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幼馴染に土下座されたので朝チュンしました  作者: 蒼黒せい


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第14話

「……くそっ!」


 エロールは暗い王都の夜道を歩いていた。

 眉を吊り上げ、不機嫌なのを隠そうともせず、地面を蹴り飛ばす。

 せっかく家宝を担保に金を借り、それで掛け金をつくった。

 最初は順調だった。

 これまでの負け分全てを取り返せそうだと思い、最後に勝負に出た。

 だが、出目が見事に外れ、全額失ってしまった。

 掛け金が無くなり、店を追い出されたのだ。


 エロールがのめり込んでいるのは裏カジノだ。

 法律では禁止されているのだが、資金難や刺激を求める貴族、豪商などが出入りしている。

 見つかれば厳罰でも、エロールが裏カジノに入り浸り始めてから5年が経っている。

 未だにバレたことは無いから、これからもバレることは無いとエロールは思っている。


 しかし問題は掛け金だ。

 刺激を求めるあまり、一点狙いに大量にかけるスリルが忘れられない。

 それではどんなに金があっても足りないのだが、そんなことはエロールには関係ない。


(くそっ、オーナー報酬は無いし、家宝を売った。あとはめぼしい金になりそうなのはあるか?)


 顎に手を当てながら屋敷の中を思い浮かべても、ろくに金になりそうなものはない。

 いっそ、ヨランダの実家であるリリバメン家に直接たかりに行くか。

 リリバメン家は侯爵であるアミッテレ家とのつながりを求めて結婚した。

 そのことを、エロールはひどくあさましく思えて見下している。

 当然、それで嫁いできたヨランダも同じだ。


(文句ばかりのうざい女だ。金が無ければとっとと離縁してやるのに。まぁ、レストランも屋敷のあの女にやらせておけば俺は楽をできる。しばらくは飼っておいてやろう)


 爵位目当てに金で売られた女。

 それがエロールから見たヨランダだ。

 だから、彼にはヨランダを妻として扱う気はない。

 便利な使用人程度だ。

 最初はその身体が気に入っていたが、しばらくすると飽きた。

 子どもも出来ないので、ヨランダを種無しだと陰で罵っている。


(とにかく今は金だ。掛ける金を調達しないと)


 そう思っていると、誰かがエロールの前、数歩先に立ちふさがる。


「ん?」


 エロールはだるそうに顔を上げた。

 そこには月光に照らされ、二つ目の月を体現したような美しい銀髪の男がいた。

 髪の隙間から見える碧眼はするどく、そこに強い憎しみが宿っているのが、この暗闇でもエロールには分かった。

 黒い衣服をまとっているせいで、やたらと銀髪だけが強調されている。

 それが恐ろしさをさらに助長させる。


(な、なんだこの男?)


 知らず後ずさるエロールに、男は声を発した。


「エロール・アミッテレだな?」

「な、なぜ俺の名を…」


 名前を知られていることに、頬を冷汗が流れた。


(まさか、裏カジノに出入りしていることがバレたのか?)


 イヤな予感がこみ上げる。

 つい、生唾を飲み込んでしまう。

 だが、次の男の言葉にエロールは肩透かしをうけた。


「単刀直入に言う。ヨランダ・リリバメンと離縁しろ」

「はっ?」


 まさか妻の名前が出てくるとは思わず、目を瞬かせながら呆けたような声が出る。

 しかも離縁しろとはどういうことなのか。


(誰だこいつ…ヨランダの知り合いか?一体なんだというんだ…)


 面倒くさい輩に絡まれたと思ったエロールは、うんざりするほどに長い溜息をついた。


「返事は?」

「バカか?するわけないだろう。あれは大事な金づるだ。離縁なんかしない」


 ハッとさげすむように笑うと、途端に男の放つ雰囲気が変わった。

 エロールの全てを飲み込みかねない、謎の重圧。

 後ずざったはずの後ろ脚が、さらに後ろへとすり動く。


(な、何だこいつ!?)


