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幼馴染に土下座されたので朝チュンしました  作者: 蒼黒せい


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第25話

「……また『これ』付けるの?」

「ああ」


 私は馬車の中で、前にもつけたウィッグを差し出されていた。

 今日はセシルに「たまには出掛けないか?」と誘われ、「暇だしいいよ」とうなずいた。

 暇だから応じただけなのだ。

 決して、デディが後ろで「デートですね」と言われても、デートではない。


 ディカータ伯爵家の屋敷では、私は『客人』という扱いだ。

 当然、屋敷での仕事なんかない。

 かといって、個人の事業や手仕事があるわけでもなく、ただ中庭でデディと昔話に花を咲かせるか、部屋にこもって刺繍か読書か。

 …流石に飽きた。


 そこで、そろそろ外出でもしようかなと思っていた矢先の、セシルの誘いだ。

 デートと思われるのは気になるけど、セシルと出掛けるのが嫌なわけじゃない。

 そこで、出掛けるための準備を整えていたとき、デディがぼそっと言った。


「ちょろい」

「ちょろくない!」


 それで冒頭に戻る。

 どうやらセシルは、黒髪のウィッグを付けた私がお気に召したみたい。

 付けると、明らかに目をキラキラさせている。


「ああ、いいな。今日の青のドレスによく似合っている。ヨランダの黒髪姿はとても美しい。もちろん、普段のブラウンのヨランダもかわいいからな?綺麗とかわいいを同時に楽しめて、最高だ」

