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第四一話 一日目夜 パーティー



「なんか申し訳ないなぁ。食事代は俺たちが出すとはいえ、こんな広い家にお世話になるんだからさぁ」


「追加で宿泊費でも払いましょうか」


「とんでもないです。気を使ってくれるなら明日にでもうちのクラスに来てください。今日は人が少なくて暇だったんです」


「でも凛のところって確か……」


「コスプレ喫茶、です」



 出し物で培ったにこやかな笑顔で対応した。初対面の人間に「異性装総選挙カジノ」なんて説明したって「コイツ、なに言ってるんだ」と冷ややかな目を向けられるに違いない。だからコスプレ喫茶。その説明でだいたい合っている。

 そもそも「異性装総選挙カジノ」といわれても、わたしだってよくわかってないから説明できない。挙げ句の果てに提案者と同類とでも思われたら天塚凛としての威厳がなくなってしまう。第一印象で変な人だと思われて喜ぶ人間なんてこの世にいない。



「それじゃあ、学園祭を記念しまして……カンパーイ」



 肇先輩の音頭で乾杯。こうして一日目の締めと共にパーティーが始まった。ありったけの肉をぶち込んだ鍋、チーズとサラミのピザ、チキンにからあげ、それからポテトチップスとコーラ……って、これは料理じゃないだろう。ひとまずお菓子は退けようかと器に手を伸ばすと、葵お姉様の隣から凍てつく視線が飛んできた。コイツ、もしやポテチしか食べないつもりだろうか。

 変わり者は無視して、和気藹々としているグループの話に加わった。



「明日はどこに?」


「えとね、最初はアリーナ。午前中は芸人さんが来てライブするんだって。それから月賀野寺に行ってお参りしようかと」


「ふむふむ」


「でも学園に戻る頃には日が暮れてるだろうから、凛のところに行くのは三日目になりそう。あ、でも月賀野寺を三日目に回して、明日の午後を学園祭に――」


「けどここって三日目と四日目が混むんでしょう? 無理して月賀野寺まで行って帰りの電車に乗り遅れでもしたら大変だよ」


「あぁ、そうですね。なら当初の予定通りに回るのがベストか」



 伊織、日奈子さんと肇さんはガイドブックやスマホを見比べて、あーでもないこーでもないと吟味中。

 わたしには不思議な光景だった。伊織は別として二人は蒼月に来るのは始めてだよな。

 なのにどうして「あそこに行きたい」「ここは時間がかかる」と、まるで住民のような土地勘であれこれ語れるのだろう。普通は初めての場所って迷うものじゃないのか。目的地に辿り着けるかつかないか、ドキドキワクワクしながら向かうものじゃないのか。それで目的地とは全く違う場所に到着して、泣きつきながら誰かに縋るのが普通じゃないのか。あたかも自然に流れている現実がカルチャーショックのような衝撃だった。



    ◇



「昨日ドラマに出演していた子と廊下ですれ違う――」


「内部生と外部生の抗争――」


「名ばかり生徒会――」


「校門から教室まで徒歩二十分――頭が痛くなるね」



 蒼月での暮らしはどうなのかと興味津々で訊かれたので、思いつく限りの日常を列挙してみた。

 将来を有望視された金のたまごが集める蒼月学園なんだ。気になるのも無理はない。一人、食いつくところがずれている気がするが、まぁいいでしょう。兎に角、毎日が大変なんだ。



「ならさ、芸能人のイケメンといい感じになったりしないの?」


「へっ」



 志保の言っている意味がよくわからない。キッパリと否定しようとしたけれど物好きな先輩二人からの好奇心の眼差しが逃げ道を塞いだ。

 いい感じとはつまり「色恋沙汰はないのか」と聞きたいのだろう。

 そんなのあるわけないじゃないか。



「なら芸能人で仲良くなった子はいないの?」


「とりわけ仲良くなった子はいないけどクラスには元子役とか休止中のやつとかいるよ」



 学園都市の暗黙の了解で芸能人のプライバシーを暴露するのは禁じられている。でも今日は蒼月の学園祭。どうせ教室に行けばバレるんだ。名前くらい教えてもいいだろう。

 それに芸能人といったって引退した祖父江雲雀と休止中の春夏冬雅。たいした知名度はない。



「「「え」」」



 名前を出した瞬間に三人は声を重ねて驚いた。それに合わせるように一拍遅れてお姉様も驚いた。別に驚くようなことでもないのに、わざわざオーバーリアクションをしてくれるなんて葵お姉様は心優しいお方だ。



