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第三十話 ウェルカム・トゥ・カオスシティ(前編)


 誰かに頼られてばかりだった。この世のありとあらゆる困難に最善手を求め続けられたわたしは、いつしか妥協を許さない完璧主義者へと変貌していた。


 アレは失敗というものを知らない。苦労という言葉も経験にないだろう。だからわたしも必死にアレを真似て頑張った。


 上からは常に無理難題を押し付けられ、適材適所を割り振り、僅かなミスすら許されないプレッシャーで命令を下す。けど、頭の中で緻密なシミュレーションを重ねたってミスはつきもの。そんな過去の失態が歴史に残っていると肝を冷やす。

 やっとの思いで手柄をあげたと思えば、こちらの苦労なんて露知らずに似たようなお願いをされる。完璧を追い続けるわたしは不満すら漏らさず行動する。そんなことを繰り返していたらいつの間にか自分が壊れていた。

 あの頃のわたしは他人を頼る術を知らなかったのだ。



    ◇



「え? 蒼月でアニメグッズが売ってる場所?」


 面倒なところもあるけれど世話になっているのは事実。ここで仕切り役の志保に倒れられたらクラスは崩壊する。外部とか内部だとか不穏な話を耳にしたばかりだったので、ラストスパートに向かって走り続けてもらうためにも労いの品を送ることにしたのだ。


 脳みそがとろけるくらいあまーいスイーツにしようかと考えた。でも心優しい志保のことだから「みんなで食べよう」と分け合うかもしれない。志保にだけ食べてほしいのであって、とっておきを分かち合おうとは微塵も思ってない。だから食べ物なんてありきたりなものではなく、志保が好きなものを考えた。


 答えはすぐに出た。それは志保の部屋に行った時のこと。ポスターやフィギュア、以前から好きだと公言していたアニメのグッズがわんさかと溢れかえっていたのを思い出す。しかし問題があった。それはわたしがアニメ全般に疎いこと。その、なんとかってアニメも勧められたものの観たことがない。

 以前なら自分一人で頑張っていたところを天塚凛なら他人に頼れる。幸いにもここは学園都市。その手の専門家なら腐るほどいる。


「ここら辺はどこもないんだよな。通販で買えないものだと都心まで行かなくちゃいけない。天塚は何が欲しいの?」


 今世にはインターネットという人類の叡智が存在する。電脳世界を適当に散策すれば簡単に情報が手に入る時代だ。反面、情報の信憑性が求められる時代でもある。誰でも容易にデマを残せるからこそ信頼できる人間に頼らなければならない。……決して怠惰だけが理由じゃない。


「えっと、かくかくしかじかで――」


 うちのクラスには「女史」なんてたいそうな敬称で慕われている生徒がいる。

 東雲空(しののめそら)、彼女もまた1組では数少ない外部生。本来なら秀才が集う4組に入れられる予定だったが辞退したとのこと。噂によれば「男ばかりでロマンスが足りない」と一蹴したそうだ。

 女史なんて呼ばれこそ気さくな性格で、ちょっとした授業の合間なんかに話す機会は多々あった。所謂オタクという人種であることも知っていた。

 そんな彼女とは同じ班に割り振られた。志保が徹夜して作成してくれたシフト表を元に、放課後班ごとに集まって細かい調整をしていたのだ。

 明日は休日。黄金と並ぶほど価値のある至福の時。そんな貴重な時間と面倒を割いてでも志保には頑張ってもらいたいと思っている。


「……案外優しいのな、見直したよ」

「そうですか?」

「てっきり、ただのめんどくさがりとばかり……うん、そういうことならあたしにも決めさせて! 掘り出し物があるところ、たくさん知ってるから」


 久しぶりに他人から尊敬された気がした。これまで面倒くさがりだの方向音痴だの無愛想だの味にうるさいだのと言われ続けてきた人生。ダメ人間の烙印を押される寸前のところで現れた、一筋の光だった。


「し、東雲さぁん」

「志保が好きなアニメって確かこれ……うわぁっ、天塚、どうした?」

「わたし、わたしぃ……」


 誇張ではなく、わたしの目の前に女神が現れた。優しい人は学園にいくらでもいる。けど天塚凛の理解者となると学園にはいなかった。ひょっとして金輪際現れないかと思われた理解者が近くにいたとは、わたしの目頭に温かなものが込み上げてきた。


「どうどう落ち着けって。ほら、ティッシュあげる」

「うぅ……ありがと」


 感動のあまり、危うく抱きつきそうになってしまった。そんなこともありながら、女史から舞い降りた助言でどうにか買う物と店を決められた。

 それも昨日の出来事。

 そして今日、ぐうたらできるかけがえのない時間を消費して、わたしは蒼月を離れた。思えば引っ越してきてから初めて学園都市の外に出る。足元が揺れる電車の感覚も人混みでの歩幅も忘れかけていた。

 久しぶりにやってきた東京、さらに電車を乗り継ぎ到着したのは――混沌だった。



    ◇



「ここが秋葉原か。初めて来たけど……すっごいところだ」


 見渡せば人、人、人。スーツケースを引いた外国人観光客にメイドのコスプレをした呼び込み、お店の看板や商品棚が歩道を占領しており、兎に角、歩きづらい。信号待ちでさえ鮨詰め状態だ。

