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幼馴染に土下座されたので朝チュンしました  作者: 蒼黒せい


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第18話

 あれから大旦那様はせわしなく動き回っている。

 何度も王宮に向かい、国王陛下と協議しているんだそう。

 由緒正しきアミッテレ侯爵家の重大な問題だけに、すんなりいかないようだ。


 一方、夫は引きこもりのまま。

 爵位没収の上、勘当される。

 つまり、平民になるということだ。

 侯爵家当主という地位を振りかざし、これまで散々虐げてきた平民に自分がなるのだ。

 それが怖いから屋敷から出されないように部屋にこもっている…とは、大旦那様からのお話。


 まだ離縁手続きは済んでいないけど、両家の合意が得られているため、事実上はもう離縁と同じ。

 つまり、私は晴れて独り身に戻るというわけである。

 離縁手続きが済むまでは屋敷に滞在していてほしいということで、今はまだお世話になっている。

 使用人のみんなからは別れを惜しむ声と、元夫からの解放を祝福する声の半々だ。

 離縁を祝福されるというのも変な話だけど、事実なので仕方がない。


 もろもろの手続きが済めば、ここには管理人を置いてみなアミッテレ侯爵領に帰るとのこと。

 ここは本来、社交シーズンの間だけ利用するはずなのを、大旦那様がレストランを経営するにあたって、常駐化するようにしたらしい。

 レストランが無くなるから、その必要もないということだ。


 屋敷の管理もレストランの経営も何もすることが無くなった私は、ただ日がな一日ぼーっとするだけ。

 たまに刺繍をやったりするけど、ずっと続けるのも肩が凝って辛い。

 暑い日差しを避け、部屋の中の日の当たらない場所で椅子に座りのんびりしていると、あの忙しい日々がほんのちょっとだけ、羨ましくなるときがある。


(思ったよりも、仕事自体は好きだったのかもしれないわね)


 そんな自分に苦笑しつつ、もうすぐ手続きが終わりそうだと教えてもらった。

 それは離縁も完了するということで、もうこの屋敷に私の居場所はない。

 それからは、一旦リリバメン家に帰ろう。

 そう思い、実家に連絡しようと手紙をしたためていたら、大旦那様から待ったがかかった。


「あ~…君のことは、私が責任もって送り届けるから何もしないでいいぞ」

「いえ、そんな、そこまでお世話になるわけには…」

「大丈夫大丈夫。さぁさぁ、部屋でくつろいでくれたまえ」


 そう言って便箋を奪われてしまった。


「え~………」


 あっという間の出来事に、呆然とするしかない。

 大旦那様、何か焦っているような感じだったけど、気のせいかしら?

 荷物も侍女たちがやってくれるから、本当にやることが無い。


「暇~~~……」


 そう部屋でつぶやいても、侍女たちは荷物まとめで忙しく、誰も反応してくれない。

 ちょっと寂しい。


 そんなこんなで、やっと離縁手続きが済んだ日。

 無事に爵位返還も済み、大旦那様は侯爵位へと戻った。

 いずれは次男に引き継ぐ予定だが、短期間に爵位を持つ者が入れ替わっては問題もあるため、数年は様子を見るという。

 私は8年お世話になったアミッテレ家の屋敷を離れることになった。


「アミッテレ侯爵、本当にお世話になりました」


 深々と頭を下げ、戻すとアミッテレ侯爵は寂しそうな顔をしていた。


「…もう『大旦那様』とは呼んでもらえんのだね」


 仕方ない。

 もう離縁した以上、私とアミッテレ侯爵は何の関係も無いのだ。

 身内のような呼び方は出来ない。

 私は申し訳なさそうに謝った。


「すみません」

「いいや、君が謝ることはない。こちらの不始末だからね。これからも、元気でやってくれ」

「はい」


 アミッテレ侯爵との別れの挨拶が済むと、屋敷から続々と使用人が出てきて別れの言葉を投げかけてくれた。

 それを見るとエロール様は最悪だったけれど、決して悪い結婚生活ではなかったように感じる。

 少なくとも、私と使用人のみんなはこの屋敷で一緒に生活し、支え合ってきたのだ。

 辛くて苦しいこともあったけど、楽しいこともあった。


(そう思えば、この8年は無駄ではなかったかもしれないわね)


 使用人のみんなとも別れの挨拶が済んだ。

 しかし、アミッテレ侯爵が手配したという馬車が無い。

 私はアミッテレ侯爵に尋ねることにした。


「あの、アミッテレ侯爵。馬車は…」

「…少し遅れているようだな、いや、今来たぞ」


 侯爵の言葉に私は振り返った。

 確かに馬車が一台、いや二台こちらに向かっている。

 …なんだけど、その馬車にはとても見覚えがある家紋が刻まれていた。

 それは、アミッテレ侯爵家のものでもなければ、私の実家のリリバメン伯爵家のものでもない。


 ディカータ伯爵家。

 どうしてかそこには、ディカータ伯爵家の馬車が来ていたのだ。

 何か嫌な予感がしつつ、その馬車から目が離せない。


(いや、たまたまここを通り過ぎるために来ただけかも…ほら、もうすぐ通り過ぎ……ない!)


