第26話
「ほら、最後の一個はヨランダにやろう」
「………」
ジト目でセシルを睨みつつ、私は最後のミニカステラを受け取った。
いじわる返しされた私の気分はすこぶる悪い。
しかも、一番食べてみたかった串焼きを全部食べられたのだ。
不機嫌になるのは当然なのである。
むすっとしたままの私についに観念したのか、セシルは両手を上げて降参のポーズを広げた。
「わかった、ぼくが悪かった。串焼きを買い直してくるから、それで許してくれないか?」
「…デザートを食べてからなんて、食べられないわ」
「わかった、串焼きは次の機会に必ず食べよう。だから今日は、追加のデザートで勘弁してくれ」
「…いいわ、それで許してあげる」
ようやく私の許しを得られたセシルは、あからさまにほっとしつつ、苦笑いしていた。
その後はゴミやシートを(いつの間にかまた現れたデディが)片付け、公園を後にした。
さすがに今食べたばかりでデザートは入らないから、軽く散歩してからということに。
次に向かったのは、宝飾品店だった。
いいの?という視線を向けると、セシルはうなずいた。
「ここは我が家が贔屓しているお店だ。多少の融通はきく。こんな格好でも気付かれるだろうが、無駄に詮索したりはしないさ」
「そうなのね」
それなら安心…?
いやそもそも、もう変装する必要が無いのに変装して、無駄な気遣いを作ってるのはこちらではないだろうか。
一体自分は何をしているんだろうと、遠い目になってしまった。
「入るぞ」
それを気にした様子もなく、セシルが扉の入り口を開けてくれた。
(私も気にしてもしょうがないか)
もう既婚者じゃないのだ。
誰といても、何か言われる筋合いはない。
堂々と入店することにした。
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、ロマンスグレーの頭髪を後ろに固め、左目にモノクルを掛けた初老の紳士だった。
その目が一瞬見開かれ、そこにセシルは自分の髪を少しだけかき上げた。
少しだけウィッグ下の銀髪が見え、それを見た紳士は途端に破願した。
「セシル様でしたか。本日はどのようなご用件で?」
「彼女に見合う宝石を見繕いたい。準備してくれ」
「かしこまりました」
紳士はサッと店の奥に引っ込んでいく。
一連の流れに私は驚いてセシルの方を向いた。
「ちょっと、買ってくれるだなんて聞いてないわ」
「言ってないからな」
「眺めるだけだと思ったのに…」
「愛しい人を連れてきて、手ぶらで宝飾品店を出るわけないだろう?」
「っ……!」
さらっとそんなことを言われ、頬が朱に染まる。
不意打ちは本当にやめてほしい。
対応できないから。
奥に引っ込んだ紳士が戻ってきて、「準備が整いました」ということで奥に案内される。
奥には個室があり、広めのテーブルに向かい合わせに革張りのソファーが置かれている。
周囲には適度に高級な絵画や壺、ガラスケースが並んでおり、部屋として高級感が漂っている。
いわゆるVIP席というものだ。
そのテーブルの上には、いくつもの宝飾品が並んでいた。
私とセシルが並んで座り、紳士が対面に座る。
「改めまして、私、当店の支配人を務めさせていただいておりますノーブルと申します。以後お見知りおきを」
紳士はただの店員かと思ったら支配人だったらしい。
それに私はびっくりしたけれど、どこか納得もしていた。
どおりで雰囲気に自信と余裕が漂っているわけだわ。
「それでは、本日のオススメについて紹介させていただきます」
支配人はテーブルに並んだ宝飾品について説明しだした。
テーブルにはネックレス、指輪、腕輪、髪飾り、イヤリングといった宝飾品が並んでいる。
一通り支配人からの説明を受けた後、私は思い切って疑問に思っていたことを聞いた。
「あの、いいですか?」
「なんでございましょう、お嬢様」
これまでずっと夫人だったのに、またお嬢様呼ばわりされるとちょっとこそばゆい。
まぁそれはいいとして。
「どうしてここにエメラルドしかないんですか?」
テーブルに並ぶ宝飾品。
そのすべてが、エメラルドをメインとしたものばかりだった。
これでも侯爵夫人を務めたこともあるのだ。
エメラルドの色が何を示すのか、分からないほど常識知らずではない。
私は隣から突き刺さるような視線を感じても、あえて無視して話を続けた。
「エメラルド以外の宝飾品が見たいです」
すると支配人はモノクルを上げ、神妙な面持ちで返答した。
「あいにく、当店がお嬢様に自信をもってオススメできる品には全てエメラルドが使用されておりまして、それ以外の品ではお嬢様にお出しするには、あまりに不適格かと思います」
「………そうですか」
支配人の返事に、エメラルド以外を出す気が一切無いことを察し、重く息を吐いた。
ゆっくりと、隣を見る。
そこには、それはそれは期待を込めた碧眼で私を見るセシルがいた。
「さっ、ヨランダ。好きな物を選んでいいよ?全てぼくが払うから」
好きな物も何も、自分の瞳の色の宝石だけを置いておいて、どれを選べばいいというのかしら?
