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第四二話 邂逅



「あれ、他のみなさんは?」


「歩き回ってクタクタみたい。揃って部屋に戻っちゃった」


 楽しい夜もあっという間に時間が過ぎてしまった。さぁそろそろ今日はお開きにしよう、なんて思っていたが、明日の朝食の用意をしていないことに気づいた。別に構わないよと客人は言うけれど、どちらにせよ自分の分を用意しなければならない。かといって風呂上がりの客人を生贄にするわけにもいかず、渋々己の身を犠牲にした。

 こんな時に近くにスーパーがあるのはありがたい。閉店時間ギリギリ滑り込みで割引シールが貼られたパンを適当に買い込んで帰宅した。



「それなら葵お姉様も休んでおられればよいのに」


「ん、このコップを洗い終えたら休むよ。さすがのわたしも今日はクタクタ。まさか秋葉原で出会った子と再会するなんてビックリだ」


「えへへ」



 恋のキューピットさえ涙を流す劇的な再会。そりゃあわたしも驚いたし、葵お姉様があの時のことを覚えていてくれて嬉しい。

 運命の赤い糸で結ばれた相手。つまりは相思相愛。さぞかし葵お姉様も喜んでいるだろうと、上目遣いで顔を一瞥――あれ、なんだろう。この違和感。

 はたから見ればなんら不思議なことはないのに何故か、筆舌にし難い違和感がわたしを襲う。



「あれ、どうした?」



 葵お姉様は心配そうにわたしの顔を覗き込む。その声色と表情は確かにわたしの体調を気遣ってくれている。

 違和感は気のせい……? あぁ、わたしも人の心配はできない程度にはクタクタなようだ。



「……な、なんでもありません」



 そもそも今日一日でいろんなことが起きすぎなんだ。爆発とか犯人の自白とか、雅に片眼鏡を壊されたし忌々しいアレに似てるやつにも出会ってしまった。葵お姉様と再会できたからプラマイゼロの一日なのであって、劇的に精神が磨耗した一日だったことには変わりない。学園祭とはこんなにも疲れるものなのか。明日のわたしはどうなっているのだろうか。



「やかましい連中でごめんね。蒼月の学園に通う上品な人と違ってうるさいでしょう」


「いえいえ、そんなに大差ないですよ。こっちの連中の方が賑やかというか、うるさいといいますか、厄介なのばっかりですよ。むしろそちらの学校が懐かしい、かなって」


「あぁ、伊織から聞いたよ。うちの学校にいたんだってね。知らなかったよ。もしかしたら知らず知らずのうちに廊下ですれ違ってたのかもね」



 伊織め。余計なことを言いやがったな。天塚凛があの学校に在籍した事実は隠すようなことでもないけどさ、転校の経緯を深掘りされると面倒なんだ。ありありと真実をぶちまけるわけにもいくまいし、葵お姉様に興味を持たれたら正直に答えざるえないじゃないか。


 ひとまず話題を逸らすべく、スーパーの袋をテーブルの上に置いて、簡単な部屋の掃除をすることに。何か作業していれば転校の話になっても話題を逸せるだろうと最終手段に打って出た。

 しかし、そんなわたしの予想に反して話はそこで打ち切り。葵お姉様はカタンカタンとリズムよく洗い物を食器かごの中に入れていく。

 どういうことだろう。学園でもそうだったけれど転校した理由って普通は気になるものだろうに、葵お姉様はやけに素っ気ない。もしかして気を使ってくれたのだろうか。そんな気遣いができるなら話題にしないでほしい……と思うのは我儘だろうか。


 たった数十秒の短い沈黙。適当に相槌でも打っておけばよかったものを、変に身構えてしまったからか居心地の悪い沈黙になってしまった。

 テーブルを雑巾で拭きながらあーでもないこーでもないと次の会話を考えてみる。



「あ、凛が譲ってくれたアレ。本当に助かった。あのプレゼントがなかったらずうっと機嫌が悪いままだった。感謝してる」


「へっ? ……あぁ、あれですか。それならよかった」



 アレとは出会いのきっかけになった巨大たこ焼きクッション。志保が言うには事後通販なるものがあって購入できたそうで無事に購入できたようだ。

 しかし、葵お姉様をパシリにしておいて、買えなかったら機嫌が悪いとはどんな不届きものなのだろう。もしお姉様に悪態なんてついた日にはこのわたしが鉄槌を下してやろう。たとえ子供だろうと力を緩めるつもりはない。



