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第三一話 ウェルカム・トゥ・カオスシティ(後編)


 お礼がしたいという彼女に案内されるがまま、連れてこられたのは学園都市でも見かける某カフェチェーン店。休日ということもあって店内はかなり混雑していたけれど、運良く二人席が空いていた。


「お待たせ。アイスだったよね」

「ありがとうございます。おいくらでした」

「いいよ、これはわたしのお礼なんだから」

「ご馳走様です」


 眼前の彼女に思わず釘付けになってしまった。彼女の一挙一動に華があったのも否定できない。洗練されたその手つきはまるでハリウッド映画のワンシーン。しかしわたしにはそれ以上に目に付くものがあった。

 店の照明に当てられて彼女の手元がきらりと光る。彼女もまた自分と同年代くらいの女性。洒落っ気を出せばアクセサリーくらい身につけるだろう。が、左手の薬指に嵌める意味はない。

 カッコいいと思った相手がまさか他人のものだと気づいた時はちょっとショックだった。こうして人生初の一目惚れは呆気なく散った。彼女は一体何者なのだろう。


「で、お礼がしたいのだけど、なにかわたしにできることないかな」

「ご馳走してくれただけでも十分です」

「こんなのでお礼だなんて思わないで。わたしにできることならなんでも……そうだね、ここは偶然遭遇した赤の他人として相談事を聞いてあげる。ほら、わたしたちは互いに素性を知らないでしょう? どんな悩みでも知り合いに知られる心配はない。それにあなた、結構思い詰めてるみたいだし」


 すごく聞き馴染みある言葉だ。まさか東京に来て自分が相談者になろうとは夢にも思わなかった。乙女には無数の悩みが存在する。かくいう今のわたしも乙女の一人で悩みなんていくらでもある。

 だが他人においそれと悩みを打ち明けるのは抵抗があった。けど指輪の彼女から無言の圧も感じる。このまま彼女の好意を受け取らずに帰る道はなさそうだ。


「あぁ、安心して。こう見えても他人から頼られる方だから。英雄のためなら身を切る覚悟だってあるよ」

「気になってたんですけど、英雄って?」

「っと――ごめんごめん。一人で話を進めてた。あの変なクッションを同居人が欲しがっててね。昨日の夜も欲しい欲しいって強請られたせいで寝不足なの。買えなかったらきっと今日もうるさくて寝られなかった。わたしの大切な安眠を救ってくれたから、あなたは英雄なの」


 それはなんともまぁ不運な話だ。睡眠時間を妨害しようだなんて万死に値する。彼女の言うとおり、わたしが本当に英雄だったら断罪を下していただろう。

 運命というのもあながち嘘ではないようだ。初対面だというのに不思議と警戒心が解けた。緩んだ口元から自ずと心のうちが漏れていた。

 天塚凛としていつかは向き合わないといけない悩み。

 懺悔をするには天使のような透き通った瞳をした彼女がちょうどいいのかもしれない。


「……くだらない話ですけど構いませんか」

「えぇ、もちろん」

「トラウマがあるんです。むかし、バカみたいに付き合わされたせいでトランプとか賽子とか麻雀牌とか、ゲームがだいっっ嫌いなんです」

「ほう、それはまた難儀だ」

「今までは困ってなかったんです。でも学園祭の出し物でゲームをすることになって……わたしだけ特別扱いしてもらうのもクラスのみんなに申し訳なくて」


 羞恥に駆られてストローを噛んだ。なんでもありません、と否定するようにグラスの中の氷をかき回してみた。

 遊戯なんて余暇の一部に過ぎない。キャンディを怖がる子供がいないように、遊戯を恐れる人間は矛盾した存在といっても過言ではない。だけど結果としてこれでよかったのかもしれない。押してダメなら引いてみろ、断れないなら向こうから手を引かせろ。この人が怖がればわたしの勝ちだ。イケメンとお近づきになれるチャンスを捨てるのはもったいないけど、面倒と効率を考えればこれがベスト。


「それはあなたがどうしてもやらないこと? 誰かに迷惑をかけるのも恥じることじゃない。その分、他のことで頑張ればいい。それがチームワークでしょう?」

 その声は温かい。けれど無垢な優しさにわたしは顔をあげられなかった。

「実はわたしも結構な面倒くさがりでね。自分ができないことは全部専門家に丸投げした方が効率がいいって最近気づいたの。だけどどんなに専門家に任せ続けても必ず自分がやらなきゃいけない義務ってものがやってくる。もしあなたが義務でゲームと向き合わなきゃいけないなら――隣にやかましいやつを置けばいい」

「やかましい人? 安心とか信頼ではなくて?」

「信頼できる人だときっと、あなたが恐怖に慄いていたら応援すると思うの。だけど恐怖に立ち向かっている時に下手な応援なんて耳障り。それよりか隣でいつも通りの軽口を叩いてくれる賑やかでうるさいやつがいてくれたら、トラウマなんて感じる暇ないでしょう」

「で、でも座っただけで身体が震えるんです」

「なら気に入らないやつを選べばいい。一人や二人、ムカつくやつっているでしょう」

「いるにはいますけど」


 荒療治にもほどがある! この人、見かけによらず武闘派だ!

 清潔を保った鳥籠で育てられると毒には毒を以て制するなんて考えには至らない。彼女の動揺を誘おうとしたのにすっかり返り討ちに遭ってしまった。

 残念だけどおっとり淑やかな天塚凛にはどだい無理な作戦。好戦的な行動は性に合わないし、成功する光景が浮かばない。だけど此度のカルチャーショックは良い衝撃になった。一目惚れはご破産したけど「運命の相手」という表現もあながち間違いではなかったようだ。


「ま、小娘の経験則だと思って流してもらってもいいよ。他にわたしに手伝えることある?」

「いえいえそんな……あ! だったらもう一つだけ。あなたにしか頼めないことがありまして」


 舞い降りた好機を逃すつもりはない。せっかくこんなにカッコいい人と話せたんだ。これきりの関係を有効に使わない手はない。



    ◇



「はい、これあげる」


 翌日の教室で志保と顔を合わせれば早々に、秋葉原で購入したグッズを手渡した。最初の店で買ったステッカーと、帰りがけに寄った最後の店で売ってた手のひらサイズのキーホルダー。どちらも開けてみないと分からないランダム封入。志保が狙っているキャラが出ればいいのだけれど、こればかりは運否天賦の博打だ。


「……なにこれ」

「週末、ちょっと都心に行く予定があってね。たまたま売ってたからお土産に」

「ほんと! わぁ、嬉しい! ありがとね凛ちゃん」


 子供みたいに無邪気に喜ばれるとこっちも嬉しくなる。妙にそわそわと、すぐにでも開封したい様子だが分別を弁えているようで「帰ったら開けるね」と名残惜しそうに鞄にしまった。


「じゃあ週末は忙しかったんだ。ご苦労様」

「ふっふっふ。疲れたけどリラックスできたよ。なんせ――彼氏と会ってたんだからっ!」


 宣言した途端、なぜか教室が静寂に包まれ、わたしの声がこだました。

 わたしもかくいう華の女子高生だ。別に彼氏の一人いてもおかしくはない。なのに志保が疑ってくるから捏造写真を用意したのに、なぜかその標的が唖然としている。彼氏役はもちろんあの人。何回も取り直してようやく仲睦まじめなツーショットが撮れた。

 いや、志保だけじゃない。見渡す限りのクラスメイトが全員わたしを見て固まっている。その中にはもちろん春夏冬雅も含まれている。おかしいな。一応は彼氏がいる設定だったんだけどな。


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