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第四五話 明日も頑張っていきましょー


 この街での暮らしが短くたって、彼のことをよく知らなくたって、この状況が少々気まずいってことはすぐわかる。厄介な人間に言われのない妬みを言われれば誰だって嫌な思いをする。


 大丈夫。平気。問題ない。


 彼はしきりにそう言うが、そんな姿が却って痛々しく見えるのはわたしだけだろうか。


 兎に角、一度気分転換が必要だろう。どこか人気のないところへ。喧騒掻き分け校内をひたすら歩き回る。

 でもなかなかそんな都合のいい場所なんて見つからなくて、先にわたしの方が疲れてしまった。そんなわたしをみかねて逆に心配される。



「らしくないな」


「なにが」


「お前が他人のために動くのが」


「わたしはそんな薄情な人間じゃない。それに『お助け部』の部員なんだ。いつも誰かのために動いてる」


「けどそれは依頼。見返りありきの行動だ。誰かのためを思って何かするなんて、めんどくさがりのお前にゃ考えられない」


「せっかく助けてやったのに、そんな言い草――」


「ありがとな」


「はっ?」


「俺に気を使ってくれたんだろう? でも本当に大丈夫。あんなので苛立つほど子供じゃないさ」



 彼はにっと白い歯を見せた。今の自分ではガラス玉で覗く他、人間の感情を読み取れない。

 人間は言葉や態度を利用して巧みに己の感情を操る賢い存在。さらにいえば目の前の彼はスペシャリスト。そんな彼の言葉を鵜呑みにできるわけがなかった。


 彼を信じようが信じまいがどちらにせよ、わたしの体力がもう限界なので休憩は必須。彼の真意を探っている場合ではなかった。


 ったく、「らしく」ないのはどっちだ。このわたしに「ありがとう」なんて変な物でも食べたんじゃないか?


 慣れないことをされたからわたしもちょっぴり驚いた。この胸の鼓動もきっとそれだろう。


 と、行く宛を彷徨っていると懐に入れていたスマホが唐突に揺れ出した。表示されている名は志保である。



「あ、デート中にごめんね。急に人が増えちゃって手が回らなくなってきたから二人に戻ってきてほしいの」



 なにを寝ぼけたことを言ってるのだろう。別にわたしは戻ったって構わないが雅はどうだ。メインステージに立つ彼だって明日明後日と、本来ならこんなところでクラスの出し物を手伝っている場合ではないのだ。

 実をいえばわたしも動画で見たあの感情の羽ばたきをこの目で見てみたい。できることなら彼には帰って休んでもらいたいんだ。


 だけど透き通る志保の声は雅には筒抜けで、一瞬だけ目配せしただけで「戻るか」と即決。

 恨むぞ、志保。別にこの時間を邪魔されたからではないからな。



    ◇




「すっっっごい人だったね。昨日とは比べ物にならない。どーなってんの」


「なんか春夏冬雅が女装してるって噂が飛び回ってるみたい。ほら、写真付きで」


「あーあー、あとで削除依頼出しとかないと。こういうのって蒼月のルールを知っててわざとやってるんだ。だから見せしめにお灸を添えてやらないとな」



 こっわ。芸能人っぽいところ、初めてみた。



「……ん? これ、準備日の時じゃないか?」



 雅のスマホに表示されている写真をまじまじと見てみると、室内の飾り付けはまだ中途半端で作業途中。

 わたしも違和感にいっこ気付いた。デジャビュというやつなのか、その写真になんとなく見覚えのある。でもどこで? 雅の写真なんて一枚も持って――



「あっ」



 無意識に飛び出た声を慌てて両手で押さえた。素早く周囲に目を配るが幸いにも誰にも気づかれていないようだ。

 この写真の出所、もとい犯人がわかってしまった。けどそれをここで大っぴらにしてしまったら写真を撮った盗撮犯にたどり着くのも時間の問題。


 ・・・・・・気づかなかったことにしよう。とある人物の名前は早々に忘却の彼方へと飛ばした。


 外はもう夕時。結局志保に呼び出されてからはずうっと教室につきっきりで列整備をやらされてへとへとだ。

 志保の連絡どおり、教室に戻ってみると教室はてんやわんやで受付の東雲女史が半泣き状態。ディーラー役も全てのランクが埋まり、ハイパー級だろうと人が途切れる様子もなく、あの祖父江でさえ屍のようにぐったりとしている。


 死屍累々でもその甲斐あって投票の方は順調。中には蒼月に来た記念にと投票目的で来てくれた子も多数いたそうだ。人数が多いことを除いて滞りなく捌けているという。ただ、



「やっぱりマスター級に人がいないのは辛いね。実は今日も何人か挑戦させてくれって人がいたの。だけど雲雀くんより弱い私たちが席に座るわけにはいかないでしょう? どうしてもって食い下がらない人には代わりに雲雀くんにやってもらった、んだけど……」


「その人、めっちゃ強いの! 投票権百枚くらい持ってかれちゃった」


「ひ、百枚!」



 百枚はざっと投票権全ベットでマスター級三連勝したくらい。その下のハイパー級だと十連勝。よほど運がいい人なら可能だろうが、簡単な話ではない。



「で、その人はどこに投票したんだよ」


「ボーイッシュな子が好みみたいで杏奈ちゃんに」


「いやぁ、うちとしては雅くんとキッスできるなら全然構わないんだけどね」


「どう上手くいけば、だけど」「えっ」



 死屍累々の教室のど真ん中にて志保はぱんぱんと両手を掻き鳴らす。



「今日はお疲れ様でした。本当ならやるつもりはなかったんだけど、今日は頑張ってくれたみんなへのご褒美として中間発表しちゃいます。みんな早く休みたいだろうしさっくりいくね。まずはメイド陣営の一位……は、私です」



 意外と言ったら失礼だろうか。ちんまり可愛い子がフリフリのメイド服を着れば問答無用で可愛いのだけど、一位は意外。てっきりもの好きの連中が雅にこぞって投票しているとばかり。



「こんなのツマンナイよね。でも私が思ってた以上に世間は可愛い子を求めてるみたい」



 ま、順当に可愛いからしょうがない。紛れも無い事実。冷静に考えれば妥当な順位なのかもしれない。

 可愛いは否定しないけど、どちらかといえばニーズはロリ……や、それ以上は言うまい。



「で、執事陣営は大接戦。眼鏡フェチの支持を集めた東雲女史がトップ、時点が安定の雲雀くん。これも順当だよね。この勢いだと私と雲雀くんになっちゃうかも」


「お、俺としては願ってもな……」


「あぁん?」



 ひっ、だ、誰? 今のドスの効いたヤクザみたいな声。この教室にあんな声を出せる物騒な人なんていないのに。

 え、聞き違い? そんなことある?



「それではみなさん。明日も頑張っていきましょー」




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