「…それはどうも」


 素直な賛辞に、つい頬が熱くなる。

 セシルには、ウィッグ次第で私の雰囲気が変わるのがいいらしい。

 ウィッグを付けているほうがいいと言われたら床に叩きつけてやろうかと思ったけど、ぎりぎりで許してあげる。


 私はウィッグに伊達メガネ、そしてつばの広くて白い帽子を。

 セシルは肩までかかる金髪のウィッグに、お揃いの伊達メガネだ。


 私の雰囲気が変わるというけれど、それはセシルだって同じだ。

 白銀の髪は少し鋭利さを感じさせ、雰囲気が少し冷たい感じだったけれど、金髪になったことでずいぶんと緩んだ。

 男性にしては珍しい少し長めな髪も、肩に乗ってふわっとしており、穏やかさを感じさせる。

 冷ややかに見つめるような碧眼も、眼鏡を掛けたこと知的さを感じさせ、プレッシャーが軽減している。


 これはこれでありだと思う。

 普段のセシルが意地悪で少し冷たい感じなら、今のセシルは和やかで誠実さを感じさせる。

 …見た目だけならね。


 準備を整え、馬車に揺られたまま、私はセシルに今日の目的を聞いた。

 すると、彼はさらりと言い放つ。


「目的?無いが?」

「えっ」


 思わぬ返事に、私はきょとんとしてしまった。


「たまにはそういうのもいいだろう。それとも、ぼくの女性恐怖症克服という目的に変えようか?」

「………無くていいわ」

「ククッ、それは残念」


 何が残念よ、全然そのつもりじゃないくせに。

 にやにや笑うセシルを視界から外し、窓から外を眺める。

 馬車は王都の市街地中心に向かっているらしく、進むにつれて人通りが増えていく。

 商売で声を張り上げる人、値切りに奮闘する人、数人の集団となって遊ぶ子供たち、忙しそうに足早にさっていく人たちと様々だ。


 馬車は市街地の中心の目安になっている噴水に到着した。

 セシルのエスコートで馬車を降り、つば広の帽子を被る。

 噴水はわかりやすいため、待ち合わせ場所として人気だ。

 それゆえ人は多く、待っている人向けに軽い軽食やドリンクの屋台も立ち並んでいる。

 それらを眺めていると少し冷たい風が吹き、ウィッグの黒髪が靡く。


「きゃっ」


 つば広の帽子はもろに風の影響を受け、飛ばされそうになった。

 しかし、すぐにセシルが押さえてくれた。


「大丈夫か?」

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」

「じゃあ行くか」


 セシルが手を差し出してくれる。

 私はその手に自分の手を乗せ、エスコートされながら歩き出した。


 …私たちは気付いていなかった。

 それを見ていたひとりの男の存在を。


 前回一緒に出掛けたときはまだ春になり始めだったけれど、それから数か月経っており、露天や店の品ぞろえも大きく変わっている。

 おかげでどこを見ても新鮮で、飽きずに楽しめた。


 街を歩いていると、時間はあっという間に過ぎていく。

 いつの間にか太陽は真上に上り、周辺では飲食店がにぎわいを見せていた。


「そろそろ昼食にするか」

「場所は決めてるの?」

「いいや、今日は…」


 セシルは親指を屋台に向けた。


「あれでいこう」

「ふふっ、いいわね」


 屋台でご飯なんて、初めてだ。

 たまに街中で屋台の食べ物を食べている人を見かけては、羨ましいという気持ちで見ていた。

 屋敷に帰れば料理人が準備しているから、余計なものを食べて食べられなくなった…なんてことにしたくなかった。

 だから食べたことがないんだけど、今日は大丈夫。


 セシルとともに屋台を回り、鉄板で焼いた薄いパンのようなものに野菜や肉を挟み込んだもの。

 串に豪快に肉を刺し、そのまま焼いた串焼き。

 目の前で新鮮な野菜たちを豪快にすりつぶし、そのままコップに入れたジュース…のようなもの。

 生地を丸い型に入れて焼き上げた、甘い香りのするミニカステラというもの。

 とにかく、食べてみたいと思ったものは全部買った。

 だってセシルが、


「余ったら全部ぼくが食べ切るから、好きな物を買え」


 なんていうものだから、素直にそれに従った。

 さすがに、野菜をすりつぶしてそのまま飲むジュースを待っていたときは口元を引きつらせていたけど、一度言ったことは守ってよね?


 大量の屋台の料理を抱え、私たちは近くの公園に向かった。

 公園には一面芝生が敷かれており、太陽光が遠慮なく降り注がれた芝生が輝いていた。

 シートを敷いて座る家族連れやベンチに並んで座るカップルの姿が見え、思い思いに過ごしている。

 他にも走り回る子供たちや、芝生に寝転がる人など様々だ。


 ここでどう過ごすのか、私は大人しくセシルの後をついていく。


「ここにしよう」


 そうセシルが言った場所は、何もないただの芝生の上だった。

 えっ、ここ?

 驚く私に、どこにいたのか、デディが後ろから音もなく登場した。

 瞬く間にシートを広げ、四隅を固定すると、登場と同じくあっという間に退場した。


(一体どこにいたのよ…)


 デディが消えた方向を、私は唖然としながら見つめていた。

 デディは良くも悪くも目立つので、いたらすぐに見つけられるはずなのに。

 驚く私をよそに、セシルは平然と準備を続ける。


「さっ、食べよう」

「…ええ、そうね」


 少しだけ釈然としない気持ちを抱えつつ、シートに買ってきたものを並べ、思い思いに食べたい物を最初に手に取った。

 セシルは豪快な串焼きを。

 私はあの野菜ジュースだ。

 私がそれを手にしたことで、セシルの顔がちょっと引きつってる。


「…それでいいのか?最初が」

「こういうのは最初に行くのよ」


 サラダみたいなものだし、最初に食べたほうがいいと思う。

 後は、もし外れだったとしても、他にあるのは見た目から美味しそうだと分かるものばかりだ。

 つまり、口直しは十分に可能だということ。

 最後がこれしか無くて外れだったら、大変だものね。


(まぁダメだったらセシルに飲んでもらえばいいもの)


 男に二言は無いというのを見せてもらうわ。

 ほくそ笑む私を、セシルが少し不安げに見ていた。


「それじゃあ、いただきます」

「いただきます」


 セシルは肉を、私はジュースを口に含む。


「…………」

「…………」


 私がジュースに口を付けていると、セシルは肉を口にほおばりながら横目で私を見ていた。

 ジュースがどんな味か、よほど気になるらしい。

 ジュースは傾けてもすぐには流れてこない。

 よほどドロドロしているようで、数秒待ってようやく口の中に流れ込んできた。


(これは!……………思ったより普通ね)