 それにしてもこの街は変わっている。学園都市でも見かけないような大型ビジョンがビルの壁面に設置され、ひっきりなしにアニメやゲームのコマーシャルが流れている。それに屋上看板、広告幕、どこもかしこも街中の広告がアニメ漫画ゲーム。東雲女史のようなオタクとか観光客なら興奮するのだろうか。


「信号を渡って真っ直ぐ。そうすると赤いゲームセンターがあるからそこを右に……」


 女史の完璧な地図に惚れ惚れしながら人ごみをかき分け、先をゆく。

 常々思うのだ。不慣れな場所なら迷うのは道理。まして豆腐みたいに真っ白で特徴もない建物がずらり立ち並ぶ学園都市だと尚更だ。

 だけど女史の誘導はどうだ。これがあるおかげで初めて訪れる人混みの街をスラスラと踏破できている。最初から目的地に向かわせるのではなく、道標となる建物を中継するやり方。これには脱帽せざるえない。

 そして、ついに――


「ここ、だよね。店の看板は……教えてもらったやつと同じ!」


 人生初の快挙。歴史的な快挙にこの場所が相応しいかどうかは別として、兎に角、嬉しい。これも東雲女史のおかげ。お礼に祝福のキスでもしたいくらいだ。


「きーほるだー、かんばっじ、あくりるすたんど……あちゃあ、品切れだ」


 女史曰く、かなり人気だから品切れを覚悟した方がいいと言われていたがここまでとは。いくつかリストアップしてくれたけど買えたのはランダム封入のステッカーだけ。あと残っているのはわたしの顔より大きな超巨大たこ焼きクッション。主人公の大好物らしいけどグッズ化するほどのものなのだろうか。疎い人間には理解できない。志保が喜びそうだけど持って帰るのに手間取りそうだ。でも志保のために……うん、決めた。買っちゃおう。


「あっ」


 その刹那だった。手を伸ばした瞬間にたこ焼きが宙を舞い、隣の人の買い物かごに吸い込まれた。

 それ、わたしが買おうとしてたのに、なんて間が悪いんだろう。取られた以上買う権利はないんだけどさ、恨み節でも吐き捨てたくなる。喉元から言葉が飛び出る五秒前、わたしより先に動いたのは隣だった。


「ごめんなさい。ひょっとしてこれ、買おうと?」


 隣をよく見ていなかったので気づくのが遅くなったが女性だった。声の主を視界に収めてみると黒のキャップを被り、スラッと背が伸びた八頭身美少女――や、声を聞かなければ美男子と勘違いしていただろう。シンプルオブザベストというか、ギラギラと着飾ってないくせに芸能人みたいなオーラがある。お世辞ではなく本当に、春夏冬雅なんかよりずっとずっと……カッコいい。


「……あの」

「い、いえ、なんでもないです。どーぞどーぞ、買うか買わないか迷っていたので」

「でも」

「気にしないでください。それじゃ、わたしはこれで」


 びっくりした。わたしの顔、赤くなってないだろうか。顔がいい芸能人なんて飽きるほど見てきたと思ったのに、柄にもなくこのわたしが照れてしまった。

 なにも悪いことしてないが、居た堪れなくなってそそくさと会計を済ませて店を出ることにした。ここでは品切れだったけど、まだ女史に勧めてもらった店は残っている。気を取り直して再び人混みの中に身を投じた。

 気持ちだけは常に前のめり。他人のためとなれば諦める選択はない。


 でも結果はそううまくついてこなかった。女史が勧めてくれた店を全て回ってみたものの、最初の店で買ったステッカーしか置いてなかった。あのたこ焼きもアレが最後の一個だったみたい。

 途方にくれたわたしはペットボトルをあおりながら木陰で一休み。現実はそう上手くいかなかった。とりあえず女史に報告。既読を確認しないままスマホをしまった。


「あ! いたいた。探したよ」

「あぁ、さっきの」


 頭を上げれば先ほど巨大たこ焼きを譲ったイケメン……や、お姉さんが立っていた。その手には巨大たこ焼きを無理やり詰め込んだ手提げ袋もあり、額にはうっすらと汗を滲ませている。

 もしかしてあれからわたしを探していたのだろうか。


「どうしても譲ってくれたお礼を言いたくて」


 別に大したことはしてない。あの瞬間はちょっと熱くなったけど冷めてみれば一瞬でも躊躇したわたしが悪いだけ。なのにわざわざわたしを探してお礼だなんて、この人はすこぶる律儀だ。

 むしろその気遣いだけでお腹いっぱいだ。


「命の恩人とかではないんですから、運が良かったとでも思って忘れてください」

「そんなことない。あなたはわたしの安眠を守ってくれた英雄だ」

「えい……ゆう?」


 興味を焚きつけるには十分な言葉だった。単純ではないけれど、人間の感情なんて大抵の場合はパターン化できてしまう。たとえ志保だろうと雅だろうと、人となりを掴んでしまえば言葉の裏側に隠された感情が丸わかり。

 でも、この人はなんというか他の人間とは違う。

 感情が見えない。言葉に色がない。それなのに彼女の瞳は透き通っている。嘘をついているとは思えない。


 混沌の街、秋葉原で出会った謎めいた少女。


 地上の言葉で心境を語るなら――わたしは彼女に一目惚れした。



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