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第二二話 八月朔日会長の推理


 夜の静けさがやってきた。空の支配者を月にすげ替え、暗闇が世界の全てを覆った。

 漆黒に対してわたしの部屋は明るい、というより世界が白い。昼白色のライトにしろ、壁も床もキッチンも白、白、白。きっとこのマンションのオーナーは人が殺された過去を消し去りたいのだろうが、その拙い努力がかえって無惨に殺された死者を冒涜していると、今になって感じてしまった。


 どんな過去でも打ち消すことは不可能だ。なのに目撃者がいないのをいいことに、都合のいい話にねじ曲げようとする輩も少なくない。

 でもこの世界には不思議と罪を検知する作用があるようで、真実をねじ曲げる者には必ずしも白日の元に晒される時が来るものだ。


「今日はお招きありがとう」

「いえいえ、こちらこそこう、変に舞いあがっちゃって。さ、上がってください」


 どうだろう。帰ってきてすぐ新品の芳香剤を置いたし入念に消臭剤を吹きかけた。部屋の換気だって十分にしたつもりだ。少なくとも居酒屋みたいな匂いはしないはず。


「お邪魔します。この家、いい匂いだね」

 あぁ、よかった。仮にツンと鼻腔を刺激する香りがしたって、女子高生の家に向かって「変な匂いする」なんてデリカシーに欠けた発言をするとは思えないけども。名ばかりとはいえ、やっぱり学園の生徒会長。最低限のマナーは携えていた。


「適当にくつろいでてください」

「や、僕も手伝うよ」

 客人にも関わらず、人のいい会長は率先して手を貸してくれた。紙食器や紙コップを並べてもらったり、冷蔵庫から飲み物を取ってもらったり。


「なに飲みます? わたしのおすすめはですね、ウォッ……」

「ウォ?」

「あ、いや……う、ウォーター! 最近硬水にハマってまして。美容にもいいんですよ」

「そういや向こうは硬水だっけ。あまり食事のことは考えてなかったなぁ。なら一杯もらおうかな」


 以前住んでたところはワンルームの手狭なアパートだったから、人を家にあげることもなかったしもてなす経験も少なかった。「おいしージュース」ならば手厚くもてなせるけど、食事だけとなると用意できるのは限られてしまい、買ってきたのは寿司やらファストフードのチキンやら出来合いの品ばかり。八月朔日会長の口に合うか心配だったけど、テーブルに置かれた寿司桶を前にぐぅとお腹を鳴らすあたり、ほっとできた。


「さぁ、先に食べちゃいましょうか」

「え、春夏冬くんと結月さんは?」

「志保は書類に不備があったとかで学校に戻りました。もう一人の方は……探し物をしてます」

「探し物?」

「アイツ、『塩』に変なこだわりがあるみたいで、『ピンクソルト』じゃないと嫌だって自分の家に取りに帰りましたよ。塩に違いがあるのかって話ですけど」


 一通り、部屋の片付けはしたけれど、昨日の今日ではリビングのダンボールまでは片付けられず、狭くてすいませんと謝りながら床に敷く座布団を手渡す。紙コップに注がれた冷蔵庫から取り出したばかりの、キンキンに冷えた硬水とジュースで開幕の乾杯をした。


「でも意外だね」

「でしょう? 芸能人って細かくて面倒です」

「や、意外なのはきみの方だ」

「わたし?」

「この水然り、味にこだわっているのはきみじゃないか。違う?」

「うーん、塩とか砂糖に関してはあまり。調味料はどうでもいい、なんてこともなくて、醤油は辛い方が好きなんですよね。不思議です」

「……きみ、海外生活が長いくせに、江戸っ子みたいな味覚だね」


 いやぁ、それほどでもない。江戸っ子なんてそんな、褒められても「おいしージュース」しか出せないのにな。

 このまま鳥の囀りのような心地いい賛辞を独り占めするのも悪くない。会長行かないで、聞けば春夏冬みたいな連中がうじゃうじゃいるというじゃないか。その手綱を握るのは八月朔日会長の務めではないのだろうか。わたしは嫌だぞ。あんな面倒な連中の相手をするのは。


「あ、電話だ。ちょっとでますね」

 噂をすればなんとやら。テーブルに置いていたスマホがブルブルと震え出す。先に食べててくださいと伝えてから、声が聞こえないように廊下に出た。


「あぁ、どうでした? ……うん、そう、分かった。もう会長、来てるから」

 電話の向こうからいろいろとうるさい声が聞こえたけど無視して通話を切った。文句を言う暇があるのなら早く戻ってくればいいのに。あの寿司桶を運んだのは誰だと思っているんだ。


