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幼馴染に土下座されたので朝チュンしました  作者: 蒼黒せい


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第13話

(…もう、来なくなったわね)


 最後の手紙を受け取ってから、そろそろ1週間か。

 読まずに捨てた手紙が4通目になってから、次の手紙が来なくなった。

 それに安堵するとともに失望感まで覚えるのは、どれだけ自分はわがままなんだろうと自嘲した笑みが浮かぶ。


「奥様?何か不備がございましたか?」

「あ、いいえ、何でもないわ」


 執事のヘクターに声を掛けられ、私は何でもないという風に首を横に振って誤魔化した。

 今は屋敷の修繕費の見積もりを前に、どうしたものかと執務室でヘクターと一緒に頭を病ませていた。


 アミッテレ家は由緒ある侯爵家だけあって、屋敷も古い。

 そのため、どうしても修繕する箇所が出てくるのだ。

 しかも規模が大きくなりやすく、修繕費もかさむ。

 まだ致命的な損傷はないけれど、近々大規模にやらないとダメかもしれないと思っている。


 本来、その費用を工面するために必要なのがレストランの収益なのに、それを根こそぎ奪っていくエロール様のことが憎くてたまらない。

 屋敷だけではなく、先代から続くレストランだって修繕は必要だ。

 それなのに、そちらも費用が回らない。

 壊れた備品があると、同じ高級品ではなく、似たような安物を買い足している状態だ。

 見る人が見れば分かるだけに、そんなものを出すようなレストランになっていることが恥ずかしくてたまらない。


(どうしたものかしら…やっぱりオーナー報酬を削らないと)


 ヘクターと頭を突き合わせてああでもないこうでもないと協議していたとき、扉の外からうるさく足音が響いてきた。


(こんなときに、また頭の痛くなる存在が…)


 思わず顔をしかめる。

 足音が扉の前で止まると、勢いよく扉が開け放たれた。

 そこには私の夫にしてこの家の主であるエロール様がいた。


「なんだこんなところにいたのか。主人の出迎えもしない妻に執事とは、全く気が利かん連中だ」


 そう言って、私たちをあざ笑うように見下しながらずかずかと執務室に入ってくる。

 そのあまりにも勝手な言い分に、一瞬で頭に血が上った。


(気が利かないですって!?勝手にどこかほっつきあるいて、いつ帰ってくるかも分からないような奴を、いつまでも玄関で待ってろとでも言うのかしら!頭おかしいんじゃないの!?)


 ぶつけてもしょうがない怒声を、ぎりぎり喉の奥で食いとどめる。

 ヘクターも私と同じで、額に筋が浮かんでいる。

 エロール様は悠然と私たちの横を通り過ぎると、奥へと進んでいった。

 そのことに疑問を覚える。


(一体何をする気かしら?)


 思えば、そもそも夫が執務室に来ること自体稀だ。

 一体何の用でここに来たのか、つい目で追っていくと、彼はある場所でしゃがみ込んだ。

 そこで何かごそごそと弄っている。


(あら、あそこには何があったかしら?)


 記憶を掘り返していると、何か重い音を立てて開く音が聞こえた。

 その音にいち早く反応したのはヘクターだった。


「旦那様!金庫など開けて何をなさっているのですか!?」

「えっ、金庫!?」


 勢いよくヘクターが立ち上がり、つられて私も立ち上がる。

 金庫ですって!?

 金庫を開けられるのは、当主だから当然だ。

 だけど、金遣いの荒い彼が金庫を開けるなど嫌な予感しかしない。


「うるさい連中だ。おっと、あったな」


 何かを見つけた彼は立ち上がり、それをポケットにしまった。

 ポケットに仕舞えるような小さなもの?

 あいにく、嫁で来ただけの私は、金庫に何が入っているのかは知らない。

 しかしヘクターは分かったようで、顔を真っ赤にして目を吊り上げていた。


「旦那様!今仕舞ったのは、まさか家宝の『ルビーの涙』ではありませんか!?」

「家宝!?」


 家宝と聞いて私は目を瞬かせた。

 由緒ある古い貴族だと、その一族の瞳の色に近い大粒の宝石を家宝として所有していることが多い。

 大粒なだけにその価値は高く、どうしても家が傾くような財政難のときにのみ売り出されることがある。


 アミッテレ家は由緒ある侯爵家だ。

 家宝を持っていてもおかしくない。

 アミッテレ家の一族は赤い瞳を受け継ぐ。

 夫もその瞳を持っているが、ルビーの美しさとはかけ離れたどす黒さを持っており、ハッキリ言って家宝を受け継ぐにふさわしいと思えない。


(アミッテレ家の財政を考えると、家宝を売ってでも立ち直しを図るべきかもしれないけど…)


