第35話
しばしセシルと談笑していると、国王一家が入場してきた。
そして舞踏会開幕の挨拶が行われ、場は盛り上がっていく。
私とセシルは早速国王夫妻に挨拶するため、壇上へと向かった。
何度か国王陛下とは言葉を交わしているが、やっぱり何度やっても緊張でなれない。
一方、セシルは何とも慣れた感じがして余裕を感じ、それがちょっと悔しい。
…ううん、だいぶ悔しい。
挨拶を終え、会場に戻るとまた突き刺さるような視線を感じた。
視線に込められた感情が、なんとなく分かる。
嫉妬、妬み、侮蔑……決して良いとはいえない感情が、私へと向けられていた。
(思っていた通りだわね。でも、セシルの婚約者になるっていうのは、そういうことだもの)
「…ヨランダ嬢、気に入らないなら」
「大丈夫ですよ、セシル様」
言いかけたセシルを止める。
セシルは女性恐怖症ということもあり、女性からの視線に敏感だ。
それは、自分に向けられていない視線でも同じ。
視線というよりも、気配?そういったものを感じとってしまうらしい。
この視線の主は、セシルにはバレてないと思っているけど、バレバレなのよね。
それはともかく。
ここで彼女らをどうこうしても、きっと第二第三の彼女らが現れる。
それは、私がセシルに守られている限り、ずっと続く。
『ヨランダを排除すればセシルは手に入る』
そう思わせてはダメだから。
本当は穏便に済ませたい。
セシルは、私を手に入れるためなら脅しを躊躇わないし、時と場合によってはそれ以上の手段を取るかもしれない。
でも、そんなことをさせたら、本当にまずいことになる。
彼は廃嫡になるかもしれないし、親衛隊入りの未来すら閉ざされる。
もちろん、万が一そうなったって、私は彼についていく。
そのくらいの覚悟は、もう決めてある。
でもあくまでも、万が一は万が一。
そうならないよう、うまく立ち回るのが、私がすべきことなのだ。
丁度、セシルと同じ隊の仲間たちが現れた。
仕事上の話もあるだろうセシルを見送る。
一人になった私は、そっと壁際へと寄った。
すると案の定、4人の令嬢が私を囲んだ。
(…見覚えが無い方々ばかりね。最近デビュタントを迎えたのかしら?)
見るからに若い令嬢ばかりだ。
童顔の私と違い、肉体的にも若さが溢れている。
それを見るとやっぱり落ち込むけど、セシルはそんなことを私に望んでいるわけじゃない。
(だから、自信を持つのよ、私)
こっそり気合を入れつつ、私は彼女らの出方を待った。
「失礼、ヨランダ様ですわね?」
「そうですが、あなたは?」
「私はヒルダ。エリセレント侯爵家の令嬢ですわ」
見るからに強気そうな見た目だ。
真っ赤な髪を結い上げ、大きめなリボンでまとめている。
ドレスも髪色と同じく真っ赤で、至る所にフリルが巻かれて華やかだ。
金の瞳はキリッとつり上がり、にらみつけるように私を見ている。
「それで、何用ですか?」
「言わなくても分かりましょう?セシル様と別れなさい」
「……どうしてですか?」
「あら、歳を重ねた割には愚鈍ですのね。言わないと分からないなんて、これではやはりセシル様にはふさわしくありませんわ」
(やっぱりそうきたわね。それに、年齢を出してくるのも。予想通りだわ)
しかし、いくら予想通りだとしても、若い令嬢から年齢を言われると堪える。
そんなことは分かっているといっても、それはそれだ。
考えてしまう。
私みたいな年上よりも、もっと若い令嬢がセシルに迫ったら、彼はその体に堕ちてしまうんじゃないかって。
そんなことは無いと信じてる。
でも、どうしても不安になってしまうのだ。
実際に彼に抱かれたとしても。
それだけ、若いということは魅力的だと思うから。
だからといって、ここで負けるつもりはない。
私は扇を取り出し、広げて口元を隠す。
さらに、そっと顔を斜め前に倒し、細目で上目遣いになるようにして彼女らを見る。
それだけで、若い令嬢たちは一瞬臆したように身体を震わせた。
二人ほどは、たったそれだけで表情を怯えさせている。
(こういうところも若いわね。この程度でもう怖がるだなんて)
これでも、エロールのせいで夜会や茶会では散々な目にあったことは少なくない。
結婚したばかりの頃には彼に懸想していた令嬢からワインを掛けられたこともあるし、ただみじめだということで弄ばれたこともある。
最悪なのは、エロールがどこかに行ったからといって、私を部屋に連れ込もうとした既婚者の男がいたのだ。
あの時は本当に怖くて、なんとか逃げ出した。
それに比べれば、こんなひな鳥たちに囲まれたところで、怖くない。
「私が彼にふさわしくない…と。面白い冗談ですわね」
「冗談ですって?本当の事じゃない。出戻りの年増女が未来ある彼の隣にいようだなんて、図々しいんじゃないかしら?身の程を知りなさいよ」
