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第三四話 歴史に埋もれた伝説


「遅れてすみません。待ちました?」


 カウントダウン目前の学園都市蒼月は連休中の観光地以上の活気に包まれ、日常には些細な問題が散見するようになった。たとえば混雑。学園都市の地図は国内で流通しているスマホには表記されず、正確な場所を調べるには『Hozumi』製のスマホでなければならない。数日の祭りのためにわざわざ契約するだなんて余程の金持ちかつ物好きしかいないだろう。だからバスに乗るだけでも運転手に目的地を尋ねる観光客で長蛇の列。学園都市に一つしかない繁華街は連日混雑で休む暇もないという。

 混雑に伴って物の流通にも支障が出ている。クラスの出し物で使用する衣装の材料だって到着が予定より大幅に遅れてしまい、つい先ほど衣装合わせを終えたばっかり。おかげで大切な取引の時間にも遅れてしまった。


「構わないわ。半日開けてもらったし」


 さらりと言うけれどわたしの半日とドラマや番組収録で引っ張りだこの人気女優、龍閃鞠沙の半日とでは重みが違うだろうに。けどこういう器量の大きさが彼女の魅力と比例しているのかもしれない。

 龍閃鞠沙とは春夏冬雅の浮気調査以降、定期的に連絡を取り合う仲になった。なんでも混沌を生き抜いてきた戦績と他者を寄せ付けない天性のオーラのせいで友達がほとんどいないとかで、彼女と連絡取る話を雅にすると目を丸くして面食らっていた。ちなみに彼は近い将来伴侶になるから友人としてカウントしていないとのこと。

 ――っと、のんびりしている場合ではない。わざわざ人目を避けてオンボロ旧校舎の部室まで足を運んでもらったのだ。これ以上、大女優の貴重な休みを奪うわけにはいかない。


「ふふん、今回は腕によりをかけて極上の品を用意しました」

「あら、なら見せてもらいましょう」


 期待の眼差しを向ける鞠沙に懐から取り出した封筒を差し出す。受け取った鞠沙は女優らしからぬ神妙な顔で封筒の中を覗いた。


「――っ! こ、これは……」

「志歩に感謝してくださいよ。雅くんをモデルに抜擢したのはあの子なんですから。ま、志歩は志歩でかなり楽しんで着せ替えしてましたけど」

「な、ななななななな――」


 あ、壊れた。おそらく情報過多でエラーを引き起こしただけだから待てば治るだろう。

 わたしたちのクラスの出し物、蒼月異性装総選挙カジノもとい『仮装カジノ総選挙』は執事陣営とメイド陣営で票を争い、負けた陣営は教室の撤収作業という名の地獄の罰を課せられる。あと、各陣営から一人ずつ、最も票を集めた人間同士で変なことをするみたいだが……ま、わたしには関係のないこと。ただの人気投票ならわたしに軍配が上がるけども今回は遊戯で投票権を増やす形式だ。こういうので人気が集まるのはゲームの相手をしてくれた生徒、裏を返せば遊戯恐怖症であるわたしは目立たず、なおかつ衣装もシンプルな執事陣営。票が集まることは絶対にありえないのだ。


 懸念とまでは思わないけど、今回に限っては雅を味方にしたかった。だって人気俳優(休業中)の彼が執事陣営にいてくれれば票を独占しただろう。それなのにどうしてか、メイド陣営で女装することになっている。顔立ちがやけに整っているがゆえに体格を考慮せず化粧を施せば立派な女の子。なんなら女連中のなんちゃってメイドより人気が出る、かもしれない。彼には龍閃鞠沙に並ぶ演技力もあることだし。


 そんな話もあり、志歩がメイド服のデザインを協力してくれる手芸部に相談したところ、プロを目指す彼女らのやる気に火をつけ、ただでさえ時間が足りない過酷な状況でメイド服のサンプルを数着仕上げてくれた。甲乙つけがたいメイド服に志歩だけでは決められず、クラスの投票に委ねることにしたそうだ。


