第四四話 学園祭二日目
「おっはよーございまぁーす! 初日はお疲れ様でした。今日も一日、頑張っていきましょー!」
学園祭二日目。教室にて志保の元気な声で朝礼が執り行われた。担任は盛り上がりを妨害しないように静観……とはいかず、昨日の爆発事件について口を開く。
「幸いにも怪我人は現れなかったものの犯人は未だに見つからず犯行動悸も不明。怪しいもの、怪しい人を見かけたら即刻周りの大人に声をかけるように」
学園の近くのバス停で爆発事件が起こるという深刻な事態。通常なら動揺が走るところだが、学園祭という魅惑の高潮ムードが緊張感を打ち消した。周りから聞こえる相槌も浮ついているように聞こえた。それは担任の赤城も薄々感じ取っているようだけど、大人として青春に水を刺さないように最低限の注意で留めてくれた。
そんな親心も露知らず、赤城がいなくなると教室はいっそうの活気を見せた。
「今日は元気なさそうだね。なんかあった?」
わたしが老婆心で教室を見渡していると横から不安げそうな顔の志歩が顔を覗かせてくる。その隣にはおまけもいた。
「や、別に。ちょっとこの後の予定を考えてただけ」
「この後って、お前は今日は丸一日休みだろう」
「だからだよ。学園祭といっても他のところの情報がなーんにもなくて。こんな人混みで散歩なんてできないし、帰りの点呼まで家にかえ……」
と、いつもの調子でおサボりを思案したものの、今は極力家に帰りたくない。自宅には今、憎き相手がいるんだ。今朝だって顔を見たくもなかったからみんなには黙って出てきたんだ。合鍵はメモを残して伊織に託したし、見られて困るものは全部自室に放り込んできた。葵お姉様もいることだし変な真似はしないはず。だけどこの後どうしよう。せっかくの休みなら遠慮なく、堂々と、胸を張ってサボりたい!
「えぇー、帰るなんて勿体ない……そうだ! ここは蒼月の先輩らしく、私たちが学園祭を案内しよう。雅くん、午前中のエスコートお願いできる?」
「えぇ!?」
予期せぬ提案に雅は感情が読み取りにくい表情をしている。経験則から察するに、おそらくはめんどくさがっているのだろう。雅だし。
「いいよ。別にわたしはいつも一人だしさ。じゃっ、二人とも今日はカジノを任せたよ」
と、わたしは軽快な足取りで教室を飛び出す。今日はまだ朝食を済ませていない。ここから一番近い食堂でモーニングでも。開いていなかったり混んでいたりして入れなかったら学園を出てコンビニにでも行こう。ひと昔前までは単独で動くなんて怖くてできなかったけど、今はちっとも平気へっちゃらだ。わたしは学園に来て……この世界で生きて、少しは成長しているのかな。
◇
「……人がせっかく感傷に浸ってたのに」
一番近くの食堂が空いていたのでとりあえず朝食セットとやらを頼む。初めて注文したが、ご飯に豆腐が入った味噌汁、それから目玉焼きターンオーバー。箸を入れると黄身がとろり。半熟だ。
海外で両親と暮らしていた時はパンが中心だったし、日本に来て一人暮らしをするようになってからは夕食の残りとかインスタントとか手軽さばかり追求してきた。だから典型的な日本の朝食はこれが初めて。うん、悪くない。
昨晩のことも目の前のご馳走を前にするとだんだんと気持ちが落ち着いてきた、のに。どうして雅がいるのか。
「俺だってまだ朝食済ませてなかったんだ。しょうがないだろう」
雅の口に蕎麦が勢いよく吸い込まれていく。よほど腹を空かせていたのか、よほど蕎麦が好きなのか。意外と庶民的な一面もあるみたい。
「なら別の席で食べてよ」
「クラスメイトなんだから冷たいこと言うなよ。それに志歩が言うとおり、お前ちょっと変だしな」
誤魔化すのは簡単だった。だけど相手は演技においては類稀な才能を持つ春夏冬雅。下手な誤魔化しは余計な誤解を生むだけ。心は進まなかったが、ここは濁しながら正直なことを話した。
「別に無理しなくていいと思うぜ。嫌なら嫌で」
「……意外だね。雅のことだから全人類仲良くしようと言うとばかり」