「なにかありました? 春夏冬くんの声が聞こえてきたけど」

「さぁ? 勝手にパニックになってて」


 と、改めて腰を下ろし、自分のコップに炭酸ジュースを注ぎ、仕切り直しの乾杯でようやく食事にありつけた。

 鮪、サーモン、昨日に引き続いて鯵。なるほど。これはなかなか。ショッピングモールにある寿司屋なんてと侮っていたが、春夏冬が太鼓判を押すので渋々買ってみたが、ネタの鮮度もいいしシャリも酢が効いていて美味しいじゃないか。春夏冬のことは今でも信用していないけど、頭の回転と面と演技、喫茶店の前例もあって味覚は信用に足るみたい。


「わたし、学園都市のこと、甘く見てました。世界中を渡り歩いて世界の全てを知った気になっていました」


 会長の留学とわたしの転入祝いを兼ねているパーティーなのに、切実な悩みを打ち明けてしまった。突然のことにキョトンとした顔でわたしの目を見つめてくる。割り箸でつまんでいたいくらの軍艦をサッと口に放り込み、一瞬で咀嚼して飲み込む。


「それは外部生、内部生、新入生、上級生、みんなが苦労してる。春夏冬くんみたいにすんなり順応できる子もいれば、まったく馴染めず卒業する子もいる。僕自身、この学園に馴染めたかどうか怪しい。だから留学って道に逃げたのかも」

「それは違いますよ! 逃げではなく決断です」

「そう、かな。そう言ってもらえると心が救われる」


 と、わたしの悩みだったはずがわたしが励ます番になっていた。

 生徒会室では偉大な会長に思えた彼も、学園から離れればただの男子高校生だった。……失礼、ただの男子高校生じゃなかったか。おぼっちゃま高校生に訂正。

 互いに吹っ切れたところでもう一度乾杯。見た感じ、会長は酒に強そうだから面白そうな飲み会になりそうだ。そんな未来がやってくる日が来たらさぞかし楽しいだろう。


「会長が今まで学園で困ったことってなんでした?」

「やっぱり内部生と外部性との争い……抗争だね、もはや。僕らの代の体育では内部と外部が分かれてた。ラフプレー上等、相手に怪我をさせれば歓声が起きて、骨を折れば英雄扱い。もちろん互いにね。だから学園側も危惧してる」

「一緒に暮らそうじゃダメなんですかね。わたしみたいな部外者が言える立場じゃないけど」

「今年の一年生は比較的落ち着いているみたいだけど。最近だと……、実はあまり言いたくなかったけど、蒼月全体が落ち着きがないんだ。学園でも去年の秋頃から無許可の宗教勧誘が起きたり、美術品が盗まる事件が多発したり、あとは……」

「四月に起きた、未解決殺人事件、ですね?」


 明るい話ではないことは分かっているが、今やあの事件は蒼月最大の謎。少なからず学園に影響はあるだろう。避けては通れない、話題にあげない方が不自然だ。


「事件はこの辺りで起きたって聞きましてね、素人ながら春夏冬と推理の真似事をしてるんです。これじゃあ『名ばかり探偵』ですね」

 と、互いに名ばかりの役職がついたことに陽気になって三度目の乾杯。二人きりでも会話がヒートアップしていく。


「ちょうどいいじゃないか。『お助け部』として頑張るなら探偵を目指しても」

「ジョーダンじゃありません。探偵なんてコソコソ人のプライバシーを嗅ぎ回る厄介な人種じゃないですか。そんなのになりたいだなんて真っ平ごめんです」

「ならあまりミステリーは好きじゃないんだ」

「謎解きとかフィクション上のミステリは好きじゃないです。あぁいう作り手の思惑が介入してるものが苦手なんです。だったら世界の七不思議とか都市伝説とか未解決事件を調べた方がマシかなと」

「だったら、今回の事件はどうだい? ある程度目星はついているのかい?」

「えぇ、だいたいは。でも真実かどうかも分からないですし……そうだ、会長は犯人は誰だと思ってます? やっぱり婚約者?」


 うーん、と顎に手を当てながらコップをあおぐ。イカを一口食べて咀嚼しながらむぅと考えていた。


「僕は……警察の関係者かと」

「ほう! 理由を聞かせてもらっても?」


「この学園都市で犯人が捕まらないなんてありえません。捜査でよっぽど不可解なことが起きているのか、もしくは簡単に公表できない事情があるのか。後者とするなら警察関係者の犯行と考えるのが道理でしょう」

「ありえなくもないですね。ただミステリとしてはちょっと味気ない終わり方ですね」


 ガラスコップに残っていたジュースを一気飲み、して冷蔵庫からロックアイスを取り出してカップに放り込み、ペットボトルからとくとくとジュースを注ぐ。


「まぁ僕はただの素人だ。自信はないな。それよか早く天塚さんの推理を聞きたいね」


 春夏冬然り、どうしてこうも他人は推理を聞きたがるのだろう。よく分からないけどそれほど聞きたければ天塚凛の推理を聞かせてあげようじゃないか。時間もちょうどいい頃合いだしね。


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