 確かに今アミッテレ家は財政難といってもいい。

 何かしら資金繰りは必要だ。

 家宝を売れば、ある程度の目途にはなるだろう。

 だけど、それを財政難を招いている元凶が何とかするとは思えない。

 嫌な予感しかしないのは当然だろう。


「旦那様!今本当に家宝を仕舞ったのですか!?」

「まったくもってうるさい連中だな。家宝を当主たる俺がどう扱おうと、勝手だ」

「勝手にされてはたまりません!それはお屋敷を維持するための最期の切り札。一体何に使うつもりですか!?」


 かなりまずい状況なのだろう、滅多に声を荒げたことのないヘクターが、つばを飛ばして叫んでいる。

 エロール様は私たちを苦々しく見つめ、吐き捨てるように言った。


「貴様らがろくに金も稼がんし、こんなぼろ屋敷に無駄に金を使うから俺の金がないんだ。これで我慢してやろうという俺の優しさがわからんか?」


 あまりに勝手な物言いに、ついに私も堪忍袋の緒が切れた。


「わかるわけないでしょうそんなもの!大体、あんなにオーナー報酬があるのに、一体どこにお金を使っているんですか!」

「貴様に言う必要などない」

「ふざけないでください!あなたのせいでスタッフも辞めて、客足も減ってレストランがギリギリなんです!あなたに払うオーナー報酬なんかなければ、お店は立て直せるんですよ!」

「バカかお前は?オーナーに報酬を払わない店がどこにある?」

「バカはあなたよ!はぁ、はぁ……」


 一気に叫んだせいで息が荒くなる。

 そんな私を小ばかにするように見ながら、エロール様は悠然と執務室から出て行こうとした。

 それをヘクターが止めようとする。


「いけません旦那様!家宝は戻して…」

「ええい、邪魔だ!」


 扉の前に立ちふさがったヘクターを、エロール様が腕を伸ばして突き飛ばした。


「ぐぁっ!」

「そんな、なんてことを!」


 すぐさまヘクターに駆け寄る。

 腰を打ったようで、手を当てている。

 すぐに立ち上がれそうにない。


「大丈夫!?今、人を呼ぶわ」

「うっ…ぐっ……先代様よりお預かりした……大切な、家宝が……」


 振り返るも、もうそこに夫の姿は無かった。

 痛みと悔しさで苦悶の表情を浮かべたヘクターが、必死に立ち上がろうともがく。

 その姿が痛々しく、悲しみと同時にこの元凶である夫への憎しみが強くなった。


(本当にあの男は……!それよりも、今は人を!)


 私はすぐさま立ち上がり、廊下に向かって人を呼んだ。

 それからすぐに人が集まり、執事は医務室に運ばれ、医者の診察を受けた。

 腰に軽い打撲とのことだが、年齢のこともあって骨にも影響が出ているかもしれないとのこと。

 数日は安静にしているようにとのお達しだった。


 医務室から従業員用の部屋に移動されたヘクター。

 ベッドに横になり、安静している彼の横に椅子を引き、そこに腰を下ろした。

 彼の瞳は深い悲しみをたたえ、今にもこぼれそうだった。

 ヘクターは天井を見上げたまま、ぽつりとつぶやく。


「申し訳、ございません……奥様」

「…どうして、あなたが謝るのかしら?」

「奥様がこのお屋敷に来て以来、奥様の笑顔はほとんど見ておりません。あのようなものが当主であり、夫であることで、奥様に重い負担を強いることになってしまったことが、私は情けなく思うのです」

「………」


 確かにその通りだ。

 彼は最初から私を愛していない。

 好きだったのはこの身体だけで、それも数年で飽きてしまっている。

 エロール様の笑顔を、私は最後に見たのはいつだろうか。

 思いだせない。


 屋敷の当主が笑顔にならずに、女主人の私が笑顔になれるわけがない。

 屋敷の外や外部の人間を招けば、貴族の礼儀として作り笑みを浮かべるのは当然だ。

 しかしヘクターが言いたいのはそういうことではない。


「大丈夫よ。私は、大丈夫だから」


 私は無理やり笑顔を浮かべ、ヘクターに安心するように伝えた。


 ふと、頭にセシルの顔が浮かび、すぐにかき消す。

 どうして彼を思いだしたのか、自分でも分からない。

 頼るつもり?そんなこと出来るわけがない。

 彼は私を騙していたんだから、私のために何かしてくれるはずがないんだから。

 そして、そんな彼を切ったのは私だ。

 そもそも、何を頼るつもりだというのか。

 ゆっくり頭を振り、今思い浮かんだことを振り払った。


 ヘクターは悲痛な表情から変わらない。

 ゆっくりと口を開き、懺悔するようにこぼした。


「力不足で、不甲斐なく……申し訳ございません」


 ゆっくりと執事の瞼が閉じる。

 瞼に押し出された雫が、ゆっくりと彼の顔の横を流れ落ちていく。

 私はハンカチを取り出してそれを拭った。


 そっと椅子から立ち上がると、部屋を後にした。

 彼があの状態では、しばらく屋敷内の仕事はできないだろう。

 数日だけでも代わりの人員を確保しないといけない。

 ただでさえ人不足なのに、執事という上級使用人の代わりなどそんな簡単にできるわけがないというのに。

 痛くなってきた頭を抑えつつ、私は執務室に戻った。


(もう……限界かしら)


 書類だらけの机を前に、私は力なく椅子に座った。

 だらしなく背もたれにもたれかかり、ぼんやりと天井を見上げる。

 力なく瞼を閉じ、頬を冷たい何かが流れた。

 それが自分の涙だと気付いた時、もうこの屋敷は…いや、アミッテレ家はダメなんじゃないかと思い始めていた。


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