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第三二話 第二の太陽


 世間の学園祭への関心はそれなりに高いようである。学園の敷地内、モノレールの構内、ショッピングモールなんかを歩けば挙動不審な蒼月に慣れていない人が明らかに増えている。


 かくいうわたしも引っ越してきて数ヶ月の新参だ。上から物申す立場ではないのは自覚している。だけど地図アプリを広げたスマホを片手に、有名人とすれ違った時のためなのか首からデジタルカメラを下げ、手提げ鞄からスケッチブックが見え隠れしているのはどうかと思う。ドラマにも出演している役者が学園の生徒として暮らすこの街では声をかけるのは御法度。サインも記念写真も当然禁止、と、前に雅が言ってた。そんな暗黙のルールを知ってか知らずか、蒼月が賑わうに連れて無法者も紛れ込んできたようだ。案の定その人は蒼月の優れたセキュリティによってすぐに検知され、どこからともなく警備員がやってきて車で連行されていた。

 まったく、あぁいう素人丸出しの田舎者を見ていると恥ずかしい。わたしだったらもっとスマートにやれるし、引っ越してきたばかりでも怖気付かなかったというのに。


 学園祭の招待状を送った友人曰く、クラスで自慢したら周りから羨ましがられたという。わたしが蒼月にいることを知るのはその友人だけ。周囲には絶対に口外するなと釘を刺しているから、どんな極秘ルートでそれを入手したのか連日質問攻めにあっているそうだ。

 蒼月ほどではないが星宮高校も変わりものが多い。だからか「アレ」も変わりものが放つ独特の雰囲気に引き寄せられたのかもしれない。改めて振り返っても、絶対にありえないと断言していた「アレ」と遭遇するなんて計算外だった。まだトラックに轢かれて異世界転生する方が現実的な確率だろう。


 ま、今は「アレ」のことなんてどうでもいい。


 端的にまとめると学園都市の外では大注目。おかげで今日の午後からテレビカメラや雑誌の記者を含めた取材を学園総出で受けるとかで、学園の生徒には嬉しい半休が待っていた。

 最近は勉学に加えて出し物の準備に追われる日々。一分一秒でも空き時間は準備に充てたいところだが、今日の取材は関係者以外本館と部室棟への立ち入りは禁止。よってほとんどの生徒は強制的に帰宅を命じられていた……、そう、ほとんどの生徒、は。


「んん……なんで昭和の古新聞が残ってるんだ。ほんとに志歩が片付けするまで、だーれも手をつけなかったんだな。まぁ、わたしには関係ないか。お目当ては――あった!」


 表だって綺麗な部分だけを切り取るのが広報。ゆえに旧校舎なんて古びた遺物は衆目から遠ざけられていた。『蒼月異性装総選挙カジノ』なる一風変わった出し物を行う1組を代表して結月志歩が取材に応じることになった。余計な一言を言って過度な期待をさせないかと心配だけど、こちらとて余計な仕事を増やすつもりはないし、担任の赤城から頼まれたって誰も引き受けなかった。なんだかんだ人類は面倒が嫌いなのだ。


 その代わりといってはなんだが、わたしは部活の出し物のため部室を掃除していた。志歩はあの片眼鏡のような面白そうな道具が見つかるかもしれないと呑気なことを言ってたが、あんなものが教室の片隅に転がっている環境が恐ろしい。


 テーブルの抽斗をいくつも探してようやく見つけた銀縁の片眼鏡。占いなんて眉唾だと思ってたわたしの常識をひっくり返したアイテム。わたしの予感が正しければこれは――。

 肌身離さず持っているガラス玉。「わたし」が「わたし」であることを証明してくれる宝物。

 これは目には見えない、地上に散らばる人間の感情を集めてくれる神器。それともう一つ、これは家族さえ知らない使い方がある。


「――やっぱり。これ、レガリアだ」


 透明なガラス玉を通して古びた遺物を目にすると、遺物の周囲がゆらゆらと歪んでいる。これこそ天からの恩寵が付与されている証左。それなら未来の一つや二つ、それこそ奇跡なんて造作もないだろう。そういった摩訶不思議な力が秘められた道具を、わたしたちは「レガリア」と呼んでいる。


