第30話
エロールに襲われてから、1週間が経った。
犯人であるエロールは、逮捕されて牢屋に入れられたあと、私への殺人未遂及びセシルへの傷害行為で重罪となり、鉱山の強制労働施設に送られるそうだ。
これらの情報は、彼の父であるアミッテレ侯爵より渡されたものだ。
さらに追加の慰謝料も。
勘当し、貴族でも家族でもなくなった彼のことはもうアミッテレ侯爵には関係ないはずだけれど、逆恨みして私を襲う事件に発展したことをずいぶんと悔いていた。
私としては、悪いのはエロールであってアミッテレ侯爵ではないと何度も言ったけれど、侯爵自身が納得できないらしい。
それで、せめて慰謝料を受け取る形で納得してもらうことになった。
ただ、私自身はもう離縁のときに慰謝料は貰っているし、これ以上は不要だから、私をかばって怪我をしたセシルの治療費及び病欠の補償という形にしてもらった。
侯爵は、セシルがかばってくれたことで殺人事件に発展せずに済んだことを深く感謝していた。
セシルはそれを気にも留めず、
「愛する女性を身を挺して守るのは、男の義務ですよ」
と笑って応えていた。
侯爵は苦笑いし、私は嬉しさと少しの恥ずかしさで顔が熱かった。
侯爵が帰宅した後、私はつい気になっていたことをセシルに聞くことにした。
場所はリビング。
セシルは今日の個人訓練も終え、何もすることが無いとソファーに座り、左手で読書をしていた。
私は斜めのソファーに座り、早速問う。
「ねぇセシル」
「なんだい、ヨランダ」
「……あなたとエロールって、知り合いだったの?」
「………」
一瞬、セシルが硬直した。
そして、本をテーブルに置いて目を閉じると、大きく息を吸って吐き出し、表情のない顔を私に向けた。
「聞きたいか?」
その様子に、セシルは話したくないんだという雰囲気を肌に強く感じる。
もちろん、穏やかな関係ではなかっただろうということの察しはつく。
もうエロールが私たちの前に姿を現すことは無いだろうし、知らなくても問題ないといえばない。
ただ、不審な点は残っていて、それが気になるのが正直なところ。
例えば、離縁する3カ月ほど前から、いきなりエロールが何かに怯えて引きこもるようになったこと。
特に私のことを異常に怯えるようになった原因も分からない。
そして、エロールは私を恨んでいたこと。
…自覚が無いだけかもしれないけど、私にはエロールに殺意を向けられるほど恨まれる覚えが無い。
むしろ、殺意を向けたいほど迷惑をこうむったのはこちらのほうだ。
多分だけど、セシルは知っているはずだ。
それは今の彼の反応からも分かる。
自覚があるからこそ、聞いてほしくないということが。
2人の間にある関係。
それを私は、聞かないといけないと思うから。
「聞きたいわ」
しっかりとセシルの目を見据える。
しばし見つめ合った後、先に目をそらしたのはセシルだった。
「…敵わないな、あなたには」
自嘲するような笑みを浮かべ、それからぽつぽつと語ってくれた。
「ぼくは、あの男に、あなたと離縁するよう迫ったんだ」
「……えっ?」
思わぬ言葉に虚を突かれ、唖然とする。
まさか、セシルが私とエロールを離縁させたがっていたなんて思わなかった。
求婚されてはいるけど、それはてっきり私が離縁したのを知ったからそうしたとばかりに思っていたけど、実はそうじゃなかったの?
