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幼馴染に土下座されたので朝チュンしました  作者: 蒼黒せい


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第3話

「………」


 場を凪のような沈黙が支配する。

 私は彼が言ったことが理解できなかった。


(’いっしょに寝てほしい?)


 確かにそう言ったわ。

 えっ、それってどういうこと?

 まさか、セシルが私と同衾したいとか、そんなことを言うはずがない。

 そこで私はハッとした。

 彼は本当に、ただ純粋に一緒に寝てほしいんだということに。


(危ない危ない、変な勘違いをするところだったわ。そんなことを考えるなんて、私……頭がおかしくなってるのね)


 気を落ち着けるように一度深呼吸し、真剣なまなざしを崩さないセシルを見返す。

 自分の勘違いを正すように、しっかりと言葉を選びながら。


「ええと……私と、一緒に寝るだけでいいのよ、ね?」

「そう…じゃない。ぼくと、夜伽をしてほしいんだ。そうすれば、多分女性恐怖症は治る…と思う」


 はい、勘違いじゃありませんでした。

 セシルってば、本気でそのつもりのようです。

 私は顔を手で覆い、下を向いた。

 いやいやいや、どうしてそうなる?

 娼館で失敗したのは分かったけど、だからといってどうして私?

 私、既婚者なのよ?

 人妻なのよ?

 夫がいるのよ?

 それが分からないのかしら。


 セシルが、私が結婚していることを知らないはずがない。

 だから、応じられないのは分かるはずよ。

 それでも、彼は私に夜伽を求めている。

 一体何を考えているのかしら?


 私はゆっくりと顔を上げ、手を下ろして彼の顔を見た。

 セシルは真剣なまなざしのまま、唇を引き締め、白い頬をわずかに紅潮させている。

 それを見て、彼は本気なのだと悟った。

 セシルは覚悟をして、私にこの話をしているんだ。

 自分の情けない身の上話をしたうえで、人妻だと分かっている私に、きっと一縷の望みをもって頼んでいる。


(セシル……本気で、私としたいのね)


 きっと、彼だって自分がとんでもないお願いをしていることを分かっているだろう。

 それこそ、普通なら絶縁を言い渡されてもおかしくないようなお願いごとを。

 それでも彼は頼ったのだ、これまでに培った関係の全てを無に帰すリスクを抱えてでも私のことを。


 それほどまでに自分が信頼されているのだということに喜びが湧くけれど、同時にそんなことを頼んでもいい女だと思われている失望感が胸を締め付ける。


(ねぇ……あなたにとって、私は何だったのかしら?)


 それだけじゃない。

 自分次第でディカータ伯爵家の命運が決まるかもしれないと思うと、肩にずっしりとしたプレッシャーが押し寄せる。

 もし私が断ってセシルが女性恐怖症を克服できず、世継ぎが望めなければ、ディカータ伯爵家は断絶するかもしれないのだ。

 そんなことは無いと思いたいけれど、これまで散々女性に怯えるセシルを見てきた私には、それが決して波に流されて消える砂上のような杞憂だとは思えない。

 それどころか、堅牢な城を打ち砕く破城槌のような、確実に効果があると思えるようなことをしなければ、ディカータ伯爵家断絶は現実化しかねないのだ。


(もし、セシルが子どもをつくらないまま年老いてしまったら…?私は、そんな彼の姿を、見ることができるかしら?)