「あのなぁ、そこまで間抜けな空想家じゃないぞ。俺も現場でよく嫌な先輩と仕事してきた。やっかみで言われのない悪口を広められたこともある。それで危うくスキャンダル沙汰になりかけたんだ」
「それで?」
「日頃の行いというべきか、そいつが未成年に手を出してたことがバレて嘘だってことが証明された。それがなくても否定できる根拠はあったんだけど自業自得ってやつ。ソイツは今どうしてるんだろうか」
「今でも恨まれてたり……」
「よせよ。ちょっと怖い。言いがかりにも程があるだろう。まぁ、お前のその知り合いってのがどうしようもなくたってお天道様が見てるだろうさ。だからお前は気にしなくていい」
これは……ひょっとして、彼なりに励ましてくれているのだろうか。雅ってそんな気が利く人だったっけ。ちょっと見直した。ただ残念なことに、件の人物が天罰を与える方なのが非常に惜しい。でもありがたく頂戴しよう。
それから成り行きで、というか志歩の強引な指示の元、雅と学園祭を回ることになった。
こちらは世にも奇妙なコスプレカジノだけど、外で屋台を出したり、本格的なヴィクトリアンメイドが出迎える喫茶店だったりと楽しそうだった。
「こういうの、初めてか?」
「うちの中学は規則規則ばかりで地味でさぁ、一番の目玉はかたぬきだった」
「それはそれで面白そうだな」
「えー、評価する方にもなってよ。小さな子供が頑張って作るんだけど、一等商品がゲームソフトだったから非情な宣告をしなきゃいけなかったんだから」
他愛のない雑談を繰り広げながら学舎を周る。そんな時、雅が廊下に群がる大行列を発見した。いったいなんだろう、と他人事のように通り過ぎようとすると、雅がハッと声を出した。
「あー、これが3年三組の出し物か」
「知ってるの?」
「今年の展示の中で一番人気らしい。なんでもテーマはーー」
「『Recreating Urban Legend』ーー都市伝説の再現さ」
耳元を掠める囁き声に思わず飛び上がってしまった。
「つ、九十九先輩!」
悪戯妖精のような不敵な笑みで、前髪をたくし上げる九十九千早。そういえばここってこの人の教室だったのか。なんとまぁ、運が悪い。この人には屋上の鍵という宝を託してくれた恩義があるが、彼女はわたしの悩みの種の一つ。正直なことを言えば学園祭が終わるまで会いたくなかった。
「可愛い後輩がせっかく来てくれたんだ。ここは特別ゲストとして……と思ったけど、まさかきみがいるとはね。忠告してあげたのに」
彼女は雅に鋭い視線を向けた。そういえば初めて会った時に「雅に気をつけろ」なんて言われてたっけ。てっきり二人は窮地の仲なのかと思っていたら、雅はポカンと口を開けている。
「えと、どちらさま?」
そんな当たり障りのない質問を無視。再びわたしの顔を見て、こう言った。
「昨日は冗談を言って済まなかったね。気に障ったかな」
「……いえ、別に」
わたしにはこの言葉こそ冗談にしか聞こえなかった。
この人が考えていることが全くわからない。なにがしたいのか。単純にか弱い後輩を揶揄うだけなら勘弁してほしい。
「どう? うちの出し物見ていく? リンフォンを再現してみたんだ」
「……結構です。いこっ、雅」
これ以上付き合ってられないと、雅の手を引っ張って退散した。そそくさと離れるうち、雅の手がほんのりと温かくなっていることに気づく。そりゃいきなり喧嘩を売られれば雅とて激怒するに決まってるか。
「ちょっ、恥ずかしい」
「おっと」
雅は手を振り払った。身に覚えのない喧嘩と駆け足の退散のせいか、ほんのりと顔が紅潮していた。ちょっと悪いことしちゃったかな。
「あれと知り合い?」
「んなわけあるか。お前こそ」
「屋上の鍵をもらっただけ。すっごく変な三年の人」
「ま、俺みたいな有名人になると身に覚えのない嫉妬なんて慣れたもんさ」
それはある種、頼もしい。これから屋上に行く時は番犬がわりに連れて行っても悪くないかもしれない。
九十九との関係はそれ以上口にしなかった。聞いていても楽しい話ではないし、爆発の犯人だと自供したと説明したって信じてくれないはずだ。わたしだって昨日の出来事は夢か現か、未だに判別する自信がないのだから。