「さて、どうしよ。見つけたからとて出し物に使うものを勝手に回収するわけにはいかないし。……けど未来を見通す力なんて大概だよな」


 すごく困った。語彙力が子供になるくらい困った。まだ志歩が占いという体で進めているから平和だけど、あまりにも精度がいいと知られたら、占いの域を超えて未来を言い当てていると知られたら……とてもとっても面倒なことになる。厄介な未来を考慮すれば今ここで回収するべきなのかもしれない。けどなぁ、気乗りしない。


「あの、すいません、結月志歩って子、います?」

 と、善意と悪意との葛藤に揉まれていると入り口にポツンと男子生徒が立っていた。


「志歩なら取材でいませんよ」

「あー、そうなんだ。じゃあまた明日にでも」

「ごめんなさい。学園祭が終わるまで依頼中止中なんです」

「え」


 見知らぬ彼は見るからに落胆していた。別に面倒だからと門前払いしているわけでもなく、お助け部の部長がそう宣言しているのだから仕方がない。どうせこの子もクラスの出し物の人手不足でーとか言うのだろう。


「……仕方ないか。はぁ、どうしよう。週末までに間に合うかな」

 ほぉら、やっぱり。

「というかそもそも、常識的に考えてこんな時期に人が集まるわけないんだよ。見通しが甘いくせ住職を名乗れるんだから楽な人生だよな。きみもそう思うだろう?」

「ははぁ、まぁ」

「なんで人手不足の時に限って怪我するんだか。しかも寺の仕事じゃなくて趣味で集めてるガラクタの整理なんて誰もやりたがらないさ」

「ガラクタ? ゲームとかミリタリーとか?」

「今の発言で結構な数の人間を敵に回したぞ。それだったら俺も少しは興味を持ったんだけど、用途不明の古道具ばかり。アンティークといえば聞こえはいいけど……たとえば今、きみが持ってるようなものとかさ」


 それはまた難儀な趣味である。この片眼鏡はわたしの趣味ではないし、レガリアということさえ分かれば時が来るまで放置するに限る。

 これ以上は関わるまいと彼を放っておきながら片付けを再開した。この片眼鏡は出番が来るまで封印っと。危険物でも扱うような慎重な手つきで抽斗にしまった。そんな時にふと、先ほどの彼の言葉が脳内でリフレインした。

 寺、住職、アンティーク――もしかしたら彼は手がかりを知っているかもしれない。


「待ってください」

 危うく部屋を出ていくところだった。なにか、と訊いてくる彼にわたしはこう尋ねた。

「そこってもしかして月賀野(つきがの)寺ですか」

「あぁ、そうだけど……」

「だったらわたしが手伝います。若い女の子だってやる時はやるんです。それとも志歩じゃないと頼りないです?」

「そ、そんなことない! 助かるよ」

「その見返りにと言ってはなんですが、一つ、頼みたいことがありまして」


    ◇


 隣の部屋に住んでいる山本紅葉が「泣いているお化けをみた」と相談してきたのが、猟奇的な夜の始まりだった。


月ヶ原(つきがはら)に聖女の遺体が眠っている』


 そう言ったのは亡霊。生前の彼は蒼月がかつて月ヶ原と呼ばれていたむかしむかし、畑から奇妙な書物を発見した。不思議に思った彼がこの土地の寺の住職に相談したところ、真っ青な顔で燃やせと命じられたそうだ。それもまた不可解に思った彼は独断でそれを東京の大学に送った。返ってきた返事が『月ヶ原に聖女の遺体が眠っている』だったそうだ。その見立てどおり、月ヶ原で聖女の遺体と思しき物体を発見したところ、背後から何者かに撲殺されたようだ。慈悲深いというのは彼みたいな人のことを言うのだろう。彼は自分を殺した人間を恨むどころか、野晒しにされた聖女を埋葬してほしいと懇願してきた。

