第12話
(どうして……どうしてなんだ、ヨランダ。どうして返事を返してくれない?)
セシルはディカータ家の屋敷にある自室で、ソファーに座り込み、頭を抱えながら苦悶の表情で考え込んでいた。
ヨランダに送った手紙が一通も返ってこない。
すでに4通も送っている。送り間違えは無いし、直接届けさせたのもある。
それでも返ってこない。
それはどういうことか。
ヨランダが手紙を読んでいないか、読んだうえで返信してこないか。
どちらかだとしても共通していることがある。
ヨランダが手紙を拒否しているということだ。
しかし、突然どうしてそうなったのかが、セシルには分からない。
つい先日も、ベッドで睦み合い、なんら変わった様子は見られなかった。
いつものように見送り、そこに何の違いも無い。
「ヨランダ…」
セシルは天井を見上げ、力なくその名を呼ぶ。
そこに、ちょうどノックが聞こえる。
「デディです」
「………入れ」
扉を開けて入室したのは、緑の髪をポニーテールにまとめたデディだ。
セシルは少しずつ女性恐怖症を克服しつつあった。
今ではある程度の距離を保てば、笑顔を浮かべることだってできるし、部屋に招くことだってできる。
もちろん内心は恐怖で染まっているが、誤魔化せる程度には慣れてきていた。
もちろん、それはヨランダのおかげだ。
彼女と肌を重ねるたびに、女性という存在への理解を深めていく。
知ることで、得体のしれない生き物から、よく分からない生き物へとダウングレードしているのだ。
(まだ…克服したとは言えない。もっと慣れていかないと、社交界では対応できないな。そのためには、彼女が必要だ)
だからセシルはあえてそれをヨランダには伝えなかった。
治療がまだ必要であることともう一つ。
セシルにとってはそちらの方が重要課題となっていた。
(このまま、ヨランダをぼくに堕とし、奪いとるはずだったのに!)
身体の方は大分堕としてきたと思っている。
後は心だ。
彼女は責任感が強い。
だから、傾いているアミッテレ家を見放すことができない。
それをなんとかしようと思っていた矢先にこれだ。
(やっと、本気で愛せると思える女性と出会えた…いや、気付けたんだ。絶対にこのまま無かったことになんかさせない!)
最初はヨランダを抱くことに、バレることへの恐怖と、初めて知る女性の気持ちよさに溺れるだけだった。
しかし、肌を重ねたのをきっかけに、彼女に姉以外の、様々な姿があることを知る。
それを一つずつ知るたびに、ヨランダへ抱く想いが思慕から恋慕へと変わっていく。
同時に、バレることへの恐怖も薄れていき、それどころか奪い取れば万事解決だと理性が訴えかけ始めた。
いつしか、セシルの目にはヨランダしか映らなくなっていた。
今目の前に、女性として非常に魅力的な体をしているデディがいるのだが、セシルの目はデディの顔しか見ていない。
並の男ならデディの豊満な胸に視線が吸い寄せられるものだが、微塵も視界に入らない。
純粋に、狂おしいほどに一途な男が、そこにいた。
それをデディはいち早く感づいていた。
苦悩するセシルを前に、デディは険しい表情を浮かべている。
(セシル様、ずいぶん焦っておられるようですね。当然でしょうか、ヨランダ様からずいぶん返事が来ていませんもの)
傍から見ていたデディは、二人の思考が手に取るように見えていた。
ヨランダは早い段階で堕ちていたが、セシルもそれを追うように堕ちていく。
このままいけば、二人が結婚するのでは。
そうデディは踏んでいた。
幼いころから見守ってきた二人。
セシルが女性恐怖症になっても、例外となった少女、ヨランダ。
その二人が睦まじく過ごす様子を遠目から見ていたデディは、二人にこそ結婚し、幸せになってほしいと願っている。
だから、セシルがヨランダを呼び出し、情事に及んだ後のヨランダをデディが見つけたのは偶然だったが、デディにとっては願ったりかなったりだ。
すぐさまヨランダ専用隠ぺい工作員となり、二人の情事を外にばらさず、それでいて二人が心置きなく励めるように整え続けたのだ。
あと一歩。
デディはそう睨み、その一歩のためにセシルの下を訪れていた。
「セシル様、ヨランダ様からのお返事が届いておりませんね」
「ああ。……どこかに行ったわけではない。屋敷に居て受け取っているはずだ。しかし、その後がどうなっているのかが分からない」
セシルが顔の眉間にしわを寄せ、苦悩する様はそれだけで絵になるほど美しい。
細められた碧眼に見据えられれば、大抵の女性が落ちるだろう。
もっとも、デディにとってはセシルは弟というより坊ちゃんに近いので、そこに惹かれることは無い。
「いかがなさいますか?直接お会いするという手もありますが」
ヨランダは外出していないわけではない。レストランの経営で外に出るし、買い物にも出る。
最悪、屋敷に押しかけてもいけるだろう。
だが、それにセシルは横に首を振った。
「いや……どちらにせよ、このままではどうにもならない。ヨランダを嫁に迎えるには、どうせやるべきことがあるんだ。なら、それが今だ」
「…よろしいのですか?もし仮に離縁が成功しても、ヨランダ様にその意思が無ければ領地に戻るでしょう。そうなれば、会うことすら難しくなります」
デディは、セシルが本心をこぼしたことにはあえて触れず、反論だけにとどめた。
それにセシルは押し黙る。
だが、すぐに顔を上げると、そこに獰猛な狩人の迫力を乗せた碧眼をのぞかせた。
その目の迫力に、デディは思わず生唾を飲み込んだ。
「デディ。ぼくはな……どうやら思った以上に、執着が深いようだ」
「…それは、どういうことですか?」
「簡単なことだ。ヨランダを逃がさない。彼女にその意思が無かったとしても……もう、彼女無しではぼくはまともじゃいられないんだ」
フッと視線が落ちる。
悲しみをこらえるように吐き出されたその言葉は、デディの胸にも悲痛な痛みをもたらす。
デディの思う以上に、セシルの中でヨランダは大きな存在となっていた。
それは執着であり、それはときに自らを殺す死の刃になりうる。
ヨランダを失ったセシルがどんな結末を迎えるか、デディには想像するのが恐ろしいほどだ。
(セシル様、ヨランダ様のことをそこまで……。なら、不肖デディ。お二方のために粉骨砕身の覚悟でお手伝いいたします!)
セシルの覚悟を受け取ったデディは背筋を伸ばし直し、誓いを新たにする。
2人の幸せを成就するという誓いを。
「それでセシル様、まずはどのように?」
「そうだな……」
セシルは顔を上げ、中空を見つめる。
考えがまとまったようで、デディ…の少し隣へと視線を送る。
まだ女性恐怖症は継続なので、直視は出来ない。
「まずは情報を集め、ヨランダの離縁を成功させる。協力してくれるか、デディ?」
「もちろんでございます」
デディは大きく頷いた。
豊満な胸がうなずくと同時に揺れたが、セシルの視線は変わらなかった。




