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幼馴染に土下座されたので朝チュンしました  作者: 蒼黒せい


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第29話

「はい、あーん」

「あーん」


 ベッドの上に仮組立の台を設置。

 そこに料理を並べた。

 利き手である右手を使えないセシルの代わりに、ナイフやフォークを使い、食べさせていく。

 小さく一口ほどに切り分けた料理をセシルの口へと運ぶ。

 それになんだか昔を思い出して懐かしさを感じていた。


「ふふっ」


 つい笑みがこぼれる。


「どうした?」

「いいえ、昔にもこうして食べさせてあげたことがあったなぁって」

「……ああ、そうだな」


 セシルの反応は微妙だ。

 あれはセシルが4歳の頃だろうか。

 風邪を引いたセシルにミルク粥を食べさせてあげたのだけれど、あの時は「ヨランダからじゃないと食べない!」と駄々をこねたのだ。

 まだ女性恐怖症を発症しておらず、誰にでも極上の笑顔を振りまく当時のセシルはまさしく天使だった。

 そんな彼が、当時たまたまディカータ伯爵家の屋敷に遊びに来ていた私に、食べさせてくれるよう駄々をこねたときは胸がきゅんとした。

 小さい口に、少しずつ冷ましたミルク粥を差し込む。

「おいしい?」と聞くと、「おいちい!」と風邪なのに元気が良くて、本当に風邪なのかなと疑ったものだ。


 そんな話をすると、セシルの顔がだんだん拗ねていった。


「それはもう、10年以上前の話だろう…今は違う」


 昔の話をされて、恥ずかしいらしい。

 そんなセシルがかわいくてたまらない。


「あらあら、また『おいちい!』って言ってくれないの?」

「言うわけがないだろう……」


 あらら、ぐったりと落ち込んでしまったわ。

 セシルにとっては幼少期の頃の自分は恥ずかしい過去らしい。

 私は可愛らしいと思うから何度でもお話したいし、ここにデディが加わればいくらでも語ることができてしまう。


 今度はスープを掬い、口元に運ぶ。

 開けられた口にそっとスプーンを差し込み、口が閉じられたタイミングでスプーンを抜く。

 それを繰り返すと、あっという間にスープは空になった。

 すると、壁際に控えていたデディがぼそりと言う。


「全く…コンビネーションだけは完璧なんですから、さっさと結婚すればいいものを」

「デディ、何か言った?」

「いいえ、何もおっしゃっておりませんが?」

「?」


 おかしいわね、何か聞こえた気がするけど。

 デディは変わらずのすまし顔のままだ。

 まぁ言ってないならそういうことにしましょう。


 今度は肉料理だ。

 丁寧に柔らかく焼き上げられた牛肉のステーキをナイフとフォークで細かく切り分け、フォークに差し、セシルへと差し出す。


「あーん」

「あーん」


 素直に応じるセシルがかわいくて、どんどん運んでしまう。

 あっという間に肉料理は空となり、サラダやパンまでも完食。

 最後はデザートのシフォンケーキ…というところで、セシルは「しまった…」とつぶやいた。

 どうしたのかしら?


「セシル?」

「ぼくだけが食べて、ヨランダが全然進んでいない…」

「ああ……」


 それは仕方ないだろう。

 セシルの食べる姿がかわいくて、どんどん食べさせてしまったのは私だし。

 それが気になるらしく、セシルはデザートの皿に待ったをかけた。


「デザートは一緒に食べよう。ヨランダも自分の分を食べてくれ」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 私は椅子から立ち上がり、自分の分が並べられたテーブルへと移動した。


(セシルにデザートを食べさせるために、早めに食べなくちゃね!)


