第21話
「さて、ヨランダ。どんな話を聞かせてくれるんだ?」
夕食と入浴を済ませ、夜着の上に厚手のガウンを纏ってしばらく待っていると、セシルが帰宅したとの連絡が入った。
彼も汗を流し、身ぎれいになったところで声がかかったので、早速彼の部屋へと赴いた。
そして、ソファーに座る彼の正面に座ったところで、開口一番放たれたのが最初の言葉だ。
彼もまた夜着にガウンを羽織っている。
襟首から見える鎖骨が目に入り、まだ乾き切っていないしっとりした銀髪と相まって、色気がすごい。
そこに目が行かないよう、視線を彼の後ろの壺に向ける。
挑発的に口元に笑みを浮かべたセシル相手に、私は口を開いた。
「セシル、私はあなたとの婚姻には応じないわ」
「そうか。だがぼくは諦めないよ。何度でも求婚する」
「いいえ、あなたには私を妻にしてはいけない理由があるのよ」
「……ほう」
私が断言したために、セシルは興味深そうに目を細めた。
ふふふ、その耳でしっかりと聞きなさい!
「興味あるな、どんな理由が?」
「セシル、あなたは伯爵家当主。つまり、子を作らなければならないわね?」
「ああ。ぼくとヨランダの子なら、ものすごくかわいいだろうな」
「っ!」
ああもう、どうしてセシルはそんなことを恥ずかしげもなくサラリと言うのよ!
思わぬ返しを受けるが、そんなことで動揺してはいけない。
一度深呼吸し、しっかりとセシルを見据えた。
「私が前夫との間で、子どもができなかったのを知ってるわね?」
「…………ああ、知っている」
ここでようやくセシルの表情に陰りが見えた。
彼も、私が言いたいことに気付いたのだろう。
「子どもを作らなければならないあなたが、『種無し』の私を娶ることができるかしら?あなたがどう言っても、周囲は納得しないでしょうね」
「っ!」
セシルは目つきを鋭くし、口惜しそうに歯を噛み締めた。
さすがの彼も、そこまでは考えていなかったらしい。
それは、用意周到な彼にしては珍しいくらいの凡ミスだ。
しかし、そのミスこそが、私の活路に繋がった。
(さぁ、これでどうかしら?これでもまだ、求婚するつもり?)
私は勝ち誇ったようにセシルを見た。
いくら彼でも、家と一人の女を天秤に掛けることはできないだろう。
卑怯かもしれないが、これも彼のためだ。
「セシル様、ヨランダ様、発言をお許しいただけますか?」
しかしそこにデディが割り込んできた。
壁際で控えていたデディが一歩前に出る。
私とセシルの、二人の視線がデディに注がれた。
「なんだ、言ってみろ」
「はっ。ありがとうございます。さきほどヨランダ様は自身を『種無し』と呼称しておりましたが、それはお医者様の判断によるものですか?」
「えっ?いや、そういうわけでは……」
いきなりそう言われ、私はうろたえた。
前の夫にそう言われたし、実際に子供もできなかった。
だから私はそれは事実だと思っていたのだ。
しかしデディはそうではないような口ぶりだ。
淡々と、デディは続ける。
「私、ヨランダ様の不妊の件について、勝手ながらそう言った事案があるか調査しました。その結果、不妊の原因は必ずしも妻側にだけあるわけではありません」
「えっ?」
「ほう」
まさかの発言に私は固まり、セシルは興味深そうにつぶやいた。
「実は不妊には夫側にも原因がある場合があります。ヨランダ様の場合、お医者様による診断をしておられないのであれば、ヨランダ様に原因があるとは現時点で断定できかねますかと」
「つまり?」
「ヨランダ様を妻に迎えたからといって、子どもを成せないとは断言できない…ということです」
「っ!!」
デディが発言を締め、私は息を呑んだ。
それはまずい。
もしそうなら、セシルは絶対私を医者に診せ、子どもがなせるか確認しようとする。
というか、既に彼の碧眼が私を穴を開けそうなほど見ているのを、肌で感じる。
つーっと、冷汗が頬を伝い、顎へと流れた。
「それはそれは……デディ、明日朝一番に医者を連れてきて、ヨランダを診察させろ」
「かしこまりました」
「ちょっと!私はいいって言ってないわよ」
咄嗟に反論する。
しかし、セシルはにやにやと嬉しそうにするばかりで、取り付く島もない。
それどころか、とんでもないことを言いだす始末だ。
「よし話し合いは終わったな。そうだな、子どもができるか、実地試験で試してみるのもありだな。医者の診断よりもよほど確実だろう」
「おやすみなさい」
私はすぐさま立ち上がり、後ろ向きのままずりずりと扉へと近寄った。
後ろを向けたら、セシルに羽交い絞めにされて、むりやりベッドに連れていかれると思ったのだ。
しかし予想に反し、セシルはソファーに座ったまま動かない。
顔だけはむかつく笑顔のままだけど。
「おやすみ、ヨランダ。また明日」
彼はにこやかに手を振り、私はそれを不気味に思いながら部屋を出たのだった。
翌朝。
朝食を終えた後の私は、逃げる間もなくデディたち侍女によって拘束され、お医者様に診せられた。
数日後、診断結果は問題無し。
それを聞いた私は複雑だった。
(…じゃあ、種無しと呼ばれた私は何だったの?原因は私じゃなくて前の夫なら……私の流した涙はなんだったのよ!!)
私はショックでベッドにもぐりこんだ。
種無しとさげすまれ、女としての役割も果たせないのかと罵られた。
子どもが出来ないのなら、夜伽くらいこなせと無理やり抱かれたこともある。
悲しかった。
自分の存在価値がどこにあるのかと、何度も何度も考えたこともある。
その原因が自分には無かったということに、強い憤りと虚しさがこみあげてきた。
今だけは、誰にも会いたくない。
…どれくらいそうしていただろうか。
扉からノックする音が聞こえた。
「ぼくだ、入っていいか?」
セシルだった。
私は何も答えない。
「………入るぞ」
カチャとノブが回り、誰かが入ってきた気配を感じる。
セシルだろう。
彼がゆっくりと近づいてくる。
踏みしめたカーペットが鳴らずわずかな音が、それを教えてくれた。
ぼすっと何かがベッドに揺らす。
多分セシルがベッドに腰かけたのだ。
そして、そっとセシルの手が私の頭に添えられた。
「…………」
彼は何も言わない。
きっと、私の診断はすぐに彼の耳にも入ったことだろう。
聞いた彼が喜び勇んでくるかと思ったのに、彼は静かなままだ。
今は、それが有難かった。
「………大変だったな」
ぽつりと、そうつぶやいた。
それを聞いた瞬間、私はベッドの中で大声を上げて泣いた。
悔しさと、悲しみと、憤りと、そして自分が『女』であることの証明を得た喜びと、すべてをない交ぜにしたような泣き声を上げた。
泣いて、疲れて、喉が渇いて、ベッドから顔を出すまで、セシルはずっとそこにいてくれた。
「セシル……」
「…顔がひどいことになっているぞ」
そう言って、取り出したハンカチで涙をぬぐってくれた。
その手を、私はつい掴んでしまった。
「…ごめんなさい。でも、ちょっとだけ…」
「……好きにしてくれていい」
ああ…やっぱり彼は優しい。
頬に彼の手のぬくもりを感じながら、私は目をつむってただそこでじっとしていた。
セシルもまた、手を掴んだ私を振りほどくこともせず、そこにいて続けてくれた。