あまりにもあからさまなやり方に、気分が滅入る。
だけど、そこまで自分色に染めたいという彼の気持ちに、少しだけ絆されている自分もいた。
(ここで買わなかったら、さすがに悲しむでしょうしね)
彼の求婚には応えたくないけど、だからといって悲しむ顔が見たいわけじゃない。
仕方なく私は、比較的小粒のエメラルドがついたイヤリングを選ぶことにした。
「ではこちらで」
「かしこまりました。早速お着けになられますか?」
「いえ、持ち帰…」
「いいな、早速着けて帰ろう」
私の言葉に被せるようにセシルが勝手に決めた。
じろりと半目でにらみつけるも、セシルは喜色満面といった感じだ。
そこまで喜ばれたら何も言えないわ…
イヤリングはお買い上げされ、早速身に着けることになった。
着けようとイヤリングに手を伸ばしたら、隣なら乗り出した手が素早くイヤリングを奪い取る。
「ぼくが着けてあげる」
「えっ、イヤ」
イヤリングを手にしたセシルの申し出に、反射的に拒否してしまった。
途端に彼の表情が笑顔で固まった。
その笑顔から圧を感じ、結局折れるしかなかった。
「………お願いします」
途端にパァッと効果音が付きそうなくらいの笑顔に変わった。
その笑顔に、心臓が妙に早いリズムで高鳴りだした。
(うぅ…ウィッグ着けてるのもあって普段のセシルと雰囲気が違うから、なんだか妙な感じだわ)
「ヨランダ、耳が見えるようにして」
「はいはい」
片手でウィッグと地毛の両方の髪をかき上げ、耳がセシルに見えるようにする。
セシルの手が伸び、時折耳に手が振れるのをこそばゆく思いながら、イヤリングを着けてもらった。
しっかりと着けたことを確認し、手が離れていく。
「反対側も」
「ええ」
今度は逆の髪を書き上げる。
こちらにもイヤリングが耳に着けられ、セシルが離れると支配人はすぐに鏡を差し出してくれた。
「いかがでございましょう?」
そのままだと、ウィッグと地毛で耳は隠れ、イヤリングも見えない。
両手で両脇の髪を書き上げると、耳が見え、その下にイヤリングが揺れていた。
短い銀の鎖のさきにぶら下がる小ぶりのエメラルドが小さく揺れ、部屋の灯りに美しく輝いている。
鏡の横からのぞき込むように私を見るセシルは、誰もが見惚れるような柔らかな笑みを浮かべていた。
「……はぁ……似合っている、とてもきれいだ、ヨランダ」
「っ……ありがとう」
こらえきれずに息が漏れ、心からの称賛の言葉に、頬が熱くなる。
彼の嬉しい気持ちがそこかしこから溢れ、「もっと身に着けてあげたら喜ぶかな?」と余計な邪念が浮かぶ。
(っ…何を考えてるのよ私は。セシルを喜ばせたりなんかしたら、ダメなのに…)
自分のあらぬ気持ちを打ち消すそうに、髪をかき上げていた手を放す。
イヤリングが隠れたのを見て、セシルが「ああ、残念」と本当に残念そうな声を上げているけど、無視した。