 無理だと思う。

 きっと、もう二度と彼の目の前に姿を現すことはできないだろう。

 それだけは何としても避けたい。

 私のせいで、ディカータ伯爵家は断絶した…そんな罪悪感は背負いたくないのだ。

 私の精神の安定のために。


(でも、そのためにセシルに抱かれなきゃいけないのは、いくらなんでも無理があるわ…)


 ディカータ伯爵家の心配はあるが、だからといって抱かれたら抱かれたで今度は別の問題が生まれてしまう。

 少なくとも私に、夫がいるのに別の男性に抱かれてもいいというような浮気願望は無いし、爛れた性生活への興味もない。

 夫との仲は最悪で、いつ離婚したっていいと思っているけれど、だからといってそれとこれとは別だ。


(ごめんなさいセシル…いくらあなたの頼みでも、それを受け入れることはできないわ)


 私には自分の身を犠牲にしてまで、セシルのためにという思いはなかった。

 彼に立場があるように、私にも立場がある。

 自分の立場を脅かしてまで、受け入れることはできない。

 私は断腸の思いでその頼みを断ることに決めた。

 そう思い、口を開く。


「セシル、いくらあなたの頼みでもそれは…」

「頼む、ヨランダ!あなたにしか頼めないんだ!」

「なっ!」


 彼はやおら立ち上がると、テーブルの脇の床に両膝を付き、頭を床にこすりつけたのだ。

 それに目を丸くして驚いた。

 東洋の国には、頼みごとをする上での最上級の仕草として『土下座』なるものがあるというのは効いたことがある。

 己の誇りもプライドも何もかもかなぐり捨て、ただ唯一の願望を果たすためだけに行われる行為。


 まさかそれを目の前で見せつけられることになるとは、一体だれが思うのか。

 しかも、弟だと思って可愛がってきた子に、夜伽を頼まれることに使われるとは。

 私は困り果て、なんとかやめてもらうように頼む。


「セシル、頭を上げて。そんなことをされても私は…」

「頼む!」

「………」


 土下座をやめてほしいのに、彼はてこでも動かないように固まったままだ。

 彼は本気だ、どこまでも。

 私が首を縦に振るまで、きっとセシルはこのままだ。

 彼の顔は今見えないけど、必死になっているだろう。

 そのくらい彼の決意は固いし、その決意を打ち崩せるだけの交渉材料を私は持っていない。

 違う案はすぐに生まれてこないし、仮にあってもセシルは受け入れないだろう。


(きっと…もうセシルの中では、他の案はダメだと判断しているんでしょうね)


 頬に手を当て、どうしたものかと悩む。

 彼は頭がいいし、合理的な考え方をしている。

 その彼がこんな非合理的な手段に出ている時点で、私の取るに足らない頭で出せる答えなどとうに否定しているはずだろう。

 セシルに論理的な議論で勝てた試しが無いからね。

 つまり説得も不可能。


 応じるしかないのだ。

 それに、土下座をするセシルに見ていると、心の中にほの暗い欲望がうごめき始める。


(私は今……『女』として求められているのよね)


 思わず上がりかけた口角を、手で隠す。

 誰でもいいなどと、そんなことを言うつもりは全然無い。

 無いのだけれど、それがセシルだと思うと、どうしてかそれほどまでに強い拒否感が出てこない。

 それどころか、自分を女として見てくれるセシルに黒い喜びが湧き始めていた。

 夫との関係が冷え切っていた私は、女であることに飢えていたのだ。


 弟として見ていたセシル。

 彼を男だと思ってみたことは無い。

 だって家族だから。

 それなのに、そのセシルから自分が女として見られていることが分かっただけで、下腹に軽い疼きが走った。

 そんな自分に嫌悪感が湧き、頭を横に振った。


(何を考えているのよ、相手はセシルなのに。弟で…そりゃあ、ちょっとはかっこいいとは思ったけど)


 男性として、とても魅力的になったと思う。

 でも、それとこれとは別だ。

 私はなんとかして、彼の矛先を自分から外そうとした。


「セシル、分かってるの?私は結婚してるのよ?」

「分かってる!それでも頼んでるんだ!」

「もしばれたらどうするの?私はともかく、あなただってどうなるか…」

「バレないようにする!それでもバレたら、ぼくが一切の責任を負う。ヨランダは被害者だから」

「まさか私を外泊させるつもり?そんなことをしたら…」

「あなたの夫は最近帰ってないんだろう?ヨランダが外泊しても、使用人を口止めすれば気付かれないはずだ」


(セシルってば、そこまで調べていたのね。私と夫との関係まで込みで…)