 ……あれは地獄だった。キャーキャーと黄色い声援を飛ばす生徒に、ひゅーひゅーと冷やかすやつもいれば、あっけらかんと口を開けたまま放心している人も少なくなかった。ごすろり、だとか、和風、とか、よく分からないけれど最終的には余計な装飾のないクラシカルなデザインが選ばれた。つまり、ごすろりだとか和風は今後お目にかかることはない。まして春夏冬雅の女装姿なんだ。失われた伝説なんて表現もあながち間違ってはないだろう。


「――あなた、とんでもないものを持ってきてくれたわね。勲章ものよ」

「お褒めに預かり光栄です」

「相変わらず盗撮写真……いえ、スナップ写真のクオリティが高いわ。しかもこれ授業中でしょう? 前々から気になってたんだけど、どんなカラクリで撮ってるわけ?」

「それは企業秘密です。知らない方が互いのためでしょう」

「そうね。これからもあなたの腕には期待してる。……や、今のうちにあたしの専属カメラマンとして囲っておこうかしら」


 ユニークなお誘いだけど遠慮しておこう。だって卒業してもアレと顔を合わせる機会があるってこと。大人気女優が太鼓判を押してくれるなら、将来は世界を股にかけたカメラマンになろうかな、なんて。


 ブツを手渡せばこれにて取引終了。本来なら犯罪者みたいにコソコソせず堂々とお助け部に依頼してくれればいいのに、部員でもないどこぞの第三者が鞠沙に出禁を命じたせいでこんな目に。そもそも命令に従う義務なんてないのに「夫がそういうなら」と律儀に従う鞠沙がお労しい。けどさすがは雅の妻になる人。「あくまでもこれは友達同士の、極めて健全な交流」と言い張って時折部室に足を運んできてくれる。この取引もそう、交流の一環なのだ。

 秘蔵写真を入手して満足気の鞠沙だがどうだろう。先週顔を合わせた時より幾許か顔色に精気がない。どころか疲弊した様子で珍しくため息をついている。


「随分とお疲れみたいですね」


 訊けばドラマの撮影が立て込んでろくに休めていないようだ。龍閃鞠沙主演、今冬から放送される新ドラマのロケ地に蒼月が選ばれ、連日学園都市の至るところで撮影が行われている。学園祭による混雑を考慮したスケジュールが組まれたものの想像以上の賑わいで撮影にも支障をきたしているようだ。おかげで現場はてんてこまい、演者のスケジュールはスケジュールの体を成さず、時間が空くとみたらすかさず休みを取るようにしているとのこと。聞くだけで胃もたれする話だ。あまりドラマに関心がないわたし。だけど件のドラマは心待ちにしている。彼女の気分転換になればと春夏冬雅の教室での生態を中心に、軽く世間話でもしてみた。



「もし総選挙で雅くんが一位になったらどうします?」

「ま、互いに俳優の身だし、キスくらい浮気じゃなければ許すわ。あ、雅のキスシーンは写真じゃんくて動画でお願い。もちろん報酬は弾むわ」

「ぜ、善処します」

 ほんとすごいな、この人。ある程度のトラブルもさらっと流しそうだ。でも一線を越えたら……春夏冬雅、南無三。線香くらいはあげてやるか。



「カジノってどんなゲームをやるの?」

「ポーカーとブラックジャック、それからバカラ。あと人数が多くて捌ききれない時はビンゴもやるそうです。慣れない人も多いのでルールが簡単なものばかり、もしゲーム慣れしている人が来れば状況に応じて複雑なゲームもやるみたいです」

「へぇ、面白そう。だけど全員が全員、ディーラーなんてできるものなの?」

「みんな懸命に練習してますよ。未だにシャッフルがおぼつかない子もいますけど。あとわざと下手くそなフリして男に甘えるやつもいたり、遊戯恐怖症の子もいたり、根本的にゲームが下手くそだったり」