 わたしとて人を救えるのなら本望だ。でも残念なことに今のわたしには力も、地上で好き勝手できる権力もない。だけど死にゆく彼と「絶対に見つけ出す」と約束してしまった。

 面倒くさがりで、責任に押しつぶされ、完璧を求める者として、この箱庭から人一人の遺体を見つけだすなんて無茶で無謀で無計画。以前の「わたし」なら投げ出していただろう。

 人間との約束を守ったり、こうやって赤の他人を手伝おうとするだけ、天塚凛として成長した証左なのかもしれない。


    ◇


「にしてもよくうちが月賀野寺って分かったな」

「ただの勘ですよ。商売繁盛、学業成就、成功のご利益がある由緒正しいお寺だって名前は耳にしてます。わたし、いつか行ってみたかったんです」

「ははぁ、だから『道案内してください』ね。わざわざそんなことお願いされなくたってするのに。てか、バス一本だけどな」

「ふかーい事情があるんです。あ、ほら、降りましょう」


 旧校舎の片付けを適当なところで打ち切り、依頼者である一条とともに月賀野寺へと足を運んだ。バスから降りる前に大きく深呼吸。ここが敵の本丸の可能性があると思うと、このわたしでも緊張してしまう。


「うわ……ながっ」


 地上の建造物は大なり小なり目にしてきたつもりだ。

 天まで届かんとする、ながいながい石階段。新しいもので溢れかえる学園都市でも重厚な歴史を感じる数少ない空間、と同時に見るだけで体力が奪われていく。わたしが相応しくない人間だからだろうか。すごく変な感覚。


「家はこっち。それとも本堂まで寄ってくか?」

「いえ……ここに戻って来れる自信がありません」


 情けない理由だけど察しがいい一条はすんなりと納得してくれた。

 寺の周囲は休憩処にお土産屋、古都でもよく見かける景色。この国ではそう長く暮らしていないのに懐かしくも思った。城下町を練り歩く感覚で路地を進むと武家屋敷のような白い堀に囲まれた立派な屋敷が現れた。寺も寺だが家も家。住むだけなのにだだっ広くする意味があるのかと常々思う。


「玄関で待っててくれないか。じーさん呼んでくる」


 ドタドタと騒がしく家の奥に消えていく一条を見送る。どれくらいかかるだろうか。いつくるかも分からず笑顔を保ち続けるのも楽じゃない。それに立ちっぱなしで鷲の剥製に睨まれるのは疲れる。勝手に家に上がるわけにもいかないし……ちょっとくらい外を散歩しようっと。

 日本庭園の象徴は池。視界に収まるほどの小さな世界なのに生態系が躍動し、水面を漂う苔でさえ風流を感じる。二週間……いや十日も経てばこの辺りも一面、紅葉色で覆われるのだろう。

 ちょっと早く来すぎてしまったわたしは鯉で我慢。でも水の中で戯れ合う紅白も立派だ。ふと思えば港町で暮らした時期もあったのに、この国で暮らすようになってから泳ぐ魚を見なくなった。たまには童心に返って自然を眺めるのも面白い。

 と、池を眺めていると静寂に包まれた背後から足音が聞こえた。


「ほう、誰かと思えば可愛らしいお嬢さん。どこかでお会いしましたかね」


 振り返れば第二の太陽……なんてことはなく、輝きを放つ禿頭のおじいさんが立っていた。寺の住職なのだから当たり前だけど、不意に視界に入るとちょっぴりビックリする。


「いえいえ、今日が初めて――決してわたしは怪しい者ではなくてですね、一条さんにお手伝いを頼まれたもので」

 慌ててかぶりを振って否定する。誤解されたらすごく面倒な事態になる。おそらくこの人が一条が話していたマニアの住職だ。注意深く見てみると右手が痛々しく包帯が巻かれている。慌てて取り繕ったのが却って怪しまれないだろうか。というか呼びに行った一条はどこにいる。