 その用意周到さに、感心半分呆れ半分といったところだ。

 思い付きの行動ではないということが、ますます彼の本気度を感じさせる。

 そこまでして私を求めるセシルに、愛おしさすら覚えてきた。


 さっきの質問は、私が考えた言い訳だ。

 その言い訳を全て論破された私には、彼に抱かれてもいいという自己正当化が徐々に構築されつつあった。

 だって、可愛い弟が、こんなにも一生懸命に、プライドも何もかもかなぐり捨てて頼んできているのに。

 それを無下にできる姉がいようか。


(私には無理そうだわ……セシルが本気で私に頼み事なんて、初めてだもの。なんとかして彼に応えてあげたい)


 それでも私は、まるでセシルを試すかのように、彼を拒む理由を挙げていく


「セシル、私はあなたよりも10歳も上なのよ」

「そんなの関係ない、ヨランダはこんなにも美しいじゃないか」

「あなたには、もっとお似合いの若い娘がいるはずだわ」

「他の誰かなんて知らない、ぼくはヨランダがいいんだ」

「初めてじゃないのよ?」

「そんなことどうでもいい。それが、ヨランダの何かを損なうことにはならない」


 私がセシルを拒もうとするたび、彼はそれを否定する。

 その度に、媚薬のような甘い痺れが全身を駆け巡った。


(セシル……そこまで私のことを…)


 もうこのまま抱かれてしまえばいい。

 そう思った時、ぬるりと這い出た罪悪感と世間体が顔をのぞかせ、昂ぶる心に冷水を被らせてくる。

 弟の願いをかなえてあげたい姉としての責務と、黒い背徳感。

 妻として守るべき倫理と遵法精神。

 姉と妻という二つの顔が、互いに引かず譲らず、ひたすら心の中でせめぎ合っていた。


「………」

「………」


 それからどれくらい沈黙が続いただろう。

 重苦しい雰囲気が部屋を支配し、息苦しさすら覚える。

 セシルからは、絶対に折れる気が無いという強い意志だけを感じた。


(もう……私が折れるしかないのね)


 彼の執念の粘り勝ちというところだろう。

 私はため息を吐きつつ、この状況を打破するための、たった一つの妥協案を提示することにした。


「………1回。それだけなら、いいわ」

「っ~~!ヨランダ!ありがとう!!」


 勢いよく顔を上げたセシルの表情は、世の夫人たちが母性の暴走で卒倒しそうなほどの無邪気な喜色満面だ。

 それを見て、承諾したことへの喜びと、取り返しのつかないことを請け負った罪への意識が頭の中をぐるぐる駆け巡り続けた。


 そして私はセシルに抱かれた。

 彼の愛撫は、まるでベテランの男娼なのかと思うほどに的確だった。

 それでいて優しく、情熱的で、私の緊張を薄皮を一枚一枚剥ぐように丁寧にほぐしていく。

 性行為をしたことも無ければ、女性にろくに触れたことも無いような男が出来る技じゃない。

 そう突っ込んだら、


「本で学んだ」


 その本は部屋の本棚に収められていた。

 わざわざ目の前に持ってこなくてよろしい。

 こういう変に律儀なところが、セシルなのよね。


 ともかく、本のやり方を忠実にこなすセシルに私は達せられた。

 数年ぶりの絶頂は、想像以上に脳を焼き、声が部屋の外に漏れないようこらえるのが大変だった。

 そして彼を受け入れ、はじめての行為にぎこちなくも、セシルは達した。


 セシルの丁寧極まりない愛撫に翻弄され息も絶え絶えの私と、はじめての行為を終え満足感に浸るセシルは、ともに布団に並んで眠りについた。


 …そして冒頭に至るのである。

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