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第三九話 観測気球


 爆発事故。事故か事件かもわからない状況下、学園都市蒼月は一時騒然。学園祭も中断され、全生徒が点呼のために教室に招集される。


「1組全37人プラス1人。全員揃ってるな」


 担任の赤城が点呼を行い、報告をするため職員室に向かう。もちろんその間、勝手な移動は禁じられている。

 うぅ、床が冷たい。ひんやりした床の上で体育座りなんて拷問だ。せめて椅子に座りたいけど使わない分は全部倉庫に持っていってしまったのが災難だ。限りある貴重な椅子は可愛らしいメイドが独占している。こんなことになるならメイド陣営になれば良かったかな。


「おい雲雀。なにさっきからスカートの中、覗こうとしてるの。あたしの旦那に手を出したら承知しないから」

「するわけないだろう! そのヒラヒラがチラついて目障りなんだよ」

「はぁ? 雅が目障り? 喧嘩売ってる?」

「言ってない! というかなんで他クラスのお前がしれっとここにいるんだ。自分の教室に帰れよ」

「3組なんて数人しか登校してないから点呼を取る意味なんてほとんどないもの。それよか旦那といる方が安心だし、賑やかなクラスは暇しないわ」

「……その旦那はすごく困ってるようだけど」

「変態にパンツを見られるよりかマシ。だよね?」


 おぉ、いつもはクラスで軽口を叩くだけの祖父江雲雀を唸らせるなんて、さすがは大女優。春夏冬雅の妻を自称するだけあり、隣に雅がいると放つオーラがいつもより十割増しだ。何があろうと龍閃鞠沙だけは敵に回したくないものである。


 教室に閉じ込められている間、軽快な音楽が鳴り止まなかった外も静まり返り、廊下はバタバタと大人たちが駆ける足音が聞こえてくる。


「学園にも何台かパトカーが入ってきたみたい」

「いつ再開するんだろう。それとも今日は店じまいかな」

「今のところバス停がちょっと燃えただけで被害はないみたい。午後にはまた人が入るんじゃない?」


 教室のあちこちで推測が飛び交う。些細な煙でも一瞬で伝播する学園のコミュニティでさえ情報を追えていないようだ。赤城が戻ってくるまで正確なことはわからないといったところか。


 にしても爆発騒ぎなんて穏やかじゃない。犯行予告でもあれば誰の仕業かわかるんだけど。この学園で騒ぎを起こすなんて並大抵の悪戯では済まされない。被害がなかっただけで本当は狙いがあるのかも。だとすると呑気に学園祭なんて開いている場合ではない。

 もどかしい時間が過ぎていく。せめて自由の身であれば情報を集められるのに。



    ◇



 それから一時間ほど教室に閉じ込められるも正午からの再開が決定し、閑散としていた校舎が一気に華やかになった。

 入場規制の影響で学園の周りは大混雑という情報が入り、わたしも大混雑が予想されるカジノに加わることに。ただ――

「え! あの片眼鏡、壊れちゃったの」

 我がお助け部の大黒柱、片眼鏡が割れたことを報告。今回ばかりはわたしも被害者。この場に鞠沙がいなくて助かった。旦那が土下座しているところなんて誰も見たくないだろうに。

「まぁ不可抗力なら仕方ないね」

 寛容な志保は許していた。けど目は笑っていない。被害者のわたしですら居た堪れなくなって二人から離れることにした。


「中断するまではどれくらい人が?」


 教室で掃き掃除をしていた同じ班員でディーラーの白南風(しらはえ)に客入りを訊いてみる。

 これまで学園祭にはあまり積極的ではなかった白南風。シフト決めでもほとんど入らず、志保と東雲女史がかなり苦戦したようだ。準備日でも力仕事は唐木くんに任せ、仲のいい阿佐美(あざみ)とどこかでサボっていたようだ。

 全く、若者がサボり魔なんてろくな大人になれないぞ。もしもわたしが現場にいたら直接注意を……あれ、でもなんで準備日にいたわたしが知らないのだろう。うーん、準備日の記憶がすごく朧げ。ひょっとして記憶を飛ばすほど、馬車馬のように働いていたのだろうか。偉いぞわたし、頑張った。


