最終章:新しいおとぎ話の始まり
恵美さんが手掛けてくれた新しいポスターとメニューは、たちまち話題を呼んだ。
「フェアリー」は、これまでの甘いだけのメルヘンから、少し大人びた、しかし温かい物語を紡ぐ場所へと変貌を遂げた。
私の心もまた、変化していた。
もう、白馬の王子様を待つだけの私ではなかった。
「おとぎ話のその先」に、本当に大切なものがあることを、咲良さんが、そして恵美さんが教えてくれたから。
ある雨上がりの午後。
店には、咲良さんと、律子さんが、そして恵美さんの姿もあった。
それぞれが、お気に入りの場所で、珈琲の香りに包まれていた。
律子さんは、新しいメニューを眺めながら、嬉しそうに微笑む。
「あかりちゃん、あなたの作るおとぎ話は、どんどん深くなっているわね。人生の苦みも、甘さも、全部包み込んでくれるような」
その言葉に、私は思わず、咲良さんを見た。
彼女は、いつものように静かに珈琲を飲んでいたけれど、その瞳の奥には、確かに穏やかな光が宿っていた。
私が、これまで一度も尋ねたことのない、咲良さんの過去の傷。
あえて触れなかった。
けれど、言葉にせずとも、彼女が、深い痛みを乗り越えようと葛藤していることは、私には痛いほど分かっていた。
そして、その痛みが、私自身のトラウマと重なり、だからこそ、互いを理解し合えるのだと、心の底から感じていた。
私が新しい珈琲豆を仕入れるために出かけた日。
咲良さんが、律子さんに、ぽつりと語ったらしい。
「…この店に来て、凍りついていた心が、少しずつ溶けていくのを感じています」
律子さんからその話を聞いた時、私の胸は、珈琲の温かさで満たされるようだった。
そして、ある日のこと。
咲良さんが、私に原稿用紙の束を差し出した。
「…新作です。読んでいただけますか?」
私は、緊張しながらその原稿を受け取った。
タイトルは、『矛盾する真実』。
ページをめくると、そこに描かれていたのは、傷つきながらも懸命に生きる女性たちの姿だった。
そして、その物語の中には、珈琲の香りが漂い、小さな喫茶店の描写が、まるで私の店そのもののように描かれていた。
それは、私と咲良さんの、そしてこの店に集う人々の、甘くも苦い、現実のおとぎ話だった。
読み終えた時、私の目からは、自然と涙が溢れていた。
そして、最後のページには、たった一言、手書きのメッセージが添えられていた。
『あなたの魔法に、感謝を込めて。』
その瞬間、私の心の中に、長年信じてきた「王子様」の絵は消え去った。
代わりに、そこには、眼鏡の奥で静かに微笑む、一人の女性の姿があった。
私たち二人の間に、明確な「恋人」という言葉は、きっと必要ない。
けれど、互いの不完全さを知り、それぞれの痛みを理解し、そっと寄り添い合う。
それが、私たちなりの、新しい愛の形なのだ。
珈琲の香りが満ちる店内で、私は咲良さんの目をまっすぐに見つめた。
「…咲良さん、私、あなたと一緒に、この店で、新しいおとぎ話を紡いでいきたい」
私の言葉に、咲良さんは、何も言わず、ただ静かに、優しく微笑んだ。
窓の外では、夕焼けが、空をオレンジ色に染め上げていた。
それは、まるで、私たちの新しい物語の始まりを祝福する、魔法の光のようだった。
『プリンセスは珈琲がお好き』あとがき
皆さん、こんにちは!私の最新作、『プリンセスは珈琲がお好き』、もう読んでいただけましたか? もしまだなら、このあとがきを読んで、ぜひ手に取ってみてくださいね!
この物語、実は私にとって、ちょっとした挑戦だったんです。だって、男性が一切登場しない、という縛りがあったんですから! 恋愛小説家として、王子様を登場させないなんて、まるで珈琲に砂糖を入れないようなものかしら?いや、でも今回は、それが最高に美味しかったんです!
執筆のきっかけは、ふと目にした「プリンセス・コンプレックス」という言葉でした。私も含め、アラサー女性って、誰もが一度は「白馬の王子様が…」なんて夢見たことがあると思うんです。でも、現実はそう甘くない。そこに、珈琲の苦みが加わったらどうなるんだろう? そんな妄想から、この物語は生まれました。
主人公のあかりは、まさに私の分身のような子。夢見がちで、ちょっと世間知らずなところも、まるで若かりし頃の私を見ているようで、書いている間も「あー、分かる!」と膝を叩いていました。彼女が両親の不仲というトラウマを抱えている部分も、多くの人が共感できる「心の傷」として描きたかったんです。
そして、もう一人の主役、咲良さん! 彼女は最初、私の中でも謎めいた存在でした。クールで、どこか皮肉屋。でも、彼女の珈琲へのこだわりや、ふとした瞬間に見せる優しさに、私が先に恋してしまったかもしれません。彼女が抱える「矛盾」は、私たちが普段、自分の中に隠している感情の揺らぎそのもの。咲良さんが少しずつ心を開いていく過程は、書いていて本当に胸が温かくなりました。
執筆中は、正直、苦労の連続でしたよ。男性がいない中でどう恋愛感情を育むか、試行錯誤の毎日で、時には珈琲を何杯もおかわりしながら唸っていました。でも、あかりと咲良の関係性が、世間が押し付ける「恋愛」の枠を超え、もっと深く、人間的な繋がりとして描けた時、心底ゾクゾクしましたね!特に、「甘い毒」というセリフは、咲良さんを象徴する言葉として、かなりこだわった部分です。
さて、読者の皆さん。この物語を通して、私が伝えたかったこと。それは、「完璧な王子様なんていなくても、私たちは私たち自身の力で、最高のハッピーエンドを掴める」ということ。そして、「愛の形は、決して一つじゃない」ということ。
実は、今、次回作の構想を温めているんです。今度は、もっと多様な女性たちが登場して、それぞれが抱える「小さな秘密」が、とある場所で紐解かれていく物語になるかも…?ふふふ、どうぞお楽しみに!
この物語が、皆さんの心に温かい珈琲のような余韻を残せたら、これ以上の喜びはありません。感想やご意見、ぜひコメント欄で教えてくださいね! 皆さんとお話できるのを楽しみにしています!
それでは、また次の物語で会いましょう!
愛を込めて、
星空モチ