第四十話 運命という碌でもない言葉
『――あれは私がやった』
九十九千早の言葉が頭に残る。内容が内容だ。おいそれと口にするわけにもいかず、誰にも打ち明けられぬまま時は過ぎた。
「調子悪そうだけど大丈夫?」
「う、うん、モーマンタイ。投票はどう?」
「客入りが悪かったし、ディーラー側の運勝ちも多くて投票数はそこまで伸びなかった。二……三百枚届くかなって感じ」
「誰がトップ?」
「今話しちゃったら面白くないよ。全部本番が終わってからのお楽しみ」
それから一時間ほどで初日の学園祭は閉幕した。
迷いに迷った結果、ひとまずは九十九の話を信用してみることにした。つまりは彼女が爆発の犯人になるわけだが、もう人に危害を与えることはやらないという言葉を信じてみようと思った。
もしも別の事件が起きれば即刻通報すればいい。クラスメイトも教師もあてにならないから通報するとしたらあの事件で世話になった幕部が適任だろうか。警察に面識がある人がいてくれるのは心強いけれど、それがあの幕部とは。正直気が進まない。できることならストレスを回避するためにも九十九先輩には面倒ごとを起こしてほしくない。
クラスは解散したのだが、どうせ今教室を出たって人混みでろくに歩けやしないと思い、教室で一人時間を潰すことにした。クラスメイトが去る様をただ眺め、今日の夕食どうしようかと当たり障りのないことを考えながら時の流れに身を委ねる。気づけばだんだんと校舎から人気が薄まり、心の片隅に孤独が沸いた。
この感覚、けっこう久しぶりかもしれない。
感情が激しく飛び交っていた場所から一人、また一人と去っていき、時が過ぎれば栄華を証明する術が己が余韻しかない、この無力感。
世の中は孤独を忌み嫌うけれど、わたしは嫌いじゃない。むしろ孤独になれば気持ちがリセットされて、前に進もうとする活力になる。
さぁ、また明日、頑張ろう――
「人がいい気分で締めている最中なのにうっさいな!」
先ほどから鞄の中でブルブルとスマホが揺れているのは気づいていた。けどどうせイタズラ電話か面倒ごとだと思って見て見ぬ振りを決め込んでいた。なのにコイツときたら何度も何度もかけてきやがって。しつこいなぁ。
「今どこにいるのさ。私たち、すっかり手続きも終わってるんだけど。近くのショッピングモールで時間を潰そう、に……も、人混みが……、あれ、電波が悪いなぁ」
「あ」
あ、伊織たちのこと、すっかり忘れてた。それもこれも全部、変なことを言い出したあの先輩が悪い。
「ごめん! 今から帰るから『東風公園前』まで向かってくれる?」
天塚凛に余韻に浸る時間はない、といわんばかりに立て続けに予定が舞い込んでくる。
あぁ、そうだ。今のわたしは感傷に浸るような風流な存在ではなく、めんどくさがりで愚直に自分の使命だけを追う天塚凛。
かつての経験なんてせいぜい、むやみやたらに感情を振り撒かず、表にしない淑女を振りまく時にだけ使えばいい。
ま、「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」を体現したわたしはいついかなる時でも淑女なのだけど。動揺したり、臆するようなことはまずありえない。
◇
「な、ななななな、なんでぇ、あの時のお姉さんがここにぃ!」
伊織たちとは家の最寄り駅で落ち合うことに。学園祭期間中の繁華街は二十四時まで生徒の立ち入りが認められており、夕食はそこらで適当に済ませようかなと悠長なことを考えていた。しかしネットで調べた限り、混雑アンド混雑。思いどおりに進まない現実に何故か安堵。あーどーしようかと伊織に相談したところ、親睦を深めるために鍋パーティーにしようというナイスアイデアが返ってきた。
にしてもいったい、伊織が連れてきた人ってどんな人なのだろうと期待半分不安半分を掻き回しながら合流した。遠目からその集団を見た時はあまりにアンバランスな組み合わせに思わず目を疑ってしまった。
伊織は別として、まず目についたのはわたしに負けずとも劣らずの淑やかな風貌を漂わせる、大和撫子を体現した可愛らしい子。それの隣には祖父江雲雀からイケメン成分を取り除いたチャラそうな男がいて、さらにその隣には――
「あぁ、やっぱりあの時の子かぁ。なんとなくそんな気がしてたんだ。よろしくね」
「え、知り合いだったんですか?」
「うん、ちょっとこの前――」
