第24話
それからも私は、ディカータ伯爵家の屋敷に滞在し続けた。
一度実家のリリバメン家に連絡しようとしたら、デディに止められた。
「後生ですから、もう少し…もう少しだけセシル様に付き合ってあげてください!」
いつもすまし顔しか見せないデディが、あんなに困惑した顔で泣きついてきたのは初めてじゃないだろうか。
「わ、わかったわ…」
「ヨランダ様!!」
驚いた私が従うと、デディは感極まって私に抱き着いてきた。
デディの豊かすぎる胸に、顔が埋もれる。
柔らかくて、良い匂いがした。
(…どうしてデディは『これ』で結婚しないのかしら?)
抱き着かれたまま、ふと疑問が浮かぶ。
35歳になるデディは未だ未婚だ。
浮いた話一つない。
しかし彼女に問題があるわけではなく、男爵家の娘だし、見た目もおおそ、プロポーションだって抜群だ。
しかるべきところに行けば引く手あまたなのに、決してそうしない。
だから思い切って聞いてみたら、まさかの回答。
「主人が結婚せずして、使用人が結婚などできましょうか!」
むふーと鼻息荒く言われてしまった。
(…それってつまり、自分が結婚したいから私をセシルと結婚させようとしてるってこと?)
そう疑ってみたけど、そもそも相手がいないというのもあり、なんだかそれも怪しい。
長い付き合いにはなるけど、デディのことはすべては分かっていない。
それがちょっと寂しい。
****
セシルが裏庭で鍛錬を積んでいるのを知って以来、早く起きた日にはのぞきに行くようになった。
どうしてかと言われると、正直自分でもわかってない。
今のところ、朝の暇つぶしだと自分を納得させている。
彼はほぼ毎日素振りや走り込みをしている。
それも、日中は騎士としての鍛錬もあるのにだ。
朝から汗だくになるほどの鍛錬をしてから、騎士としての厳しい訓練にも臨む。
そんなにハードにして倒れないか心配だ。
今日も、素振りを続けるセシルを少し離れたところで、デディが用意した椅子に座って見守っている。
セシルは私が来たからといって手を止めない。
鍛錬に打ち込む彼は真剣そのものだ。
鬼気迫るものを感じる。
だからこそ、当然の疑問が生まれる。
(そこまで鍛錬して、あなたはどうしたいの?)
親衛隊入りを嘱望される若手の新人。
その期待に応えようというのか、それとも他のことなのか。
(もしかして、あなたの望む女性でもいるのかしら?)
彼は私を結婚相手にと望んでいるが、その本心はどうか。
私は彼に親衛隊入りを望んだ覚えはない。
そもそも騎士団に入ったのも彼の意思だし、私としては可愛い弟分のセシルにわざわざけがをするような仕事についてほしくなかった。
直接は言わなかったけど。
そこまで鍛錬を望む理由、聞いていいのか、聞かないほうがいいのか。
悩む私に、デディが声を掛ける。
「聞きたいことがございましたら、遠慮なくお聞きになられると良いと思います」
「…デディ、あなた心が読めるの?」
「ヨランダ様が、そんなにも面白くなさそうな顔でセシル様を見ていれば、否応でも気づきます」
「えっ、そんな顔してた!?」
慌てて自分の顔をペタペタ触る。
「触っても分かりませんよ」と冷静に諭され、顔が熱い。
デディは一息吐くと、淡々と呟いた。
「セシル様は、誓ってヨランダ様を不安に陥れるようなことは致しません。……女性恐怖症に関することを除いて」
「………そうね」
確かにその通りだ。
なら、聞くしかないだろう。
ちょうど素振りを終えたセシルがこちらに歩み寄ってくる。
「ヨランダ、おはよう。今日も朝から美しいな」
開口一番褒めないでほしい。
恥ずかしいわ。
なるべく平静を装いながら、タオルを差し出した。
「おはよう、お疲れ様」
「ああ、ありがとう」
セシルはタオルを受け取ると、自分で汗を拭いていく。
拭いてほしいなどと妄言を騒いだのは最初だけで、それ以降は自分で拭いていた。
私がそこで見ていて、タオルさえ渡してくれればそれで十分らしい。
顔の汗を拭き取り、首回りを拭いているところで私は声を掛けた。
「ねぇ、セシル」
「なんだ、やっぱり拭いてくれるのか?」
無視だ無視。
「どうしてそんなに鍛錬を頑張っているの?そこまでして親衛隊に入りたいのかしら?」
そのとき、一瞬だけ彼の動きが止まった。
すぐにふき取りには戻ったが、考え事をしているのか、その動きは鈍い。
すぐに答えてくれると思っただけに、まさか沈黙になってしまうことに驚く。
それはつまり、それだけ言いにくいことなのだろうか?
不安になり、つい眉の間にしわが寄る。
首回りを拭き終わり、シャツのボタンを外していく。
私は視線を明後日の方向へと外し、見ないようにする。
そのタイミングで、セシルは喋り出した。
「絶対に叶えたい目的がある。そのためには鍛錬が必要だ」
「えっ?」
その声が、思ったよりもずっと真剣なことに驚いた。
からかうような気持ちは一切こもっておらず、彼が如何に本気で鍛錬に打ち込んでいるか、それを感じさせるだけの重さがそこにある。
(絶対に叶えたい目的?それって……何なの?)
どうしてか、それは教えてもらえない気がした。
今言わなかったということは、そういうことなのだから。
それが、少しだけ寂しい気がした。
「そう、なんだ……」
「…いずれ話したい。ただ、今はまだ話せないんだ、すまない」
「そんな…」
謝ることなんかないのに。
きっと言えない事情があるんだろう。
それを追求する権利は、ただの客人という立場の私には無い。
その立ち位置にいるのは私自身の意思のはずなのに、今だけそれが恨めしい。
(本当に、自分勝手な女だわ……私は)
自分に嫌悪してしまう。
今も彼からの求婚を断り続け、そのくせこんなことをしている。
矛盾している自分の行動に笑えてくる始末だ。
私は席を立った。
鍛錬が終わったのだから、いつまでもここにいる意味はない。
裏庭から中庭へと歩いていく私の背中に、かすかにセシルの低い声が届いた。
「……ヨランダ、君のために」
「えっ?」
名前を呼ばれた気がして、振り向く。
しかし、セシルはこちらに背を向けていた。
今のは何?
私のためって、そう言った気がした。
(もし、セシルが鍛錬を積むのが、私のためだったとしたら…?)
考えて、即座に否定するように頭を振った。
そんなわけがないし、仮にそうだったとしても、結婚する気が無い私には関係のない話なのだ。
だから、どうでもいいことなの。
「ヨランダ様、顔がにやけてますよ?」
「えっ、嘘!?」
後ろから付いてきたデディにいきなりそう言われ、顔を触る。
って、前にもこんなことがあったような…
振り向くと、デディは相変わらずのすまし顔のままだ。
「嘘です。後ろにいる私に、ヨランダ様の顔が見えるわけがございません」
「あ」
「大変わかりやすくて、ありがたい限りでございます」
オホホと口元に手を当てて、優雅な笑いを披露するデディ。
(は、はめられた~!)
顔が一気に熱くなるのが分かる。
顔を両手で隠し、収まるまで中庭の端でしゃがみこむ私だった…




