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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

水たまりの悪夢

作者: 産土

セミも鳴かない暑い日。


不自然な水たまりがギラギラとした太陽に照らされているのを見つけた。


なんの変哲もない道幅ギリギリに広がる歪な水の円。それを不自然に思ったのは昨日この人気の少ない場所を通った時は水たまりなんて無く、空気はカラカラに乾き、気温の割には過ごしやすく、この水たまり以外に水気は無かったから。


数分前には腹から飛び出す気持ちの悪い生物に寄生されたカマキリのミイラとすれ違った。


瑞々しく輝くそれは不自然でしょうがない。


波打たぬ浅い水面は昼の太陽をまるで輝く瞳のように映していて相手が地面だというのに俺を睨めつけている。


何となく見下されているような視線を感じた。


なんだか無性に腹立たしい。


ズンズンと滑稽なほどわざとらしい怒りに押されて水たまりに近づいて踏みつけた。


バッシャンバッシャン。ビチャビチャ。やめてくれ。そんな懇願が聞こえてきそうなほど揺れて荒れる無様な水面。飛沫でギザギザになった水たまりの情けない輪郭。


踏みつけた地面の感触は頭を抱えた弱者の背中のようだ。


ざまあみろ。


子供のように物に当たるのは気分が良かった。安い防水の作業着と靴が濡れたがまるで気にならない。水たまりに勝ち誇った俺はそのまま揺れる水たまりを踏み越えて歩き出した。


十歩ほど進んだところでなんとなく気になったので振り返る。


水たまりが泣いていた。


それを情けない奴と人と接するように気分良く嘲笑できたのはそこまでだった。


涙のように水たまりから伸びる水の一筋を目で追えば、その先端が俺に向かって気色悪い生物のように地面を這いずり迫っていることに気づいた。


濡れた足でアスファルトに描いたものではない。


その光景に這い上ってくるような気味悪さと寒気に驚いて後ろに飛び退き、慌てた足がもつれて焼けたアスファルトの歩道に倒れた。熱い。痛い。そして、次に感じたのは生ぬるい何かが左足を呑み込む感触。


めちゃくちゃに足を振り回した。ふりほどかないといけないと本能が訴えた。それは正しかった。


身体が動く。

水たまりに向かって。


背中が熱い。アスファルトの上よりも、降り注ぐ太陽よりも熱く、火がついたような熱で背中が削られる。


痛みと恐怖で俺は悲鳴を上げようとしたが口に水が流れ込んだ。


息が苦しい。


周囲が暗い。


俺は冷たい水の中にいた。


水から這い出ようと宛もなくバタバタともがくが、ドンドン沈んでいく。冷たくなっていく。ゴボゴボと口から漏れた空気が上に登っていく姿にすがりつこうと手を伸ばし、頭上で眩しく輝く穴を見た。


それはあの水たまりだった。

太陽が瞳のように輝きながら俺を見下している。

睨めつける目は輝きを増すのに視界はだんだんと暗くなっていった。


今度こそ悲鳴を上げた。


悲鳴は泡となって俺を置いて登っていく。


気がつくと俺は病院のベッドの上にいた。


悲鳴を聴いて駆けつけたやたらガタイの良い男の看護師が言うには、全身が水に濡れたみたいに汗だくで道端に倒れていたらしい。


幸いにも炎天下の中で倒れていたのに何かしら障害が出るような症状はなかった。


退院も早かった。


退院後にあの水たまりの場所に行ってみたがカラカラに乾いていて、動物に持っていかれたのか寄生虫が顔を出したカマキリのミイラも無い。


あれは夢だったのか?

そうだ、きっと夢だった。


そうに違いない。


太陽に打ちのめされた俺が病院のベッドの上で見た悪夢だったんだ。


そう必死に自分に言い聞かせて俺はそこから足早に去った。


俺がこの場所を通ることは二度と無い。


悪夢を二度と見たくないから。


その日の夜。


俺は夢の中で、あの水たまりの前に居た。


ごめんなさ


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