ヒルダはどこまで強気だ。
それにつられて、一瞬臆した他の令嬢もよみがえり、私を睨みつけている。
どうやらヒルダがセシルを本命としていて、周りは取り巻きといったところかしら。
(まったく、この場がどういう場なのか、分かっていないようね)
国王主催の舞踏会。
その場でこんなことを出来ること自体、彼女らが若いという証拠だ。
並の貴族なら、畏れ多くて出来ない。
チラリと壇上を見たら、まさか王妃様と目が合ってしまった。
王妃様はすぐに隣の国王陛下に何か耳打ちしている。
すると、国王陛下もこちらを見た。
完全に認識されてしまっている。
私は視線を戻し、ヒルダたちを見据える。
「確かにセシル様には輝かしい未来があるでしょう。ですが、その隣に私がいることのどこが図々しいのですか?」
「はん、それが分からないなんて、離縁されるような愚か者は違うわね。いい?セシル様のような素敵な男性には、素晴らしい世継ぎが必要なのよ。その世継ぎを、年増のあなたが産めるというのかしら?」
「ええ、もちろん。月のものは来ておりますから、何も問題ありませんわ。そういうあなた方こそ、ちゃんと来ているんですか?」
そう聞いたら、途端に彼女たちは顔を真っ赤にし、目を吊り上げた。
「なっ!そ、そんなことを聞くなんて、やっぱり年増はデリカシーがないわね!セシル様にはふさわしくない下劣さだわ」
(下劣も何も、そちらがそう言う話題を振ってきたんでしょうに)
呆れて、扇の影でため息が漏れる。
幼い…というか、幼稚だ。
さっきから私を年増だなんだと言っているが、結局彼女らにしても、若さ以外に何があるというのか。
「はぁ……そんなに若さが大事ですか?」
「当然じゃない。それが無いあなたには分からないでしょうね」
ずいぶんと勝ち誇ったように見下してくる。
でも、いつまでその表情は続くかしら?
「では、仮にあなたが結婚して私と同じ年になった時、あなたは自分の旦那様が若いご令嬢と結婚すると言い出しても、身を引くことができるということですね?」
「っ! そ、それは……」
見るからにヒルダはうろたえだした。
この程度でうろたえるなんて、彼女は自分が言ったことの意味を全然理解していないようね。
若さに執着するとはそういうことだ。
例え自分がそのとき一番若くても、必ず自分より若い存在が現れる。
若さに価値を置いても、最も高い価値を得ていられるのはほんの一瞬だ。
次第にその価値は衰えていく。
そうなったとき、どうするか。
そこに人としての本質が現れる。
若さというのは、結局のところ誰でももてるものなのだ。
そこに、才能も経験も努力も要らない。
しかし、取り返せないものでもある。
どんな大金を積んでも、若い人間には敵わない。
そんな勝負の舞台に乗ること自体が愚策とすら言えるのに、彼女は全く気付いていない。
(…そうはいっても、若さが羨ましくないわけじゃない。思うわよ、もっと私が若くて、セシルと歳が近ければこんな風に悩むことも、因縁付けられることもないんだろうなって)
覆しようがない歳の差。
それでも、セシルは私がいいと言ってくれた。
そのきっかけが朝チュンだったのはともかくとして、彼は本心で私を求めてくれている。
なら、私だって覚悟を決めて、その気持ちに向き合わないといけない。
年齢を言い訳にして、彼への気持ちを誤魔化さないためにも。
私はヒルダを睨みつける。
彼女はひるみ、心なしか距離が空いた気がした。
「若さしかないあなたが、どうしてセシル様にふさわしいと言えるのですか?若さだけならいくらでもいます。それこそ、これからデビュタントする令嬢でもいいんです。彼はまだ若いですから、急いで結婚しなくてもいいでしょう。それでもあなたは、若さがどうこう言えますか?」
「っ!!」
ヒルダは歯を食いしばり、怒りを込めた瞳でにらみつけてくる。
でも、その瞳にはわずかに涙が浮き、シャンデリアの灯りで光っていた。
この程度で言い負かされ、感情の制御ができておらず、泣く寸前。
そんなので、あのセシルの相手が務まると思って?
「はっきり言ってあげましょう。若いだけのあなたには、セシル様はふさわしくありません。彼にふさわしいのは」
「ヨランダ嬢、あなただな?」
「っ!」
突然肩に重みを感じた。
振り返ると、いつの間にかそこにセシルがいた。
さっきまで仲間たちと話をしていたと思ったのに。
彼は私を背後から抱き締めるようにし、嬉しそうな笑顔で見下ろしている。
「いつから聞いていたんですか?」
「若さが大事~って下りからだな」
「…半分は聞いていたんですね」
「あなたの勇ましい晴れ姿を、間近で見ていたいからな」
ニコッと擬音が付きそうなくらいに晴れやかな笑顔だ。
見ているこっちも楽しく…はならない。
ちょっと恥ずかしいわ。




