2. 夢に見た過去と、繋がる手
寝ぼけ眼をこすりながら、体を起こす。
背中と後頭部、そして腰に固い感触があった。どうやら、座ったまま眠らされていたらしい。
それに、少し暖かい。毛布まで掛けられている。
「起きたか?」
大して動いてないはずなのに、すぐに気付かれた。
……いったいどうなってんだ?
顔を向けると、純黒の髪の剣士がいた。
あぁ、なるほど、ただのイケメンだ。……いや、よく見ると片目が閉じている。
隻眼キャラかよ。
そういうのって、もうちょい順序踏んで出てくるやつじゃないか?
しかも、その閉じた片目が、まるで俺を見透かすように向けられていた。
あれ、見えてる……のか? いや、錯覚か。
「……ありがとう。助かった」
とりあえずそう言うしかなかった。
何が起きたのかよくわからないが、こいつが俺を見捨てなかったのは事実だ。
「礼はいい。……で、名前は?」
急だな。距離感が読めん。
「実は、何も覚えてないんだ。いわゆる記憶喪失ってやつだと思う」
「……そうか。じゃあ、俺はユーガだ」
「ユーガ……?」
「ああ。そして、お前は――カエデでどうだ」
「え?」
「あくまで仮だ。お前の瞳が、少しだけ緑色だったからな」
急に命名されるとは思わなかった。
けど、悪くない。名前を持つってだけで、世界に自分が存在してる気がする。
ただの『無名』が、『カエデ』になった。
それだけのことなのに、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「それよりここはどこだ?」
「ヨーラ西部の森。町の外れだ。魔物も多い。運が悪ければ死んでたな」
「……運が良かったってわけか」
「俺が通りかかっただけだがな。……ラッシュボア、焼いてあるが、食うか?」
「……いいのか?」
「勝手に名前を付けた礼がわりだ」
素直に甘えることにした。命も腹も大事だ。
焼かれたラッシュボアは、決してうまくはなかった。
けれど、咀嚼するたびに『生きている』という実感がわいてくる。
ーーー
その夜。
簡素なテントの中で、俺は木に背を預けて目を閉じた。
周囲の木には札が貼られている。結界らしい。ようやく気が抜けた。
……なのに、だ。
体の奥がざわつく。熱い。
記憶が蘇るわけじゃない。もっと本能的な――なにか。
「っ……!」
胸の内側で、重く鈍い衝撃が響いた。
息が詰まる。指が震える。
『何か』が、体の奥からこじ開けようとしてくる。
「ユー、ガ……っ」
助けを呼ぼうとした瞬間、世界がぐにゃりと歪んだ。
そして、俺は――『 』を見た。
ぬくもり。
俺は――いや、『私』は泣いていた。
腕の中で、誰かの体温が失われていく。
服は血で汚れ、指先が冷たい。
顔は見えない。
でも、その人は、最後まで俺の手を握ってくれていた。
優しく、弱々しく。
『……ぬ、か……な……いで』
誰の声かもわからない。
でもその言葉だけが、呪いみたいに胸を締めつけた。
次の瞬間、地面には無数の死体。
血の海の中に、立ち尽くす『私』。
手には血に濡れた短剣。
柄には――名前が刻まれていた。
――『カルマ』。
そこで、目が覚めた。
額は汗で濡れ、喉はからから。
遠くで、ユーガの静かな寝息が聞こえる。
……このまま、俺がそばにいていいんだろうか。
ーーー
「ユーガ、俺さ……記憶がないだけじゃなくて、たぶん『ヤバい』んだと思う」
「何か嫌な夢……記憶でも見たのか?」
「……どうしてわかった?」
「寝言がひどかった」
「……じゃあ、やっぱり離れたほうが――」
「言ったろ。放っておけない性分だ」
「なんでだよ……そこまでしてくれる理由がわからない」
「昔、似たような奴がいた。俺はそいつを助けられなかった」
「……」
「今度は、間に合いたいんだ」
「お前、やっぱりちょっと馬鹿だな」
「しばらく一緒にいてみるか? ――カエデ」
「……まぁ、ちょっとくらいなら」
多分、これからも俺はユーガを巻き込む。
そして、そのたびに頼るのだろう。
記憶は――正直、取り戻したくない。
でも、前に進むしかない。
ユーガと共に。
カエデ(__)「ユーガがお人好しすぎる件」
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