「手伝い? ……ったく、うちのうつけものがとんだご迷惑を。女に力仕事を頼むとはけしからんな」

「あぁ、いえそんな。むしろわたしが興味ありまして。うちも父が似たような趣味があるんです。多少の心得ならわたしにも」


 なんとか無事に誤解を与えずことなきを得た。女に頼むわけにはと断る住職を持ち前の意地っ張りでねじ伏せ、自慢のコレクションを収蔵した離れへと連れていってくれた。一条がまだ来てないと伝えたものの、愚かな孫は必要ないそうだ。


「汚いところですがどうぞ」


 家族に煙たがられて敷地の隅に小屋を建てたなんて自嘲していたがとんでもない。都内なら立派な一軒家。トイレキッチン風呂場も完備したオシャレなペンションみたいだ。しかし驚きは瞬く間に押し寄せてくる。


「っ……すごい量」


 無意識に声が漏れた。本邸の玄関でも見かけた動物の剥製、鮮やかに彩られた陶器、西洋の油絵にミミズみたいな字が書かれた掛軸。世界中のありとあらゆる骨董品がここに揃っていた。


「まさかこれ全部、どこかに運ぶんですか」

「いやね、実は、これみんなに内緒にしてくれる?」

 ちょいちょいと小さく手招きする住職に耳を傾けた。

「――紛失、ですか」

「あぁ! シーっ、他所では絶対に口にしないでよ」


 人間にしてはそれなりの歳を食っているはずなのに、隠し事をする様は子供みたい。あの紅葉の方がよっぽどお姉さんに見える。

 聞けば数年前に購入したとあるコレクションを蒐集仲間に売ろうとしたのだが、肝心の物をどこに置いたのか忘れてしまったようだ。

 歳月を感じさせないほど元気な住職。しかしいつその身になにかが起きても不思議ではない。管理できなくなったら譲渡なり寄贈なり全てを手放すというのが家族との約束だそうで、うっかりとはいえ保管場所を忘れてしまっては家族への心象が悪い。運悪く自宅で転んで手を捻挫したばかりだからなおのこと。だから力仕事という建前で、家族とは一切関係のない第三者に頼むことにしたそうだ。わたしは意地が悪い性格じゃない。正直に話してくれるならわたしも道義を貫こう。


「それで、なくなったものは?」

「零葉って分かる? 中世の楽譜」


 それはまたマニアック。個人的には素晴らしいセンスだと褒め称えたい。

 それからしばらく住職から話を聞いた。貴重な楽譜は額装されており、よほどのことがなければ紙質に問題ないとのこと。誰かが侵入した痕跡も盗難の可能性もなく、次々と蒐集するうちにどこかの宝の山に埋もれただけのようだ。事件性がないなら解決は容易い。ちょっともったいないけど、ちょちょいとガラス玉の力を使っちゃおう。だけど人目があるところではさすがに無理だ。

 身体を動かす前に喉が渇いたと住職にお願いして一旦離籍してもらう。いなくなった隙を窺って懐からガラス玉を取り出す。


 ――さ、どこにありますやら、と。



    ◇



「いやぁ、こんなに早く見つかるとは! 最初からきみに頼めばよかったな。えぇっと、そういえばお名前を」

「名乗るほどの者ではありません。見つかってよかったです」


 依頼は呆気なく終わった。楽譜はナメクジみたいな字の掛軸の裏に隠されていた。何年か前に部屋の片付けをした時につい、上から被せてしまったようだ。

 うん、ちょっと心配だ。もしかすると宝物庫を解放する時は近いのかも。

 改めて楽譜を手に、用心のため住職の死角でガラス玉で見通す。うん、これはレガリアじゃないから安心だ。


「うわっ、こんなところにいたのかよ。しかも二人揃って……って、もしかして手伝い終わったの?」

 ことが済んだあとにやってきた一条はこの状況に驚愕していた。一時間も経ってないとはいえ少々時間がかかりすぎではないのか。ま、もう全部片付けてしまったからいいけどさ。