 明らかに只者じゃない。

 そんな予感だけは立つが、かといって逃げられそうにもない。

 その確信だけはあった。

 一体何者なのか。

 そう考えたとき、一つの可能性が思いつき、それを口に出す。


「まさか、お前ヨランダの回しものか!?」


 だとすれば納得がいく。

 ヨランダはことあるごとにエロールに突っかかり、何度も金を減らそうとしてくる。

 それがエロールには堪えがたい苦痛だったが、ヨランダもそうだったのだろう。

 だから、こんな脅すような真似をして、離縁を迫ってきた。

 エロールはそう考えた。

 だが、男はあっさりとそれを否定する。


「違う」

「はっ、下手な嘘だな。こんな汚い真似を使うとは、やはり卑しい女だ。いいか、俺はこんな脅しには応じない。わかってるのか、俺は侯爵なんだぞ」


 エロールは男を馬鹿にしたようにあざ笑った。

 爵位をひけらかし、相手を脅す。

 エロールの常とう手段だ。

 これで屈しない相手はいなかった。

 だが、今日に限って相手が悪いということを、エロールは知らない。


「侯爵様が、こんな夜道を一人で歩くのか?」

「ぐっ」

「お伴も護衛も付けず、こんな夜更けにどこにいた?」

「………」


 ギリッと歯を噛み締める。

 目の前の男には脅しが効かない。

 それどころか、逆に脅してくる始末だ。

 裏カジノへの出入りはまだバレていないはずだが、それでもそこをつかれると痛い。


「重ねて言う。ヨランダ・リリバメンと離縁しろ。さもなくば、貴様は地獄に落ちる」

「いうに事欠いて地獄か。冗談じゃない。そう言うなら、俺より先にあの女を…」

「なんだと?」

「ひっ!?」


 突然男が目の前にいて、のど元に何か冷たい何かが当てられた。

 短い悲鳴が口から漏れる。

 エロールの目には何も見えなかった。

 ただ、気付いた時には銀髪が目の前で揺れていた。

 喉元に当てられたそれが何なのか、聞かなくてもエロールにだって分かった。

 男が近づいたことで、より強い重圧がエロールを襲う。


「愚かな貴様に忠告してやる。ヨランダ・リリバメンと離縁しろ。そして彼女に危害を加えるな。どちらかを破れば、必ず地獄に叩き落す。分かったな?」

「~~~!!」


 エロールはカチカチと歯を鳴らしながら、必死に頷いた。

 重圧の正体が何なのか、凡庸なエロールでも察しが付く。

 それは殺気だ。

 返答次第で男はこの場でエロールを消すつもりであり、そこに決して冗談の気配がない。

 エロールは今、生まれて初めて死の恐怖を体験した。


「いいか。忘れるな」


 そう言って銀髪の男が離れる。

 恐怖から立ちすくんでいたエロールは、男の気配が離れたことで力が抜け、地面にしゃがみこんだ。

 男の姿は闇に消え、そこにはエロールただ一人が残った。


「はっ……はっ……」


 緊張の糸が途切れ、何度も荒い呼吸を繰り返す。


(只者じゃなかった…!一体何だったんだ!?くそっ、どうして俺だけがこんな目に遭う!?)


 エロールは気付かない。

 それが、今までの己の所業として返ってきているにすぎないことを。

 夜風が吹きすさび、乾いた葉っぱのこすれる音が響く。

 息を整えたエロールは立ち上がり、わき目も降らずに走り出した。

 もう、さっきの男に会わないようにと、全速力で掛けていく。

 運動不足の身体はすぐさま悲鳴を上げ、次第に足が上がらなくなる。

 それでも、さっきの恐怖を払拭するように、懸命に足を動かし続けた。


(早く…早く屋敷に帰らないと!あそこなら安心だ!)


 ろくに屋敷に帰らず、修繕費すら省みない男が、都合のいいときだけ安全を求める姿はひどく醜くて滑稽だ。


 やっと我が家が見えてきたとき、エロールは安堵でへたりこんでしまった。

 それでも何とか門をくぐり、玄関へと入る。

 とうに深夜の時刻を過ぎていたため、屋敷の中は灯りが落とされ静まりかえっており、そこには誰もいない。


(くそっ!主人の帰宅だというのに、どいつもこいつも相変わらず出迎え一つしない!クズばかりめ)


 悪態をつきながら、自室へ向かおうと階段を上り始める。

 ふと灯りの気配を感じ顔を上げると、そこにはランプを片手に歩くヨランダの姿があった。

 既に入浴を済ませているのか、夜着にガウンを掛けている。

 あちらも気付いたのか、エロールを驚いた表情で見下ろしている。

 こんな時間に帰ってくるとは思わなかったのだろう。

 その姿を見て、エロールはカッとなった。


(この女のせいでとんでもない思いをしたんだ!一発ぶん殴って…)


 そう思った瞬間、脳裏にあの銀髪男の姿がよぎる。


『彼女に危害を加えるな』


 あの恐ろしいまでの殺気がこもったプレッシャー。

 それが再びエロールを襲う。

 エロールの頭は急速に冷え、それどころか青ざめていく。

 男への恐怖はエロールの芯にまで刻み込まれ、ヨランダを見ただけであの男が襲い掛かってくるような幻視までした。


「ひ、ひぃ!」


 エロールは情けない悲鳴を上げ、階段を駆け上がり、自室へと飛び込んだ。

 それをヨランダは信じられない面持ちで見送った。

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