ありえない気持ちよさが、脳で白い火花をはじけさせていた。
「…も、もう……いやぁ……」
そんな言葉が漏れても、彼は一切聞いてくれない。
やっと指が解放され、濡れたそれは急激に冷えていく。
しかし、今度はふくらはぎの内側を彼の舌が滑るように舐め上げていった。
「ん~~!!」
「……はぁ、ヨランダの肌は甘いな。滑らかで、柔らかで、いつまでも舐めていたくなる。ちゅっ」
「!!」
いきなりふくらはぎに強い刺激を感じた。
慌てて見ると、セシルが吸い付いていたのだ。
赤くうっ血したそこを、セシルは愛おしそうに舐め上げ、それがまたどうしようもなく気持ちいい。
「…はぁ、はぁ……」
散々体中を弄ばれ、息も絶え絶えになる。
しかし、まだ肝心なことが終わっていないのだ。
チラリと目を開ければ、私を弄り続けて興奮を最高潮にまで高めたセシルの気分を表すかのように、雄々しくそそり立つ彼の男としての象徴がそこに在る。
「いくぞ、ヨランダ」
「…はぁっ、はぁっ……もう、早く…!」
「っ!ああ!」
「………ねぇ」
「なんだ?」
ようやく情事を終え、身体を濡れタオルで拭いて清めてから横になった私は、セシルにむすっと不機嫌そうな顔で聞く。
「…ねちっこすぎると思うんだけど」
「どこが?」
「どこがって……全部よ!」
前戯で何度達せられたのか、数えるのもイヤになるくらいに達せられた。
これ以上ないほどに準備された身体で彼を受け入れれば、私の脳は快楽で焼き切れそうになってしまいそうになる。
それなのに、義両親に聞こえないようにと声を抑えなければならないのだから、本当に頭がおかしくなりそうだ。
せめて、義両親がいる間は、ほどほどにしてほしい。
そう思ってお願いすると、彼は困ったように眉を寄せた。
「難しいな。ヨランダの身体はどこを触っても気持ちいいから、つい触りたくなる。綺麗でなめらかで、柔らかく、その上ヨランダがかわいい声で啼くから夢中になってしまうんだ」
「っ…そ、そうなのね…」
そう言われ、にやけそうになる顔を誤魔化すように背を向けた。
愛しい人が、自分の体に夢中になっているということが、こんなにも嬉しいことというのもセシルが教えてくれた。
早く入れたいだろうに、彼はそれよりも身体に触れることを優先してくる。
その気遣いが嬉しくて、つい彼のなすがままになってしまう。
背を向けた私に、セシルは後ろから抱き締めてくれた。
素肌同士の触れ合う感触が気持ちよく、情事で火照った身体がまだ熱い。
「ありがとう、ヨランダ。今日も気持ちよかったよ」
「…こちらこそ」
そして彼は、情事のたびに感謝を伝えてくれる。
当然のことでもなければ、義務でもない。
互いに意思を持って、同意の上で成り立っている行為だということを忘れない。
私をただの女としてではなく、ヨランダという一人の人格として扱ってくれていることが分かり、胸が温かくなるのだ。
それは初めて彼に抱かれた時から変わらない。
そこにどんな不純な動機があっても、情事でセシルは私を大切に扱ってくれた。
彼に惹かれたのも、そこに原因があるんだと思う。
(どんなに言葉で大切だと言われても、行動が伴っていなければただ虚しいだけだもの)
最も無防備になるからこそ、その人の本質も一番現れる。
裸となり、一番大切で敏感なところだからこそ、さらけ出すのには覚悟がいるのだ。
その覚悟をないがしろにしない。
だから彼との情事は気持ちよくて、身体を重ねるたびに彼への想いが高まってしまった。
だからこそ、騙されたと思った時のショックは大きく、彼から離れようとしたのだ。
(もう、セシルの顔なんか見たくないと思っていたのよね。でも、追ってきた)
セシルは私に追いすがった。
もしかしたら、私は彼を試したのかもしれない。
騙したと思った女に逃げられた時、それでも彼は自分を求めるのか。
あの時の自分は、嫌な女だったと思う。
さっさと他の女の下に行けばいいのだと促して。
結果的に彼は私を求めたけど、もし求めてくれなかったら私はどうなっていたのか。
それを考えるとゾッとする。
彼が私を求めたようで、実は求めていたのは私の方だったのかもしれない。
少なくとも、限界にあった私を救い出してくれたのは、まぎれもなくセシルなのだから。
「何を考えているんだい?」
後ろからセシルの声が聞こえる。
彼の声は低くて通りが良い。
耳に心地よくて、ただ聞いていたい気持ちになる。
でも、ちゃんと返事しなくちゃね。
「…セシルは、私を救ってくれた王子様だって、思ったの」
「…王子様、か。あなただけの王子様になれるなら、光栄だな」
後ろでセシルが笑ったのが分かる。
それにつられて、私も笑みがこぼれる。
(ああ、本当に幸せだわ……)




