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第三八話 己が才


 あの忌々しい泥棒から予告状が届いた。というのに学園はお祭りムード一色。厳粛な学舎から一転して華やかなエンタメ施設へと早変わりしていた。


 この学園において正義とは隣人への愛、苦しみからの脱却や道理にかなった生き方ではなく、己が才を振る舞うこと。

 神出鬼没。複雑な警備網を掻い潜って警察を手玉に取り、型破りの方法を用いて宝を盗み嘲笑う謎多き怪盗。人の好奇心を掻っ攫う存在なんてこの蒼月なら信仰の対象になりうる。だからこそ警察は怪盗リドルの痕跡を秘匿にしているのだが時間の問題だろう。

 捜査する側も世知辛い世の中だ。真っ向から喧嘩を売られても公にできないなんて。

 だけど公に動けないのと動かないとでは雲底の差。せめて警備員くらい配置すればいいものを、今の所は生徒の姿しか見かけない。


 一体何が起きている?

 もしかして警察に届いた予告状は偽物だったのだろうか?


「なぁ結月。あの方向音痴の姿が見かけないけど」

「凛ちゃんなら部活の方に行ってもらった。どうせ今なら暇だしね」


 蒼月の学生として参加する初めての学園祭。去年はゲストとして立ったステージ。仕事を休止している今年は裏方のお手伝い。今日も今日とてリハーサルや打ち合わせをしないといけないのだが、せっかく生徒として参加しているのだからクラスの出し物を頑張ってこいと監督に言われてしまい、今日と明日の二日間を休むことになった。もちろん反対したともさ。けど、このままステージの周りをうろちょろされると本番でステージに立たせたくなっちまうと脅迫されれば引き下がるしかできない。


 休みをもらった俺はどうせならと売られた喧嘩を片付けることにした。リドルが予告状を出した以上は絶対になにかしらの行動をするはず。その現場を取り押さえるため、アイツがシロである確信を得るため、学園にいる間は一瞬足りとも目を離したくなかったのに。


「おーい、どこいくのっ」

「どうせどっかで迷ってるだろうから探してくる」

 自分で言い訳しておきながら、これはないだろうと内心反省。我ながらアドリブが苦手なのは役者として致命的な弱点だ。まぁこんな幼稚な言い訳、結月なら簡単に看破するだろうけど。

「よろしくねー」

 想像の真裏をいく純粋な返事に踏鞴を踏んでしまった。あ。さいですか。むしろ二人の関係値の方が心配だ。



    ◇



「え、なんでいるの」

「それはこっちのセリフだ。自分の部活に割り当てられた教室にいて何が悪い」

「え、いや、その」


 女装への恥じらいはとうの昔に捨てていた。メイド服も一度袖に通せば違和感もなく、廊下を歩いていて黄色い声援が飛んできても気にならなかった。

 果たして占い部とやらに人が集まるのかは置いておいて、万が一誰かが並んでいれば待たせるだけ時間の無駄になってしまう。アレを探す前にまずは謝って断りを入れてから探そうと思っていた、のに、まさかきちんと教室にいるなんて! しかも本人はモノクルなんて装着しちゃって、教室にいる時よりもノリノリだ。

 どうしよう。本人の前で方向音痴が気になってとも言えないし、リドルがどうのこうのなんて口が裂けて言えない。どうしようどうしよう。


「……わぁかってるよ。きみも物好きだね」

「へっ」

「何を驚いた顔をして。ここに来たってことは占ってほしいんだろう? さぁさぁ座って。雅の運勢を占ってあげましょう」


 よくわからないけど誤解してくれて助かった。なんとも珍妙な執事の格好をした易者に促されるがまま、学び舎本来の場所でオカルトの真似事が始まった。


「で、何を占ってほしい? あ、仕事関連は勘弁ね。いいづらい未来が見えたら困るし」

「所詮は占いだろう? 気持ち半分で受け取るさ」

「とんでもない! この片眼鏡はすごいんだ。ありとあらゆる運勢……いや、未来を見通せるマジックアイテム。ただで未来を知れるのを光栄に思うといい」


 なぜか自分の力のように自信を持っているようだけど、はいそうですかと簡単に納得するほど自分は馬鹿ではない。欲に素直になるならばリドルの正体を知りたい。けど言えるわけがない。

