第11話
それから半年が経った。
私は相変わらず、屋敷運営とレストランの経営、そしてセシルとの情事に励んでいた。
そのどれもが芳しくない。
この半年で屋敷ではシェフが1人辞めた。
レストランではホールスタッフが2人辞めた。
セシルも相変わらずで、他の女性にはてんでダメな状態らしい。
何をしてもうまくいかない。
どこか閉塞感を覚え、私は息が詰まるような感覚に陥っていた。
「はぁ……」
「あら、ヨランダ様。いかがなさいました?」
「ああ、いえ、すみません。何でもありませんわ」
不意に隣にいる夫人から声を掛けられ、私は意識を今に戻した。
今は久しぶりに夫人同士の茶会に誘われ、参加しているところだ。
参加は全員で4名。
私以外は皆伯爵家の夫人。
けれど、どこもアミッテレ家よりも資産家であるため、どこか肩身が狭い。
普段は仕事を理由に断っていたのだけれど、気分転換にと参加してみた。
しかし、早々に後悔している。
なにせ話題についていけない。
屋敷とレストランで頭を抱える私は、最近の流行のドレスやアクセサリーを気にしている余裕がない。
さらにお金も無いしで、気になっても買う余裕もない。
(失敗したなぁ……)
それなりに仲良くさせてもらっている夫人たちなので、話題に混ざれないことをあからさまにさげすまれることは無い。
ただ、やはりどこか残念そうな視線を感じることもあり、いたたまれないのだ。
適当なところで切り上げるべきか。
しかし、ふと耳に気になる名前が飛び込んできた。
「そういえば、お聞きになりました?最近、セシル様がお変わりになってきたと」
「えっ?」
「セシル様といえば、銀髪の美しい『氷の貴公子』ですわね」
「私も遠目から見たことがありますが、本当に美しい方でしたわね。しかも、将来有望で親衛隊入りを望まれているとか」
親衛隊と言えば騎士の中でもえりすぐりの実力者だけがなれる、国王直属の警護部隊だ。
剣の腕はもちろん、人格や家柄も厳しく審査される。
親衛隊に選ばれることは大変名誉なことであり、騎士たちのあこがれの的だ。
(セシルは頑張ってるのね。……私は、どうなのかしら)
セシルが親衛隊入りを望まれているとは、誇らしい気分になると同時に、やはり彼には自分なんかは似合わないと沈む気持ちと入り交ざる。
しかし、夫人たちの話題はそれだけに収まらない。
「ええ、その『氷の貴公子』様なのだけれど、どうやら最近はずいぶんと溶解したようで」
「どういうことですの?」
「夫が王宮で見かけたのですけれど、話しかけられた令嬢ににこやかに応対していたようですわ。女性が話しかければにらみつけるようなまなざしだったセシル様が、そのように変わって驚いたと夫は話しておりましたのよ」
「まぁ!セシル様がにこやかに?それは、どんなお顔をされていたのか気になりますわ」
「そういえば、ヨランダ様はセシル様と領地が隣同士でしたわよね?どうなのですか?」
「えっ、あ、そ、そうですわね…」
いきなり話をふられ、一瞬頭が真っ白になる。
が、すぐに気を取り直して一つ咳払いした。
(幼馴染であることは言わないほうが良さそうね。いらない嫉妬を買いそうだわ。まして、情事のことはね…)
とんでもない爆弾を抱えていると内心苦笑しつつ、口を開いた。
「ええ、存じております。幼いころから美しい方でしたから。ただ、私が嫁に来てからはとんど疎遠になってしまいまして…彼がそのように成長しているというお話を聞けて、一安心しましたわ」
「そうでしたのね。うらやましいですわ、セシル様の幼少期を知っておられるなんて」
「うふふ」
笑って流す。
しかし、私の頭の中はセシルが女性ににこやかに応対していたということの方でいっぱいだ。
(どういうこと?セシルは相変わらず女性が苦手だって、つい最近もそう言ってたのに。…まさか、私を騙していたの?)
信じたくないが、夫人たちの話が真実であればそうなる。
それはつまり、セシルの女性恐怖症が治ったということであり、私とセシルの関係がもう必要ないということでもある。
(そんなはずない。セシルが私を騙すなんて……じゃあ夫人たちの話が嘘なの?あぁ、何がなんだかわからなくなってきたわ)
その後、茶会がどうやって終わり、いつ帰ってきたのかは覚えていなかった。
気付けば、アミッテレ家の屋敷で、夕日が差し込む時間帯に自室で黄昏ていた。
椅子に座り、窓から見える夕日をただ眺めているだけ。
(どうしてなの…セシル。どうして、治ったって教えてくれなかったの?)
頭の中はそれだけでいっぱいだった。
わからない。
セシルの思惑が。
(まさか、都合のいい女だと思って言わなかった?確かに最近はだんだん行為が激しくなっていたけれど、私だからそういう扱いしてもいいと思った?だとしたら…)
頬を冷たい何かが流れた。
それが涙だと気付いた時、嗚咽は止まらなくなっていた。
「うっ……ぐすっ………セシル……」
セシルが何を考えているか分からない。
でも、言ってくれなかったことだけは確実だ。
それだけが事実で、それだけでもう十分だった。
溢れた涙が頬から顎へと伝わり、スカートのシミへと変わっていく。
一度広がり始めたシミは、留まることをしらない。
それは溢れる涙が止まらないのと同じ。
騙されていた。
信用していたはずなのに、彼のためならばと体も差し出したのに、その仕打ちがこれか。
自分が都合のいい遊び相手になっていたのではないかという疑惑が、どんどん大きくなっていく。
彼の与えてくれたぬくもりが、快感が、心の安らぎが、そのどれもが虚しい風となって過ぎ去っていった。
冷たさすら感じさせる彼の碧眼の瞳が、私を見るときだけ細められ、優し気なまなざしに変わる。
それが、私だけが彼にとっての特別だと思っていた。
それではいけないのに、それを誇りにし、仏頂面を向けられる他の女性たちを哀れに思ったこともある。
(でも、そうではなかったのね。哀れだったのは、私の方…)
彼は一体、誰にでも向けられる微笑みで私を見て、それに舞い上がる私をどんなふうに思ったのだろうか。
哀れな女だと思ったのか、バカな女だと嗤うのか、いづれにせよ…もう、彼の顔は見たくなかった。
(セシルなんて……嫌いだわ……)
翌日。
セシルから届いた手紙を、私は読まずに燃やした。