「おい、遅いぞ、うつけもの。はぁー、うちの孫があなたのような人だったら安心できたのに……うちの嫁に来ないか?」

「おい、じーさん、いい加減にしろ。今の時代はセクハラとか言われるんだぞ。でも、ありがとな。なにかお礼でもしなきゃ」

「おー、そうだな。今夜、是非うちで夕食でも」

「ごめんなさい。しばらく学園祭の仕事が山ほどありまして家に帰らないと」

「遠慮することはない、さ、ほらほら」

「じーさん、今学園の生徒は学園祭で大忙しなんだ。邪魔してやるな、けどこの礼はしっかりしたいから必ずどこかで」

「えぇ」


 と、お得意の営業スマイルでにっこり。謎はないけどこれで『Q.E.D.』これにて依頼はおしまいだ。

 怪我人の住職と一条がわざわざ見送りしてくれた。それではと頭を下げた瞬間、わたしにやらなくてはやらないことを思い出す。


「一つ、住職に聞きたいことがありまして」

「どうぞ、ワシにできることならなんでも」


「『聖女の遺体』に聞き覚えがあります?」


 わたしとて馬鹿正直に直球で訊くつもりはなかった。どうせ答えが返ってくるとも思えない。知りたかったのは二人の反応である。予想外の一言は感情を揺さぶるにふさわしい言葉。もしも二人が、この寺が焚書と聖女の遺体に関係があるとすれば動揺するに違いない。

 彼らから敵と判別されたって、それはそれで手がかりがあったことになる。


「それって西洋のミイラとかか? それとも学校の流行り?」

「いんや、そんなの聞いたことない」


 二人の反応はいつも通りにしか見えなかった。となるとここは見当外れだったのかも。じゃあまた違う場所を探さなきゃと思うと肩が項垂れた。


「あぁ、気にしないでください。都市伝説のようなもの、と引っ越す前に聞いただけですから」


 とりあえず誤魔化す。関係ないならそれまでだ。

 だけど早くも亡霊との約束が暗礁に乗り上げた。てっきり亡霊が駆け込んだ寺ってここだと思ったんだけど不可解なところはない。それか歳月を経て忘れられてしまったのか。兎に角、クロからグレーになった。別の場所を探した方がいいのかもしれない。

 それではと身を翻して帰ろうとしたとこ「あ」と一条が声を上げた。


「こっからなら本堂まで近道できるけど……やっぱり帰るか」

「そーですね……せっかく来たから寄ってみようかな」


 お言葉に甘えて一条に本堂までのショートカットしたのどかな道で進んでいく。ゆるい坂道なので階段より全然楽だ。些細な体力消費でなんと険しい山の上にあった本堂まで辿り着いてしまった。


「いい眺め。ん? あれって取材のテレビクルーです?」

「そうそう。ここも一応由緒ある寺だからな。いつもイベントのたびにテレビの取材があるんだ。今日はちらほら学園の生徒もいるなぁ……あ、あの春夏冬雅もいるよ。芸能界休止中のくせ、やっぱり本心は現場に出たいのかね」


 何も答えなかった。一条はわたしと雅とが同級生なのかも知らないはず。余計なことを勘付かれる前に取材陣から距離を取った。


 わたしが知らない彼の顔。その快活な声に周囲のスタッフも絆されている。撮影現場は和気藹々と楽しそうだ。スタッフから慕われているなら最前線で生き残っていてもおかしくない。それにアイツは顔と演技力はマシなんだ。人気が出るのもうなづける。

 けど、イキイキとしている彼を見たのは久しぶり。というか学校でもそう話す間柄でもないので、春夏冬雅を見たの事態かなり久しぶり。数日間話さないってこともザラにある。


 とてなんだろう。どこかいつもと違う。

 仕事中の彼の姿は志歩が昨年の学園祭のステージの動画で見たことがある。観客全員を、湧き出る感情を、あの空間を支配していた絶対的なカリスマ性が欠けているようにも思えた。

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