あれは学園祭の前、志保が学園祭のために忙しくなく動き回っていた頃のこと。多忙な彼女に代わって、志保が大好きなアニメグッズを買いに混沌――秋葉原に行ったことがあった。在庫はラスト一個。わたしが買おうと手を伸ばすと運悪くお姉さんと手が重なってしまった。その時はわたしが譲ったものの、そのお礼にとコーヒーをご馳走してもらったのがあのお姉さんとの出会いだ。
まさか伊織と知り合いだったなんて世の中って意外と狭いものである。奇跡的な再会に運命という碌でもない言葉を感じてしまう。
あぁ、それにしてもいつ見てもカッコいいなぁ。沸々と湧き上がる正体不明の昂りに名前をつけるなら、多分恋だ。恋に盲目とはよく言ったもので、お姉さんに釘付けになったわたしは後ろからの殺気に気づく由もなかった。
「紹介するね。この人が私の中学の頃からの先輩で四谷日奈子さん」
噂は予々聞いている。伊織が最も信頼している先輩がこの人だ。
なるほど、確かに頼りになりそうな風貌をしている。学園都市で暮らしていても何の違和感もないだろう。
「で、その隣が彼氏の淀橋肇くん。バカが露呈した残念な人だけど根は優しいから安心して」
初対面で「バカ」と紹介される人なんて地球上をくまなく探したってこの人くらいなものだろう。一応は後輩なのにバカ呼ばわりされて反撃しないあたり、優しいというのは本当なのだろう。
「鳥越葵さん……については説明する必要あるかな?」
ううん、とかぶりを振った。葵お姉様とはあとでじっくり、一緒にお風呂に入った時に話を聞かせてもらうから。
「それから、三島くんの代わりに急遽参加することになったアキハさん。葵先輩の親戚、でいいんだよね?」
「…………」
「おーい、アキハさん?」
「…………」
「ほら、ちゃんと挨拶しなさい」
「…………ども」
葵お姉様に急かされてようやく口を開いたのは世にも奇妙な空色の髪を帯びた、志保と同じくらい背の低い子。理由は定かではないものの先ほどからやけに警戒されている。終始葵お姉様の背中にピッタリ。人見知りするタイプなのだろうか。警戒を解くために自慢の愛想笑いをしてみるも威嚇は止まず、睨まれてしまった。
わたしとしては第一印象で毛嫌いするのは良くないと思うけど、この子は苦手。
まるで親の仇といわんばかりに睨まれるし、なんとなく昔の知り合いにそっくりだから。この子とは距離を置くとしよう。
「へー、春までうちの学校にいたのか。なんで学園都市に?」
「厄介な事情がありまして。あ、お鍋の具材はどうします? お肉? それともお魚?」
「お肉! 明日は蒼月中を周りたいからスタミナつけないと」
「はいはい。伊織は肉食っと。肇さんはお米食べます?」
「あるとありがたい、けどさ、本当に五人も泊めさせてくれちゃっていいの? 失礼なこと訊くけど寝る場所ちゃんとある? その、俺が他のみんなと一緒の部屋で寝られるわけないし」
「その辺は抜かりありません。寝泊まりどころか暮らせる広さがあるので」
おバカ、アホといわれてる割には肇さんは常識人、かも。スーパーでも荷物運びを率先して買いものに付き合ってくれているし。
「もし部屋に入れなかったら肇くんはベランダで寝ればいいでしょうに」
「ひっどいなぁ。俺はこれでも彼氏なのに」
「ふふ、私は肇くんが不憫な目に遭っているのが大好きなんですから」
前言撤回。大和撫子と思われた小日向さんも伊織の友人に相応しい変わり者。変わり者と付き合っている肇くんも自動的に変わり者の烙印を押されるわけで、この中で一番の常識人はやっぱり鳥越葵お姉様だけということになる。わたしの目に狂いはないんだ。
そんなこんなで買い出しを済ませて我が家に到着。一応は念入りに掃除もしたし片付けもした。通販で取り寄せた布団はすでに余っている部屋に置いてあるし抜かりはない。
「うっわ、ここで一人暮らし?」
「さすが学園都市。学生には立派な部屋を貸してくれるものなんだな」
「玄関の横の部屋、それからお風呂の横にある二部屋は自由に使ってください。わたしの部屋はここ……ですが、絶対に入らないでください。恥ずかしいことに引っ越しの荷解きが終わってなくてごちゃごちゃなんです、あはは」
招かれた四人は惚れ惚れとした表情でリビングへと向かう。一方でアキハ……と呼ばれた無愛想な子はなんの反応を示さず、葵お姉様の後ろをついていく。
うちの家のことに関してなら彼女の反応の方がありがたい。まさかここが事故物件なんて口が裂けても言えないよ。