セシルはエメラルドの瞳に黒い澱みを揺らしながら、話しを続けた。
「女性恐怖症克服のためにあなたと肌を重ねるたびに…あなたに姉以外の姿があることを知った。知るたびに、あなたへの気持ちが強くなっていった。いつしか、ヨランダ…あなたが欲しくなった。ぼくの隣にいてほしくなったんだ。このままあなたと肌を重ね続け、堕とし、手に入れるつもりだった。しかしあなたは手紙を返してくれなくなった。それに焦ったぼくは、あなたをあの男の下から引きはがし、自分の元へ招くことにしたんだ」
「……そう」
セシルの告白とも言えるその内容を、私は静かに聞いていた。
その内容は決して他人事ではい。
私もまた身体を重ね、共に過ごす度に胸の中に彼への気持ちが日々高まっていった。
お互いに、最初はそんなつもりではなかったというところまでそっくりなのは、本当に姉弟みたいだと変な笑いがこみあげてくる。
それに、セシルが私をエロールと離縁させてまで望んだことが、嬉しくないわけがない。
私を抱いた罪滅ぼしではなく、本気で私を望んでいるのだ。
彼はそれを後ろめたいことのように感じているみたいだけど、私はそうは思わなかった。
身体から始まったこの関係を、人はなんと思うだろう。
不純?みだら?不道徳?
人にあるまじき恥ずべき行為と罵られるだろうか。
…それをどうでもいいとまでは言わない。
お互いに、墓地まで持っていく秘密だ。
言わなければいいだけで、私たちはきっと、それでいいんだと思う。
セシルの言葉は続く。
「ただ、離縁するよう迫った時、あの男はそれをあなたの指金だと勘違いし、あなたを害しようとした。だからぼくは、害しようとすればどうなるか脅したんだ。……それが結果的に、あなたを恨ませる原因になってしまった。本当に申し訳ない…」
「そうだったのね…」
悲痛な表情で最後まで言い終えたセシル。
それを聞いて、ようやく私はエロールが私を見て怯えるようになったのか、合点がいった。
セシルのことだから、よほど恐ろしく感じるほど強烈に脅したに違いない。
虚ろな目をしながら、セシルはどこか明後日の方を向いている。
「…今回の事件は、ぼくが招いたものだ。この怪我は自業自得で、君は巻き込まれただけなんだ。……こんな、自分が結婚したくて相手を離縁させるような、醜い男で幻滅しただろう?」
包帯の巻かれた自分の手を見つめた後、私に向き直ったセシルは、今にも泣きそうなひどい笑みを浮かべていた。
それを見た私の胸が、締め付けるられるように痛む。
確かに始まりは酷かった。それは事実。
でも、それから今までの全てを見てきたのだ。
それを、醜いの一言で終わらせるなんてできない。
「…そんなことないわ。私だって、あなたに誇れるような女じゃない。あなたよりも年上で…出戻りなのに。むしろ、こんな女のために自分を危険にさらすようなことをして、あなたは確かに愚かかもしれない。でも、醜くなんか無いわ。素敵よ、セシル」
セシルは、一瞬きょとんとした後、泣き笑いのように目を細めた。
「……ははっ、やっぱりヨランダは素敵だ。言うべきことはしっかり言ってくれて。確かにぼくは愚かで、素敵な男だな。惚れてくれるかい?」
今にも涙が溢れそうな碧眼で、そんなことを問われれば、答えは一つしかないでしょう?
「ええ、好きよ、セシル」
「…ヨランダ!」
私の返事に、セシルは我慢できないとばかりにソファーから立ち上がり、左腕だけで私に抱き着いてきた。
片腕だけでもしっかりと抱き締めるだけの腕力に驚きながらも、その力強さが私が今まで彼を待たせた時間に比例するかと思うと、少し苦しいのも仕方ないと思うことにしよう。
「うれしい……うれしい」
涙声でそんなことを言われたら、私まで嬉しくなってくる。
嬉しい……うれしいんだけど。
「………セシル」
「なんだい?」
私は抱きしめられたまま、太ももあたりに当たる違和感が気になって仕方がない。
「…『コレ』は何?」
「……仕方ないだろう?愛しい女性に触れているんだ。『コレ』がこうなっても」
「………そう、なのね」
そう言われては、無碍にもできない。
私は頬が熱くなるのを感じながらも、あえて触れてこなかった『コレ』について触れることにした。
「ねぇ、セシル。『コレ』は怪我をしてからはどうしてるの?」
「…ヨランダ、そんなことを聞くものじゃないよ?」
抱き着かれたままだから、セシルの表情は見えない。
でも、声色から彼の声に情欲の火が燃え始めているのが分かる。
(男性は、定期的に出さないと溜まって辛いって聞いたことがあるわ。だから、『コレ』も私の役目よね?)