 なら――


「十年後の俺、を見てもらおうかな」


 すると彼女は片目を手で覆い隠し、片眼鏡の方だけで俺を見つめてくる。


「ううん……もっと具体的に」

「プライベート。俺がどこで暮らして――誰といるか」

「へぇ、雅って私生活は無頓着かと思ってた。つまり十年後、誰と結婚してるかってことね」

「お、おい。言葉にするな。恥ずかしい」

「まぁ、わざわざするまでもないと思うけど――おっ、見えてきた」


 片眼鏡をしげしげと見つめる易者には何が見えているのだろう。期待していなかったがほんの少し興味が出てきた。


「一人でホームにいる。見覚えがあるよ、ここは……東京駅だ。新幹線のホーム」


 えっ、映像が見えてるの? こわっ。


「あ、違う。隣に子供がいる。女の子だ。ランドセル背負ってるから小学生かな」

「はっ?」

「ドラマの撮影かな、や、でも周りに機材がないからプライベートだ。新幹線が到着して……あっ、急に走り出すと危ないよ。なんでお前は見てるだけで止めようとしな……あれ、ドアの向こう側からスーツケースを引いた女の人が。この子のお母さんかな。えーと」


 やけに具体的なワンシーン。それだけでなんとなく登場人物を想像できる。新幹線から降りてくるのはその子のお母さんであって俺の――


「お、おいっ、それ見せろ」

「わっ、あぶな……」


 柄にもなく理性を失い、その片眼鏡を覗き込むように飛びかかってしまった。

 よろめく自分とバランスを崩した易者、互いに身体がぶつかり合う。

 軽い破裂音と膝への衝撃、そして鼻にかかるか弱い吐息。あともう少し地球の重力が強ければ互いの柔らかい部分がくっついていた。慌てて身を起こそうにも俺の右手は女性の象徴を鷲掴み。


 時が止まった。お互いの窮地にも関わらず天塚凛は表情を変えない。人形のような冷たい表情を見ると苦々しい記憶が込み上げてきた。


「やっぱり芸能人には人の皮を被ったケダモノは多いのか。信頼したわたしが馬鹿だった」

「ち、違うっ、これは不可抗力だ」

「ならすぐにどいてくれない? 重くて痛くて苦しくて実に不愉快」

「ごめん」


 時は再び動き出す。早まる胸の鼓動が生まれ持った性を訴えてくる中、重苦しい沈黙が教室を支配した。昔はドラマの撮影で女性の身体に触れることもあった。仕事外では共演した女優がボディタッチで甘い誘いをしてくることもあった。けど今回は羞恥心がぜんぜんっ違う。

 それもこれも全部、春夏冬雅が天塚凛に特別な思いを抱いているからだろうか。


 着崩れたメイド服を正し、倒れている彼女に手を差し伸べた。けれど彼女は俯いたまま立ちあがろうとしないし見向きもしない。てっきり嫌われているのかと思えばどうやら違うようだ。全身がブルブルと震えている。


「本当にごめん。別に悪気があったわけじゃないんだ! どうかこの通り」


 まさか演技で培った土下座がこんなことで使うことになろうとは我ながら情けない。彼女が反応を起こすまで額を床に擦り付けたまま数秒が過ぎた。しかし罵声も鳴き声も一切聞こえてこない。恐る恐ると顔を上げて顔を覗き込んでみれば、真っ青な顔で床に散らばったガラスの破片を一枚一枚拾い上げていた。


「あーあー、粉々だぁ。せっかくの占い、せっかくのお助け部の出し物、全部パァになっちゃった。どうやって志保に謝ろう」


 なんだ、身体のことは気にしていないようだ。社会的に抹殺されずに済みそうでホッと胸を撫で下ろす。

 その片眼鏡ってどこで買ってきたやつだろう。最悪、ただの高級品なら弁償できるけど、ハイテクな代物で世にも出回っていない試作品とかだったらどうしよう。

 兎に角、俺にできるのは謝罪だけだ。


「俺もお前らに謝る。ごめん」

「当たり前だっ! ……ね、なんか廊下が騒がしくない?」


 本当だ。後ろの廊下がなんだかガヤガヤと人の話し声が溢れかえっている。やがてドカドカドカと牛の突進のような地響きとともに、教室の扉が勢いよく開いた。


「大変よ雅、凛!」

「どうして鞠沙がここに。占いならコイツが壊しちゃったのでできません」

「ええっ、あの的中率百パーの未来視ができなくなっちゃったんだ」

「どっかの大馬鹿のせいでね」


 ちょっとやそっとのことで動じないあの龍閃鞠沙がここまでのめり込むなんて、あの片眼鏡、本当にやばい代物だったのか。もしかして俺、とんでもないことしちゃった?

 というか、準備日の特訓の時から思ってたんだけど、この二人って下の名前で呼び合うほど仲が良かったなんて知らなかったし驚きだ。あの龍閃鞠沙は本当に気を許した人しか名前呼びを認めない。俺や祖父江みたいな長い付き合いがあるなら別として、学園で知り合った子を認めるなんてコイツの性格的にありえない。例外は人懐っこい結月志保だけ。

 一体、この二人はどんなことがキッカケで仲良く――って! そんなことは今はどうだっていい。どうして鞠沙がここにいるんだっ。


「へっ? そんなの旦那に会いに……じゃない! 大変よ! 学校のすぐ近くのバス停で爆発があったの!」


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