「でも楽しそう。あーいいなぁ、聞いてたらあたしも出し物やりたくなってきた。うちのクラスなんて芸能人の私物展示会だし」

「鞠沙はなにを展示するんです?」

「ヴィンテージワイン」

「え! まさか鞠沙も嗜んで――」

「飲まないわよ。あたしが生まれた年のワインでね、成人したら一緒に飲もうってお父さんが買ってくれたの」

「なぁんだ」

「なんであなたがガッカリしてるの。ま、うちのクラスが全員揃うなんてありえないから、私物展示会が安牌なんだけどね」

「ちょっと意外です。てっきり雅くんから貰ったものかと」

「ふふっ面白い冗談。あたしが、赤の他人に、旦那から貰った大切な宝を預けるとでも?」

 ――ひっ、怖いぃ! 

 急に笑顔から無表情にならないでほしい。ダメだ、どこに地雷があるか分からない。安易に彼の名を出さない方が身のためかもしれない。



「さて、そろそろ出なきゃね。お宝も手に入ったし、楽しい話も聞けて満足。ありがとね」

「いえ、これくらい。なんせ上客ですから」

「……ね、一つ、写真ではないことを頼みたいの」

 その声は重かった。感情を読み取れる慧眼を持たないわたしには彼女がどんな思いをしているのか不明、けど嘘や冗談ではないことだけは明確に分かる。


「――最近、雅が元気ないの。あの人、あぁ見えて意外とシャイだから本音を隠すの。あたしが聞いたって『大丈夫』しか言わなくて。だからあなたに様子を見てもらいたいの」


「わたしに?」

「だってクラスメイトのあなたの方が一緒にいる時間が多いでしょう。それに妻には言いづらい悩みだってあるかもしれない。似た物同士の方が話しやすいこともあるでしょうし」

「……似た者、同士?」

「あら、知らなかった? ならいいこと教えたげる。気まぐれなあたしが好む人って揺るぎない意志と周囲に影響されない確固たる自我の持ち主なの。そのくせわざと自分の自我を隠してコロコロと別人格――ペルソナを被って環境に溶け込もうとするの。この学園の中ではあたしを除けば、あなたとか雅……それから志保もこっちよりかな」


 そう思われていたのは心外だ。


「あ。分かっていると思うけどあたしなりの最上の褒め言葉だからね、それに雅のことなら志保よりも天塚凛に任せたい。あたしの我儘だけど聞いてくれない? 雅はああ見えて影響力は絶大で、その場にいるだけで緊張も和らぐし、手際よく運営の割り振りもできる。でも雅が元気がなければ学園祭自体が失敗する可能性だってある。元気がないままステージに上がることになれば学園祭自体が失敗の烙印を押される。だからお願い、天塚凛、雅の悩みを一つでも解消してやってくれないかな? よろしく頼むよ、凛」


 鞠沙はそのまま長期撮影を大量に日常品をぱんぱんに詰め込んだボストンバッグを背負い、ひらひらと手を振って教室から出ていった。


 竹取の無理難題より難しくないか……! 鞠沙に頼まれてならやるけどさ、雅と会うのは気乗りしない。彼はわたしを毛嫌いして小馬鹿にしてくるんだ。そのくせ急に紅潮させて俳優らしからぬ吃りを見せる変なやつ。世話好きな面も見せてくれるけど内心バカにして仕事仲間のネタにされてるんだ。だから彼とは関係があれば話す間柄で、そういえば「名ばかり生徒会長」のお見舞いにいった時が最後の会話かもしれない。顔を合わせる機会は度々あったが、最後に会話をしたのがおよそひと月前、か。


 好いていない人の励ましが励ましになるのか定かではないものの。鞠沙に頼まれたからには万馬ってみるか。

 アイツは嫌いだけど悪いやつじゃない。真面目で正義感もあって、伊達に役者を名乗るだけあって演技力も面もまぁあぁ。人気が出るのも納得のビジュアル。厄介な学園の人付き合いもそこそこ上手く立ち回っている気もするし……元気がないってどんな理由なのだろう。ま。今考えたって仕方ない。今度会った時に呼びつけよう。


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