私は一呼吸おいて、コクリと生唾を飲み込むと、覚悟の言葉を口にする。
「………あなたがいいなら、私がするわよ?」
「!!!」
セシルの身体が震える。
それほどまでに衝撃だったかしら?
「セ…んむ!?」
彼の名を呼ぼうとした瞬間、セシルの左手が私の後頭部を掴み、無理やりに自分の方向へと向かせ、間髪置かずに深いキスを交わす。
あまりにも強く、無理やりで獣のような荒々しいキス。
何度も唇を押し付けられ、少し離れてはまた押し付けられる。
「んむ……ん………んん………はぁ…ちゅっ……」
押し付けられる度、体に甘いしびれが走り、下腹には疼きが徐々に強くなる。
キスの激しさに私の身体からは力が抜け、セシルが支えてくれなければソファーに倒れ込んでいただろう。
「……はあぁ、ヨランダ……」
彼の碧眼はとっくに情欲の火が燃え上がり、もう抑えられそうになかった。
そんな目で見られるのは初めてで、緊張で体が強張る。
支えていてくれたセシルの手が、ゆっくりと私の身体をソファーに寝かせていく。
そのままセシルは私に覆いかぶさった。
そこでようやく、私はここがどこだかを思いだした。
(そ、そうよ!ここはリビング。デディや使用人たちが……いない!?)
ぐるっと頭を回しているはずの使用人たちを探したら、どこにもいなかった。
いつの間に!?
「ああ、使用人たちはとっくに下がってたぞ。あの男との関係を話すころにはな」
「全然前じゃない!?」
そんなに前からいなかったなんて、全然気付かなかったわ。
セシルの顔が降ってきて、首筋に吸い付く。
「ひゃう」
「ふふっ、かわいい鳴き声だな。たまらない……やっと、あなたを抱ける」
もうセシルは止められそうになかった。
本当は私がしてあげたかったのに、彼の唇がいたるところに降り注ぎ、自由な左手が頭や腕、脇腹、お腹と優しくゆっくりと、それでいて私の反応を見極めるように怪しくうごめく。
「ん……んん!」
「ああ、ヨランダは敏感で可愛いな。ほら、まだ肝心なところには触れていないぞ?」
耳の後ろから這う指が、顎、首、鎖骨、そして胸元へとゆっくり、丁寧に、そしていやらしく流れていく。
たったそれだけで、私の身体は過敏に反応した。
「ま、待って!せめてカーテンだけでも…」
「明るいところであなたの全てを見たい。……ダメか?」
(なんで、こんなときに捨てられた子犬みたいな目をするのよ!?)
卑怯にもほどがある!
そんな目で見られて、拒否できるわけないじゃない…
私は顔を真っ赤に、そっぽを向きながらほんのわずかに頷いた。
「っ~~~!………いいわ、よ」
「…ああ、やっとあなたの美しい体を、日の光の下で拝むことができるな」
「………バカ」
悪態をつくも、そこまで喜ばれれば悪い気はしない。
彼の左手が、ゆっくりとドレスのリボンをほどき始める。
……私は甘く見ていた。
彼がどれだけ我慢していたのかを。
「………はっ……はっ……」
「…すまない、少々やり過ぎた」
「ど……こが………少々………よ」
数時間後。
私は足も腕も上がらないほどに抱きつぶされてしまった。
無理やり休まされている騎士の体力を甘く見ていたことを、猛烈に反省した。