 生の野菜をそのまますりつぶしているので、青臭い香りは強い。

 しかし、その香りの中には甘いはちみつと生クリームのミルキーさがあり、そこまで嫌な感じはしない。

 それで肝心の味は、はちみつと生クリームによってかなり甘めに仕上げられている。

 生クリームのおかげで思ったよりもずっとなめらか。

 ただ、飲むというよりは、スプーンですくって食べるスープといっていい。

 まとめると、見た目に反してそこそこおいしい。


(ちょっとセシルに意地悪するつもりで買ったのだけれど、期待外れだったわね)


 屋台であからさまに不味いものを売り出すはずがないか。

 そう思いながら、靴の中の物を飲み込んだ。


「………どうだ?」


 一口嚥下したところで、セシルが目に不安の色を携えて訊ねてきた。

 それを見て、私はまだ意地悪を続行できることに気付いた。


「…………」


 セシルの問いに答えず、私はそっとジュースのカップを置いた。

 そして、焼いたパンのようなものに野菜と肉を挟んだ何かを手に取り、かじりついた。


「ん~、美味しいわ」

「お、おい!?どうなんだ?」


 何も答えなかったことで、セシルの不安は増大されたようだ。

 声に不安と焦りが出ている。

 きっと彼の中では、あのジュースがとんでもなく不味いものだという想像が生まれているに違いない。

 それがいい意味で裏切られた時、彼はどんな反応をするのかしら?


 必死なセシルに、私はそっと視線を外した。


「…………飲めば分かるわ」


 か細く、もう二度と飲みたくないという雰囲気を漂わせて言った。

 それにセシルは生唾を飲み込んだ。


「ど、どれ……」


 好奇心が恐怖を凌駕したのか、セシルもカップを手に取った。

 そして、恐る恐るカップに口を付け、傾ける。

 目を強く閉じ、よほどの覚悟を決めたようだ。

 私はそれを、もぐもぐと咀嚼しながら見守った。


「……っ!」


 彼の目が見開かれる。

 やっとジュースが口の中に入っていったのだろう。

 彼の喉が動き、嚥下したのが分かる。

 カップから口を外し、ゆっくりとそれを置く。

 そして、恨めし気な目で私を見つめてきた。


「………謀ったな」

「……ふふっ」


 思い通りの反応だったけれど、彼がジュース一つにこうも怯えた反応を示したのが面白くて、つい笑いがこぼれてしまった。

 そんな私を、セシルは珍しく拗ねたように口をとがらせる。


「……全く!」


 彼は誤魔化すように串焼きをどんどん口に放り込む。

 そんな様子を可愛らしいと思いつつ、ちゃんと言うべきことは忘れない。


「セシル、まだ私串焼き食べてないんだから、残しておいてちょうだいね?」

「………」


 しかし、私の言葉が届いていないのか…いや、わざと無視して串焼きは先負彼の口に中に収まってしまった。


「あー!」


 それを見た私は、悲しみと悔しさで声を上げてしまった。

 やってくれたわねこの弟が!


「…もぐもぐ……ごくん。ふっ」


 勝ち誇るように私を見るセシル。

 それに私は眉を吊り上げた。


(何よ、ならこっちはこれを完食してやるわ!)


 意趣返しで、猛烈な勢いでパン?と野菜と肉を口の中に送り込む。


(ふふ、これでどう?あなたも食べられなかった悔しさを味わうがいいわ!)


 目で笑いながら食べる私に、セシルは涼しい顔を浮かべていた。

 あれ?

 思った反応じゃなくて首をかしげる。


「残念だったな、ぼくはそれを食べたことがある。食べなくても平気だ」


 そう言うと、ニヤリと口角を上げて笑った。

 それに私の悔しさが増大する。


(うぐぐぐ!もう、セシルのバカ!)


 残った分を、やけ食いとばかりに口の中に押し込むしかなかった。

 意地悪を仕掛けたはずなのに、倍返しされた気分だわ、これじゃ。

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