第四三話 アレキシサイミアによる存在証明
以前投稿していた『アレキシサイミアの存在証明』を読んでいただくと、より三人の関係が見えてきます。
お時間があれば是非読んでみてください(宣伝)
「えと――要は葵お姉様が人類の新たなステージに立つお方で、なぜか変なものが見えてしまう体質で、不運と偶然が重なって天使もどきと出会ってしまった、と」
人を嗅ぎ回っていた天使もどきを確保したものの、これからどうしたものかと考えあぐねる。てっきりわたしはコイツがお姉様たちを洗脳していると思っていたので、即刻洗脳解除と地上追放を命じるつもりだった。
しかし現実はどうもおかしい。というのも本来なら人間には認識することができない天使を葵お姉様は無表情でまじまじと見つめているし、天使もどきの方をしっかり捉えている。どころか「離してあげて」と優しく宥めてくる始末。どうもただ事ではないようだ。
お姉様には逆らえまい、と捕まえた獲物を手放すと、今にも泣き出しそうな顔でお姉様の背中にそそくさと隠れた。
それからお姉様は天使もどき――アキハとの出会いを語った。口々に語られる内容は神話と錯誤するくらい荒唐無稽で珍妙で信じられないものだった。
頭が痛くなってきた。たまらずコップに水を汲み、一気にあおる。沸騰寸前の頭の中はどうにかぬるま湯程度になった。
にわかに信じ難い話だけども、仮に全てが真実だったとして一言――コイツ、よくもまぁ、おいそれと世界の暗黙のルールを破ってくれるなぁ!
天使が人間に姿を見られたら即刻記憶削除。天界に帰宅したら始末書。謹慎処分。
それが大原則だろうに、見られるどころか一緒に住んでる? それも自分が地上の生活を満喫したいからって身分を偽って時々遊び回ってる? 葵お姉様に飽き足らず伊織とも友人関係?
天界の住民が地上に羨望の眼差しを持つ中、コツコツと摂理の歯車になって働いているのに、この天使もどきはバカンス気分で地上に居座る。そんな馬鹿な話があってたまるかっ!
「こんなの信じられないよね。凛が気に入らないならわたしとアキハは明日にでもここを離れるよ」
「とんでもない! 葵お姉様はいてくれても……なんならここを気に入ってくれたならここを愛の巣に……」
「言っておくけど葵はボクのだから」
「気安く話しかけないでほしい。これはわたしとお姉様のお話。あなたに発言権はない」
「なんだと?」
「なにさ」
久方ぶりの口論に張り詰めた空気。懐かしさもある一方、脳裏によぎるあの日々に胸が苦しくなる。これまでだったら暗黙のルールに則り、正論も反論も全部自分が悪いことにして絶対的な相手に逆らわない奴隷のような日々。そんな日常が続いたわたしは気がつくと壊れていた。
けど今はもうあの時の自分とは違う。
わたし――天塚凛は立派な地上の住民。理不尽な現実に異議を唱える権利と、逆らうだけの意思がある。たとえ手が震えようと背中に蕁麻疹ができようとも負けない。負けたくない。たとえ相手が森羅万象だろうとも。
「はいはい、そこまで。わたしとしてはそろそろ二人の関係を教えてもらいたいのだけど。なんとなぁく、関係性は見えてくるけどさ」
鳥越葵はぷぅと可愛らしくため息をつく。こうしているとどこにでもいる少女にしか見えない。それが……自分の感情に鈍感な不器用な人間だなんて。
彼女はわたしが一目惚れした唯一の相手。この感情を教えてくれた彼女には感謝しかない。アレには逆らえても彼女には嘘をつきたくないし、これ以上こちら側の世界に踏み込んでほしくない。
「……言えません」
これがわたしにできる唯一の誠意だった。
こんな仕打ちをされれば感情に疎くても信用を失う。けどこれでいいんだ。話さないことで彼女が安寧を得られるのであればわたしの些細な恋心なんて瑣末だろう。
「そっか。別にいいよ。嫌なら話さなくても」
なのに彼女ははにかんだ。きっとこれも事を荒立てないだけの苦肉の策なのかもしれない。
でもそんな気遣いでさえ救われた気分になった。
「ったく、葵は優しいというか甘いというか」
「ただでさえ二度もお世話になってるんだ。恩人を裏切る真似はできないさ。それに……」
「それに?」
「外見もわたしに好意を寄せるところもそっくりだもの。二人は同じ環境で似たように育ったんだなって」
「なっ……それはお姉様とて聞き捨てなりませんよ! このぐうたらポンコツ我儘上司と誰が似てるって?」
「それを言うならボクだって! ポンコツはどっちだ」
「あなたよりかはマシです。あなたがこの地上を取り仕切っていたら三日は持たなかったでしょうね!」
「なにを!」
「あなたに代わってこの世界を動かしたからこそ、葵お姉様のような高貴なお方が生まれたんです。むしろ感謝してください」
葵お姉様と暮らして、地上で見聞を得て、多少はまともになったかと思えば天界にいた頃と全く変わらない。今も憎むべき相手には違いないが、やっぱり以前の暮らしをふつふつと思い出してくる。
大丈夫、今こそ向こうが一歩リードしていても、わたしの使命さえ果たせればもう、コイツと関わらなくて済む。それまでの辛抱さ。