「ね、ね、サインもらえない?」


「ダメですよ、ここではそういうのはタブー……なんだけどあたしも欲しいなぁ」



 なんだかめんどくさいことになってきた。そんなにアイツのサインが欲しいのかなぁ。

 なんだかんだといって頼めばサインの一枚や二枚くらいしてくれそうな性格だけど、問題はアイツに頭を下げるなんてわたしの沽券に関わること。アイツに貸し借りなんて真っ平ごめんだ。



「うーん、鞠沙に頼めばどうだろう」


「ま、鞠沙ってあの龍閃鞠沙! え、嘘だろう。あの子も蒼月なのかぁ!」



 と、ここで肇さんのテンションが大爆発。まぁ鞠沙にテンションが上がるのはとても理解できる。ネットでの評判通りの子ですよとそれとなく教えてあげた。



「へぇ、へぇ! どうにか彼女に会えないかぁ。『チョコミントアイス戦争』の頃からずっと好きだったんだ」



『チョコミントアイス戦争』とは数年前に放送されたドラマのタイトル。龍閃鞠沙と春夏冬雅が共演した人気作。今でも再放送される度にネットでトレンドになるらしい。ちなみにわたしは見たことないし、そのタイトルもつい最近知ったばかりだ。

 鞠沙は蒼月にいるけれど、ドラマの撮影や四日目に開かれるメインステージやらで忙しいんじゃなかったっけ。勝手に教室に沸くことはあれど多忙な身であることには変わりない。

 興奮する肇さん。それをどうやって宥めようかと考えていたところ、たった一瞬の咳払いがパーティの活気を吹き飛ばした。



「肇、くん?」



 名前を呼ばれた彼からみるみると正気が消えていく。おぉ、これが俗にいう正妻の威厳というやつか。

 わたしが興味津々な顔で眺めていると「さ、ご飯が冷めちゃう」と伊織が手慣れた対応をした。もうちょっと見てみたかったけど葵お姉様の前だし、ここは淑女の天塚凛を装うとしよう。



    ◇



 互いに明日も早いとのことで、九時を回った辺りでお開きにした。部屋割りは伊織と日奈子ちゃん、葵お姉様とアキハ、肇くんが一人で使うことになった。宿泊費代わりにと片付けを率先してくれるあたり、ありがたいお客様だ。



「ここはお風呂場が狭いのが難点。前の家よりか広いのだけどね」


「いいじゃない、こうして二人で入れたんだし」



 それもそうか。面倒な思考は全部投げ捨てて身体を湯船に沈めた。



「相変わらず楽しそうだね」


「その言葉、そっくりお返しするよ。いい人たちに囲まれてさ。彼氏と会えなかったのは残念だけど」


「それは近いうち、ね」



 他人の恋愛事情なんてどうでもいいのだけど、友達がどんな彼氏を選ぶのかは人生経験を積んだって気になるもの。伊織に限って頭が軽い男は選ばないだろうけど、艶やかな青春を謳歌してほしいものだ。



「日奈子さんと肇さんがお付き合いしてるんだから……もしかして、葵お姉様にもお付き合いしてる人が?」


「いないよ。というか、お姉様ってなに?」


「お姉様にお姉様って呼んで何が悪い?」


「あ、さいですか。まぁ、凛の気持ちはよくわかるよ。あたしも……」


「へ?」


「いいや、なーんでもない。凛がどうするかは勝手だけど簡単にはいかないってことは忠告しておこう」



 なにやら意味深に語る伊織の言葉の裏に、それとなく理由を汲み取れてしまった。

 葵お姉様から離れようとしない、あのアキハというやつ。親戚だとは聞いているけど直観がどうも何かを訴えている。

 あの二人の関係はどうも気になる。



「あのアキハって子はどこの学校の子?」



 見た目はちんまりしてるけど、志保然り、世界にはいろんな例外があって身なりだけでは判断できない。

 一応わたしもお助け部の端くれ。本当は根掘り葉掘り、アレそっくりな性悪少女のことを聞きたいところだけど、ひとまずステイ。何気ない些細なことから探っていくことに。



「えぇっと、葵さん曰く複雑な事情があるみたいで。本当はすごく陽気な子なんだけど蒼月に着いてからはちょっと不機嫌なの。悪く思わないであげて」


「伊織は前にも会ったことが?」


「うん、何回かね。なんでも高校には通わないでモデルを目指してるとか」


「ふぅん……あの子の苗字は?」


「苗字はそりゃあ……鳥越じゃないかな。あまり気にしたことなかった」


「そっか、それもそう、だね」


 そっかそっかと、まるで自分に言い聞かすように違和感を無視した。

 葵お姉様と付き合ってでもしない限りは無視しようと思っていたけれど、あの顔でどこぞの誰かのように不機嫌をばら撒かれるとわたしの心臓に悪い。せめて不機嫌の原因を払拭して、伊織がいう陽気な姿を一目でもみてみたい。

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