「ぜっんぜん人が来ないのなんの。これならハルと一緒に他のとこ回ってた方が良かった」


 と、白南風は飾りつけのルーレットを弄っていた阿佐美に目を向けた。


「ほんとそれ。あー、店番なんてちゃっちゃと終わらせて他のとこ回りたい。カオルはどこ回りたいんだっけ」

「三年3組。ほら例の展示だよ」

「……あぁ! アレねぇ。うちも気になってた。凡人は絶対に作りたくないものを手を出すあたり、推薦様は恐れ知らずで勇敢だねぇ」


 一体どんなものを作ったのか気になるところだが、仲のいい二人は息を揃えて口元に指を当てる。知りたければ自分で行ってこい。そんな当たり前のことを楽しげに伝えてくれた。



    ◇



 学園が開放されど、生徒は学園外の外出を禁じられたまま。事件の影響は他にもあり、モノレールは運転を見合わせ、初日の終了時刻も一時間早まった。果たして伊織たちは無事に蒼月に辿り着けるのだろうか。一応はメッセージを送ってみたけれど学校だからか返事はない。


 やきもきしたわたしは昼休憩のため食堂に足を運んだ……が、近くの食堂は足の踏み場もないほど混雑。他の食堂に向かおうとしても、そもそも学園内が人混みで移動もままならない。

 なのでいつもどおり、食べなれたパンを買って屋上に忍び込むことにした。


「こんにちは。九十九先輩もいらしてたんですか」


 忘れもしない先日のこと。立ち入り禁止のこの場所で出会い、無許可で屋上の鍵を複製してわたしに託してくれた謎の先輩、九十九千早。受験を控えている三年生は自由登校と耳にしている。わざわざ勉強時間を捨てて人混みを味わう物好きなんて世界中を探してもいないと思っていたのに。


「おや、可愛らしい後輩の登場だ」


 仰向けになって寝ていた先輩は身を起こし、ぽんぽんと地面を叩いて招いてくれた。先輩の好意に甘えて遠慮せず招かれるがまま隣に腰かけた。


「三年生になっても学園祭には気持ちが昂るんだ。子供っぽいかな」

「古来より祭りには人間の感情を狂わせる不思議な力がありますから、年齢なんて関係ありませんよ」


 へぇ、変わった人だと思ってたけど人間らしい一面もあるじゃないか。ほんの少し親近感が湧いた。買ったパンを早速口に詰め込む。ここは雑談がてら昔の学園祭の話を聞いてみるのも面白いかもしれない。


「爆発騒ぎなんて物騒ですよね。前からこんなことが起きてたんです?」

「いいや、爆発は初めてだね」

「一体、どんな命知らずが喧嘩を打ってきたんでしょうね。お偉いさんに怪我でも負わせたら一大事だ」

「その辺は抜かりないさ。あれは花火みたいなものだから」

「…………はい?」

「観測気球みたいなものさ。目的はもっと別なところにある」

「えと、先輩? そんな言い方をされるとまるで……犯人みたい、ですよ?」

「みたいではなく――あれは私がやった」


 へぇ、変わった人だと思ってたけどジョークを好む人なのか。残念ながら冗談のセンスはないみたい。まったくもって笑えない。


 話半分、侮蔑を交えた眼差しを向けたが、凍るような冷たい視線の前に相殺されてしまった。

 それにつられてわたしの表情さえ固まってしまう。


「学園都市のセキュリティがどうやって動くか気になってね、軽く実験してみたの。あぁ、安心して。別に人に危害を与える目的はないし、テロじみたことはもうやらないから」


 この人は何を宣っているのだろう。どこまでが冗談でどこからが本気なのか見えない。時々いるんだよね。表情と正反対の感情をぶつけてくる人って。


「おっと失礼――あぁ、もしもし。うん……うん、了解。そろそろ向かうね。ごめんね天塚凛。お呼びがかかっちゃった。最初の学園祭を台無しにしちゃってごめんなさい。それでもやらなきゃいけないの」

「ち、ちょっと待てっ!」


 しかし九十九は振り返ることもせず、冷たく無機質な扉の音が反響した。あとを追おうと慌てて扉に向かうも内側から施錠されてしまい、鍵を取り出した頃には九十九の姿はどこにもなかった。


「ジョーダン、であってほしいけど」


 無数に散らばる選択肢。彼女の言葉を信用するか、それとも自分の直感を信じるか。無難に通報したっていい。代わりに今日一日は潰れること間違いなし。

 人生経験豊富なこのわたしでも最善の選択肢がわからず、スマホに届いたメッセージに気づかないほど途方に暮れてしまった。


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