第20話
「…デディ、本当にこの部屋なの?」
「はい、この部屋でございます」
デディに案内され、通された部屋を見て私は顔を引きつらせていた。
部屋は広く、明らかに以前まで通されていた客室の3倍近い広さがある。
置かれている家具も白を基調とした品のあるもので統一されていた。
豪奢なシャンデリアが吊るされてあったり、二人は並んで横になれそうな広い天蓋付きのベッドなど、はっきり言って客人向けに用意するには豪華すぎる。
奥にあるクローゼットには、私のドレスが侍女たちの手によってせっせと収められていた。
本当にこの部屋が、私が滞在するためにあてがわれた部屋なのは間違いないようだ。
しかしこの部屋、どうみてもあれだ。
案内してくれたデディへ、私は戸惑いをぶつけるように叫んだ。
「ここ…女主人の部屋でしょう!?」
「いいえ、ヨランダ様の一時滞在部屋でございます」
「しれっと嘘言わないでちょうだい!さっきセシルの部屋の前通り過ぎたでしょ!そこの扉!どこに繋がってるの!?」
「秘密の扉です。その時がくれば開きます」
「その時って、私が結婚を承認したときでしょ!」
「さぁ?ただの一介の侍女にはそこまでは分かりません」
(デディ…!このぉ、さっきからとぼけたフリばかりしてぇ!やっぱりグルじゃない!)
ジト目でデディを睨みつけるも、当人は素知らぬとばかりにお茶の準備を始めた。
「叫んで喉が渇いたでしょう。どうぞこちらへ」
「だ・れ・の・せ・い・よ!」
色々言いたいことはあるけど、叫んで喉が渇いたのも事実だ。
私は不貞腐れた表情を隠さず、ソファーに座った。
私の前に淹れたての紅茶が置かれ、ついでクッキーやスコーンといった菓子が乗った皿が置かれた。
カップを手にとり、一口飲む。
ちょっとは落ち着けたけど、同時に息も吐いた。
「はぁ……」
「ため息をつくと、幸せが逃げるといいますよ」
「…………」
「なお、その幸せを届ける白銀の狼があの扉の向こうに…」
「行きません!」
なによ、白銀の狼って。
間違いなくセシルのことじゃない。
(ああ、なんだか頭が痛くなってきたわ…)
どうやってセシルを諦めさせるか考えなくちゃいけないのに、デディの相手までしなくちゃいけないの?
デディは侍女として優秀だし、機転もきくし、冗談も言い合える。
私にとっては、侍女であり姉のようであり、そして親友でもある。
今みたいにからかわれることもあるけど、それ以外は頼りがいもある。
(でも、ここまでの言動を見る限り、デディはセシル側よね)
胡乱げなものを見る目で、デディを見る。
デディは目を閉じ、ただその場にたたずんでいた。
はぁとまたため息をつき、クッキーへと手を伸ばす。
口に含めばサクッと軽い音が響き、バターの豊潤な香りが鼻に抜ける。
クッキーの美味しさに舌鼓を打ちつつ、今後の作戦を練ることにした。
(はて、セシルはどうしたものかしらね。どうやったら彼を諦めさせることができるかしら?)
さっきの様子では、生半可な理由では諦めてくれそうにない。
そうなると、諦めるというよりも諦めざるを得ない理由を用意したほうが良さそうだ。
それも、彼個人だけでなく、周囲も反対するような理由が。
(出戻りの結婚適齢期を過ぎた女なんて、周囲は反対するでしょうけど、セシル当人が気にしなそうなのよね。その辺の理由では通用しなさそうだわ)
2枚目、3枚目とクッキーへと手を伸ばす。
美味しすぎて、どんどん食べれちゃうわ。
4枚目を口にいたところで、唸る。
(そうなると、どんな理由ならいいかしら?セシル…伯爵家…当主…跡継ぎ…そうだ、跡継ぎだわ!)
名案が浮かんだと私は心の中で歓喜した。
セシルは伯爵家の当主であり、跡継ぎが必要だ。
しかし、私はアミッテレ家にいて子どもを成すことができなかった。
ここ数年はレストランと屋敷のことで頭がいっぱいで忘れていたけど、元夫には『種無し』と罵られたこともある。
(思いだしたら腹が立ってきたわね。ただの平民になったのなら、一発くらいはたいてもよかったかしら?)
あの時は泣くほどつらかったし、一生懸命レストランと屋敷のことに邁進したのも、子どもを設けられないことへの後ろめたさがあったのかもしれない。
しかし、それが今になって有効に働く手段になるんだから、人生分からないものである。
しかし、そこで別の不安要素が浮かんでくる。
(でも、私が種無しだとすれば、どこにも嫁げないわね。そうなったらどうしましょう……)
貴族の令嬢が嫁げない場合、大抵は屋敷を出て働くことになる。
家庭教師の仕事を斡旋してもらうか、侍女になるか、王宮の文官になるか。
文官になるには試験を突破する必要があるが、正直受かる気がしないのでパスだ。
そうなると家庭教師か侍女になるが、それを考えるのはまだよしておこう。
今早急に解決すべきは、セシルの求婚をかわすことなのだから。
私は早速、セシルと話ができるタイミングをうかがうことにした。
その後、食堂でセシルとともに昼食を取ると、その後で時間が取れないかを伺った。
しかし、返事は色よいものではなかった。
玄関ホールで身支度を整えていたセシルが苦悩の表情と共に、その理由を語る。
「すまない。ヨランダとの時間なら何より優先したいんだが、午後は騎士団で特訓の予定があるんだ」
「あら、そうですか。ではその後は?」
「帰りが遅くなるだろうからな。夕食も先にとってくれ。何時になるか分からないが、帰ってからでもいいなら」
「わかったわ。待ってるわね」
「ああ、それでは行ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」
騎士団の詰め所へと向かうセシルを見送る。
が、セシルは玄関の扉をくぐる直前に切り返し、私の前まで戻ってきた。
どうしたのかと首をかしげると、彼は満面の笑みでとんでもないことを言い放った。
「いってらっしゃいのキスは?」
「そんなものはない!」
私は顔を真っ赤にして拒否した。
まったく、いきなり何を言い出すのよ、この弟分は!
しかしセシルはやれやれと言った感じで首を横に振った。
「そんなものとは失礼だな。愛妻のキスは安全祈願・無傷無病・技能向上と、魔法の効果がある」
「セシルにはどれも無用なものね」
「ヨランダにそう評してもらえるのはうれしいが、用心深いのがぼくだ。さっ、してくれ」
そう言って少しかがみ、私の唇の位置に自分の頬を差し出してきた。
(ああ、ほっぺでいいのね。それなら別に……いいわけないでしょう!?)
一瞬納得しかけた自分に驚いた。
私が動かずにいると、負けじとセシルも動かない。
このままだと特訓に遅れるのでは?
遅らせるのも問題なので、私は親指に人差し指を引っ掛けて輪を作り、セシルのほっぺに近づける。
そして、少し力を込め、指をはじいてセシルの頬を打った。
「いった」
ちょっと打っただけなのに、セシルは打たれた頬に手を当てて、大げさに痛がった。
拗ねた目が、どうしてと訴えている。
それを無視し、弾いた人差し指を左右に振りながら、私は笑顔で見送った。
「いってらっしゃい」
「……行ってきます」
拗ねて口を尖らせたまま、セシルは玄関を出ていった。
「やれやれだわ……」
その背中を見送りながら、呆れたようにため息をついた。
手のかかる弟分だこと。