「その子はね、食いしん坊で独占欲がすごくて、それでいてうるさくて、放っておくといろんな面倒を持ち帰ってくるか放っておけないの」


「いやいや、そんな子、面倒の権化みたいでわたしならめんどくさくて関わるのよすのに。あ、でも中身はダメダメでも見てくれはいい、みたいな?」



 机を拭き終えた雑巾を台所へと持っていく。ちょうど葵お姉様も一通り洗い物を済ませると紙コップでオレンジジュースを注いで一気に煽った。飲みっぷりも惚れ惚れするなぁ。


 と、二人きりの団欒の時間に部屋の中に一匹、邪魔者が入り込んでしまったようだ。飛び回っている蠅を追いかけてもうまく捕まえられない。ここはジッと堪えて気を窺う。

 気取られないように冷静に。

 ここは頑張って精神をすり減らして平静を取り繕う。



「どうです? 仕事終わりに暖かいコーヒーでも淹れましょうか。眠れなくなるからほんの少しだけ」



 お姉様は嫌な顔をせず、「お願いしようかな」とソファーに腰掛ける。初めて会った時も一緒にコーヒーを飲んだ。女子高校生のくせ、互いにブラックだったからすごく印象に残っている。こういう身近なところでも運命を感じちゃうんだよなぁ、わたしたち。



「お茶請けはちょっとビターなチョコチップクッキー、はい、どーぞ」


「わぁ、ありがと」



 夜に甘いものは禁物、というのは世界の常識だと思っていたがお姉様は気にもせず口の中に入れていく。どうやら味はお眼鏡に叶ったようだ。

 一方でこちらは震える手を気持ちで制御して、ギリギリ平静を保った。

 チャンスは今、お姉様の警戒が緩んだこの瞬間しかない。小さく息を吐く。緊張までは吐き出せなかったけど覚悟は決まった。



「今でこそ学園都市といわれている蒼月ですが、何百年も前に『聖女』がいたそうですよ」


「『聖女』ってことは奇跡みたいなのが起きたのかなぁ」



 お姉様は無反応。先ほどのパーティーのように軽く受け流している。そりゃこんないきなり面妖な話をされれば反応に困るだろう。だがお姉様は――まぁ、今はいい。話を続けよう。



「わたしも気になって調べてはいるんですが、昔のことですから記録がないんです。正直手詰まりでこれからどうしようかと悩んでいるのです。で、思ったんですがそもそものお話、聖なる力の類って人間を超越した存在から与えられると思うんですよ。……葵さん、この世界にそんな存在、いると思います?」



 正面に座る鳥越葵を見つめる。彼女はコーヒーカップをテーブルに置いたあと、顎に手を当てて「むぅ」と唸ったのち、三十秒も経たないで「いる、と思う」と答えた。



「それって天使とか……神様とか?」


「えっと、あたしは別に教徒ではないんだけど、神様とか天使とか、この世界にはいると思ってる。この歳になってあまり信じてるとか大々的には言えないんだけどね。凛も同じ?」


「いえ、わたしは――」



 そろそろ限界だ。耳障り目障り、精神的も限界。この時のためにわたしは我慢してきたのだ。

 お姉様の話からいきなり背後を振り返り、わたしの後頭部のすぐ後ろをふわふわと飛び交っているやつの手を思い切り掴んで、こちら側に思い切り引いた。



「うわぁっ」



 ソレは地面に墜落。けどこれくらいで怪我はしない。わたしはソレから手を離し、積年の恨みに則って片手で両頬を摘む。幸いにもちんまりサイズのソレの頬を摘むのはわたしの手でも容易だった。



「――あまり認めたくはないのですが、これの元お仲間ですよ。……さぁ、この状況をくわーしく教えてもらいましょうか。アキハ、ちゃん?」



 先ほどから蠅のように飛び回っていた天使もどき。純白の翼が生え、天使の光輪を携えた姿で捉えれば言い逃れはできない。あたしの因縁の、憎むべき相手。

 まさか地上で再会するとは夢にも思わず、内心は心臓が張り裂けそうなくらいにビクビクしている。

 でもそれ以上に……眼前の人間がこんな不可思議を前にしても何も感情を動かさないことがなによりも恐ろしい。


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