 淡い期待を裏切るように、ディカータ伯爵家の家紋の馬車は、門の前に止まった。

 それを私は信じられない面持ちで見ている。

 御者が馬車の扉を開けた。

 その中から、紺の騎士服を着た男がゆっくりとタラップを降りてくる。


 それが誰なのか、私は良く知っている。

 太陽に煌めく銀髪は頭の動きに合わせてさらりと揺れ、その前髪の隙間から鋭利さを漂わせるエメラルドの瞳が覗いていた。

 細身の体に騎士服はよく似合い、だけどその下には引き締まった筋肉があることは、誰よりも知っていた。

 馬車を降りた男性…セシルは、優雅にまっすぐこちらへ向かってくる。

 その顔に、ぎらつくような目つきと弧を描いた口を添えて。


 どうして彼がここにいるのか、私は必死で現実逃避するようにきっと何かの偶然だと思い込もうとした。


(そうよ、彼はきっとたまたまアミッテレ家の屋敷に用事があってきただけであって、私のところに来たわけじゃないわ!ほら、彼はそのまま私の横を通り過ぎ…)


「迎えにきた、ヨランダ」


(…ないわよねー!)


 彼はしっかりと私の前で止まり、剣だこの付いた硬い手を差し出して、笑顔のまま私を見下ろしている。。

 それに私は冷汗をだらだらと背中にかきながら、どうしてこんなことになっているのかを必死で考えた。

 私が彼の手紙を無視して、あれから何か月が経っただろうか。

 セシルはきっと怒っているはずだ。

 だから、彼がとろけるような笑みを浮かべて私を見ているけれど、その内心にどんな怒りの溶岩が燃え滾っているのかを想像するだけで、足がすくんで動かない。


「さぁ、ヨランダ」


 彼は差し出したままの手を、アピールするようにもう一度差し出してくる。

 ええと、これは何?

 エスコートのつもりなのかしら?

 それとも手を差し出した瞬間に手をひっこめられて、辱められちゃうのかしら?

 そもそも彼を拒絶した自分が、彼の手を取る資格があると思えない。


 くるりと振り返る。

 アミッテレ侯爵が、なんとも微妙な笑みを浮かべていた。

 その表情から、どうして彼がここにいるのかをアミッテレ侯爵は知っているはずだ。

 彼が来るのを知っているから、馬車の手配をしなかったに違いない。

 いつの間にセシルとアミッテレ侯爵につながりができていたのかは分からないけど、この状況はよろしくない。


 とにかくアミッテレ侯爵に聞こう。

 くるりと侯爵へ振りむいた時、がっしりと肩を掴まれる。

 途端にばくばくし出す心臓のままそーっと振り返ると、当然そこには私の肩を掴んだセシルがいる。


「ヨランダ?」

「ひっ!」


 なにこれ怖い。

 笑顔なのに、細められた碧眼の圧がすごい。おもわず悲鳴が上がった。

 冷汗が背中だけでなく額からも流れる。

 顔が恐怖で固まっていく中、アミッテレ侯爵の咳払いが響いた。


「セシル君、くれぐれも穏やかに。ヨランダ嬢に無礼を働くなら、アミッテレ家が動きますぞ?」


 そう言って侯爵はセシルへ鋭い眼光を飛ばす。

 良かった、侯爵は私の味方のようで。

 でも、セシルが来るのを知ってて黙ってたわけだから、完全に味方とも言えないのだけれど。

 侯爵の眼光に、セシルは苦笑してそっと肩から手を放してくれた。

 ただし、今度はさらっと腰に手を回され、しっかり抱き寄せられていた。


「えっ」


 そのあまりの手際のよさに、気付く間もなく私はセシルの隣に並ばされていた。

 驚きで目が点である。

 セシルは笑顔のまま、アミッテレ侯爵へと向き直った。


「それではアミッテレ侯爵、ヨランダがお世話になりました。あとはこちらで引き取りますので」

「うむ……ヨランダ嬢、元気でな」

「……えっと?はい」


 えっ、これ、結局どういうことなの?

 分けも分からぬまま私の荷物は後ろの馬車に積み込まれ、私自身は今度は横抱きにされてそのまま馬車へと連れていかれた。


「えっ?」


 席に座らせられ、扉が閉められると馬車が動き出す。

 私の横にはしっかりとセシルがポジションを取っていた。

 逃がさないとでも言うように、腰には手が回され、手も握られている。

 その圧に、私は顔を上げることができず、うつむいたまま。


(ちょちょちょっとまって!怖い、セシルがすごく怖い!)


 怖くした原因は間違いなく私なんだけど、それでも怖いものは怖い。

 うつむいたままの私の頭に、何かが触れる感触があった。


(えっ、今の何?)


 セシルの両手はふさがっている。それら以外で一体どこが…

 そう考えている隙に、気付かないうちに耳元にセシルが顔を寄せていた。


「ふっ」

「ひっ!?」


(い、今耳に!?息を吹きかけられた!)


 ぞあっと背筋に悪寒が走る。

 取り乱した私に追い打ちをかけるように、セシルは耳元で囁いた。


「ヨランダ……もう、逃がさない」


(ひいいぃぃーー!!)


 低くて耳通りが良い声で鼓膜が震わされ、頭は恐怖と快楽で機能停止寸前だった。

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