 そう意気込み、サラダへと手を伸ばした私にセシルから声がかかった。


「ゆっくりでいい。ぼくはちゃんと、『待て』くらいは出来るぞ?」


 振り向くと、セシルはニコッと笑った。


(ああ、そんなこともあったわね)


 昔のことを思いだし、私の顔にも笑みがこぼれた。

 意外と甘いものが大好きなセシル。

 そんな彼に、子どもの頃はお菓子を作って持っていったものだ。

 私の作るお菓子は彼の大好物らしく、持っていくといつも独り占めしようとしてしまう。

 そこで、彼だけでなく彼の両親や使用人にも配る間には、『待て』を躾けたんだ。


「分かったわ、そうさせてもらうわね」


 彼の言葉に従い、自分のペースで料理を口に運ぶ。

 少し冷めていたが美味しく、屋敷の料理人の腕は確かだ。

 どんどん食べ進め、デザートになったところで、私はその皿とフォークをもってセシルの下へと向かった。

 彼は本当にデザートを食べずに、じっと待っていてくれたのだ。

 私が隣に戻ってくると、彼は分かりやすく笑顔を浮かべた。


「お待たせ。じゃああーんして」

「ああ」


 切り分けたシフォンケーキを、セシルの口元へと運ぶ。

 口の中に消えたのを確認すると、今度は自分のケーキを切り分け、自分の口に運ぶ。

 そうやって、交互にセシル・私とケーキを食べ進めると、あっという間に無くなってしまった。


「美味しかったわね」

「ああ、美味しかった」


 食器が下げられ、食後の果実水のお湯割りが置かれる。

 さすがにこれは自分で飲めるらしく、左でカップを掴んでいた。


「……いいな、これ」


 ふと、セシルがしみじみとつぶやく。

 何のことかと首をかしげると、彼は嬉しそうに言った。


「ヨランダに食べさせてもらうことが、だ。毎日でもしてもらいたいな」


 彼の言葉に、私は苦笑した。


「傷が治るまで、そうするわよ」


 チラリと、包帯の巻かれた彼の右手を見る。

 もう出血は収まっているようだが、動かせないことに変わりはない。

 右手の包帯が解かれるまで、それが私の役目だ。

 しかしその答えではセシルのお気に召さなかった様子。


「そういうことじゃないんだがな……」


 ぽつりとそう言って、明後日の方向を見ている。

 そういうことじゃないって、どういうこと?

 意味が分からずいると、彼は「何でもない」と被りを振った。


(まぁ、気にしてないならいいかしら?)


 そうして、彼の食事のサポートをする日々が始まった。

 食事以外には私にできることはなく、それでもセシルにとっては十分らしい。

 数日様子を見たが熱が出る様子はなく、感染症のリスクは無いと診断された。

 利き手を怪我したということで、騎士団からもしばらく病欠でお休みとのことだ。

 せめて左手だったら書類仕事くらいはできたかもしれないけど、利き手ではそれも難しい。


 当然、それでじっとしているセシルではなく、走り込みや左手だけで剣を振っていた。

 彼曰く、


「右手が使えない場面があるかもしれないからな、いい訓練の機会だ」


 なんて言っていた。

 ずいぶんとポジティブ思考である。

 個人訓練を終えて汗だくになった彼の汗を、私はタオルで拭いていく。

 全然彼が自分で出来ることなのだけれど、食事以外に出来ることが無いから、やらせなさいと奪い取ったのだ。

 これにはデディも呆れ気味だったけど、奪われた直後の彼は驚いた後、嬉しそうに破願した。


「じゃあやってもらおうか」


 そう言って早速シャツのボタンを外し始めたときは、照れくささを誤魔化すようにそのたくましい胸板に思いっきりタオルをこすりつけながら拭いてやった。

 ちょっと肌が赤くなってしまい、セシルから苦情が届く。


「痛いな……」

「ごめんなさい…」


 やりすぎたので、素直に謝った。

 ただ、何にもやれば慣れるもので、1週間も経てば胸板を見ても何も感じなくなった。


(いつまでも、セシルの身体に動揺なんかしてられないわよ)


 私は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、彼の汗を拭く。

 それにセシルは不満そうだったけど、そんなものである。

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