タイムカプセルの夢
盆休み。
故郷の島の小学校に同級生七人――男三人、女四人の全員が集まった。卒業して初めての同窓会で、こうして一堂にそろうのは三十年ぶりのことである。
当時の担任、佐藤先生はすでに他界。あの頃はまだ若く、オレたち生徒みんなから慕われていた。
「生きておられたらなあ」
小山は残念そうである。
「だよな」
「やさしい先生だったわね」
大林と女三人も先生の思い出話に花を咲かせ、ひどく淋しがった。
今回、この同窓会を企画したのは、地元の役場に勤めている小山だった。
その小山の案内状によれば――。
卒業式の日、みんなで約束したらしい。三十年後に全員が学校に集まり、校庭に埋めたタイムカプセルを掘り出そうと……。
オレはそのことを完璧に忘れていた。
今でもそのタイムカプセルのことは思い出せない。
あの日から三十年。
今日こうして、同級生全員がタイムカプセルを埋めた思われる校庭の一画にいたのだ。
大林がスコップを手にして言う。
「オレたち、なにを埋めたんだっけ?」
大林は父親のあとを継ぎ、今では地元の工務店で社長をしている。
「なにか書いたものよね」
尚美が答えた。
島の男と結婚した彼女は、今もここで暮らしているらしい。
「うん、将来の夢みたいな……。たしかそんなんじゃなかった?」
恵津子が思い出すように言う。
恵津子は本土で花屋をやっているそうだ。
「そう、そうよ。将来なりたい職業を紙に書いて、それをカプセルに入れて埋めたんだわ」
久美がはしゃぐようにしゃべる。
久美は島を出てパン屋に嫁いでいる。
「そのとおりだよ」
小山はうなずいてみせてから言葉を継いだ。
「オレはな、書いたとおりになったんだ」
「じゃあ、小山君。公務員になりたいって書いたんだね」
「そういうこと。で、みんなは覚えてる? なんて書いたか」
「忘れたよ。そんなことを書いたことさえ、ぜんぜん記憶にないんだからな」
大林が笑って答える。
「オレもだよ」
オレもまったく記憶になかった。
このオレだが、高校入学と同時に島を出た。現在は小学校の教師をしている。
「康夫は、たぶん先生って書いてるな。だったら夢がかなったことになるしさ」
小山がオレを見て言った。
――先生か……。
たしかにあの頃――。
佐藤先生にあこがれ、自分も小学校の先生になりたいと思っていた。そうしたこともあり同じ教師の道に進んだのかもしれない。
だが、夢がかなったとは思わない。教師は自分に向いてなかったのだ。
「そうかもな」
オレは言葉をにごした。
「なあ、早いとこ掘ろうぜ。なんて書いてるか、見ればわかるんだからな」
大林がみなをせかせた。
たしかにそのとおりである。
オレたちは首をそろえてうなずいた。
三十年の時を経て……。
土の下で眠っていたタイムカプセル――それは小山の記憶どおり、卒業時に植えられた桜の記念樹のそばから出てきた。薄い黒のビニール袋で幾重にもくるまれている。
小山がビニールをはがしてゆく。
透明のプラスチックの箱があらわれ、小さな丸いカプセルが外からすけて見えた。
七人だから七個あるのだろう。
それぞれ色がちがっていた。
――たしかに書いたよな。
記憶がよみがえってくる。
そのひとつには、オレのなりたかった職業の書かれた紙が入っているのだ。
――なんて書いたんだろう。
書いたことまでは思い出せなかった。
小山が箱のふたを開け、自分は青いカプセルを取って、赤いカプセルを尚美に渡した。
「ほら、尚美のだ」
カプセルにはマジックインクで、各人の名前が書かれてあった。
全員が自分のカプセルを手にする。
それは二つに割れるようになっているのだが、継ぎ目にはテープがしっかりと貼られていた。オレはもどかしい気持でテープをはがし、中にある紙を取り出して広げた。
――佐藤先生のような先生になりたい。
心の中で読んだオレは、不吉な前触れにおそわれた気分になった。
「わあー、書いてるとおりだわ。花屋さんって、そのままだもの」
恵津子のはしゃぐ声がする。
「見て、あたしもよ。ほら、ケーキ屋さんだって。うちのパン屋、ケーキも焼くからね」
久美はうれしそうに、自分の紙を恵津子に見せている。
「工務店の社長か……こんなの夢じゃないよ。だってオレの場合、こうなることに決まっていたようなものだからな」
大林は紙を見ながら、一人でブツブツとつぶやいている。
「どうだった? 康夫はやっぱり先生か?」
小山がオレの紙をのぞきこんだ。
「ああ、オマエの予想どおりだったよ」
オレは苦笑いを返した。
「じゃあ、全員が書いたとおりになったんだね」
尚美が満面笑みの顔を向ける。
「尚美。オマエ、一度だって働いたことがないじゃないか。それには無職って書いてあるんだな」
大林が茶化すように言った。
「まさかあ、オヨメさんよ」
「なら、たしかに当たりだ。高校を卒業して、すぐに結婚したからな」
大林は笑ってうなずいた。
偶然なのか……。
ふしぎと全員が、将来の夢――希望どおりの道を歩んでいる。
みんなで夢がかなったことを喜び合った。
このとき。
オレはうわべでは喜びをよそおっていたが、心の内ではどうしようもないほどあせっていた。
佐藤先生の顔が目に浮かぶ。
ほかの六人は、佐藤先生のその後の人生――死んだ本当の理由を知らない。知らないから、夢がかなったことを素直に喜んでいる。
だが……。
オレの夢はこのうえなく不吉。ゆえに、夢がかなったことは破滅を意味する。
夢の行方、これから行き着く果て。
それは佐藤先生と同じ、教師になったオレだけが知っている。そう、佐藤先生の人生の最後を……。
佐藤先生は四十三歳で死んだ。
四十歳になってギャンブルにはまり……。サラ金から金を借り始め、さらに保護者から集めた公金にも手をつけ、しまいには学校を辞めさせられた。
家庭は崩壊してしまったという。
最後は自ら命を絶ったそうである。
このオレも――。
今、同じ道をたどっている。サラ金に通い、保護者の金に手を出し……。
わかってはいるが、どうしてもギャンブルから抜けられない。借金地獄から抜け出せないでいた。
三十年前の夢。
佐藤先生のような先生になりたい。
このままタイムカプセルの夢が続き、佐藤先生と同じ人生をたどれば、いずれ学校を辞めさせられ、家族は崩壊してしまう。
そして。
自らの命を絶つことになる。
――なんとかしなければ……。
オレは汗で湿った手で、タイムカプセルを強くにぎりしめていた。




