表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/30

第二一話 2-2-2


「ねぇ、会長さんって甘いもの好きかな」

「コーヒーと一緒にケーキ食べてるのはよく見かけたな」

「だったら四人いるし、ホールごと買っちゃおう! 凛ちゃんもそれでいい?」

「う、うん」

「ならその間、俺は頼んでおいた寿司受け取ってくる」


 眼前で飛び交う会話。おぼつかない足取りと不安定の意識のまま、現実が過ぎ去っていく。前回とは違い、身バレを防ぐため似合わない銀縁眼鏡をかけた春夏冬がパタパタと人混みに紛れていく。

 あぁ、頼むから置いていかないでくれ。今日は元気いっぱいの志保の声が頭にがんがんと響く日なんだ。それに油断しているといきなり手を引いて走り出しかねない。手綱を引いてくれないとわたしの、気分が……、うっぷ。どうしてこうなった。


    *


「『会長を送る会をしよう』なんて言い出すとは思ってもいなかった。二倍の経験値があるだけに気配りはできるのか」

「二倍って?」

「あぁ、いや、なんでもない」

 志保に余計なこと言うな、と釘を刺す気力もない。今は正気と記憶を取り戻すので精一杯。手がかりは昨夜、志保とやり取りを交わした痕跡だけ。体力を言い訳にベンチに腰掛け、緑茶を口にしながらスマホを覗く。


『オシャレな家具が売ってるところ? 私、知ってるよ。けど方向音痴の凛ちゃんが無事に行けるかなぁ』

「モーマンタイ」

『心配だなぁ、一緒に行こうか?』


 ここまではギリギリ覚えている。しかしここから記憶が曖昧だ。その証左に文字の打ち間違いが増えていく。なんとなく会話の歯車も合ってない。


「ほんと! うれしー」

「お祝いしないと。会長も呼ぼう」

『お祝い?』

「留学するんだ。ぱーと祝わないと。春夏冬は荷物持ち」

「アイツにはわたしが連絡しておくね」

 ここからはもう見るに耐えないやり取り。もちろん全く覚えてない。少なくとも正気を取り戻した今のわたしには、どこぞの空想家が適当に文字を打ち込んだとしか思えなかった。


「あの、空いている時間、あります?」

「急に天塚がパーティーしようとか言い出して」

『どこで?』『明日はお世話になった人に挨拶する予定だから行けても夜になるけども』

「ほんとですか!」

「天塚の家です。『東風公園』のすぐ近くにあるんです」

『りょーかい。六時くらいになるけどいいかな』

 こちらは春夏冬と八月朔日会長のやり取り。どうやら知らず知らずのうちに裏でとんとん拍子に話がまとまり、わたしの家で会長の留学祝いと天塚凛の転入祝いを行うことになっていた。いささか信じられないわたしに見せつけるように、昨夜行われた春夏冬と会長のメッセージのやり取りを見せてもらった。迷惑を振りまいた以上、断ることもできず、申し訳なさからパーティー資金は全部受け持つことに。


    *


「体調が悪いなら言えばいいのに」

「いえ、これは、なんというか多々あることなので」

「難儀だな。二日酔いみたいに見える」

「…………そーですね」


 午後、ショッピングモールに集まったわたしたちは各々好きなものを買うことに。もちろん支払いは宣言通り、わたしのポケットマネーで。もうインテリアのことなんて頭からすっぽりと抜け落ちていた。

 志保のお気に入りの洋菓子店は連日大行列とのことで、春夏冬が戻ってきても志保が来る気配がなかった。


「俺なりに考えてみたんだけど」

 返事をするのも億劫だ。こちらの状態を汲み取ってくれたのか、軽く首を振っただけで話が進んだ。


「犯人は婚約者じゃない。警察が拱いているのは物的証拠、殺人で使用された凶器が見つかってないからだ。血のついた刃物を処分するのは簡単じゃない。この学園都市なら尚更だ。だから犯人は凶器をどこかに隠した。灯台下暗し、凶器はまだあのマンションのどこかだ。それを可能にできるのはマンションの管理人だ」


 右手に持っていた緑茶をあおぎ、深く息を吐く。

 うん、少し落ち着いた。今なら春夏冬の声が頭に残る。思考を掻き回す余裕もある。


「凶器が見つからないというのは当たっていると思います。ですが、殺す動機はあるのでしょうか」

「そりゃ、裏でトラブルがあったとか」

「昨日、初めてお隣さんと会ったんですけど、これといったトラブルはなかったと言ってました。動機もなしに人を殺めるなんて考えられません。それに警察だって見つからない凶器があればくまなく捜査するでしょう。管理人さんしか立ち入らない場所で発見されれば、もはや自白も同然です」

「だ、だったら犯人はそのお隣さん……」

「バカなこと言うな。犯人に仕立て上げようものなら罰が当たりますよ。ただでさえ、こんな気持ち悪い事件なのに」

「まぁ、こんな猟奇的事件なんてなかなか起こらないからな」

「……なに言ってるんです? 気持ち悪いってのは現場ではなく、犯人ですよ。なんていうか、全てがチグハグなんですよね。わたしが言いたいこと伝わります?」


 春夏冬は首を左右に振る。うっぷ、動くものを見ると気分が悪くなる。


「……犯人はこの管理された都市で未だに逃げ続け、証拠すら残していません。犯行を緻密に練った知能犯かプロの仕業と考えたほどです。ですけどあまりにも杜撰だと思いません? 一人暮らしの女性が赤の他人を家に入れるなんて考えられません。となると必然的に知り合いの犯行、せっかく完璧な殺人計画を作り上げたのに警察に疑われては元も子もありませんよ」

「とすると、犯人は絶対的なアリバイがある人、か。アリバイ崩しなんてミステリみたいだ」


 他人事みたいにぼやく春夏冬。実際そうなんだけどさ、未解決事件に浪漫を抱くのは時期尚早ではなかろうか。ま、素人があれこれと推理している時点で自分も同類だ。


「――あるいは、その真逆」


「はい?」


 予想外の一撃に春夏冬は顔を顰めた。

 無理もない反応だ。自分でもこの推理は荒唐無稽だって理解している。だからこそ誰かに打ち明けるつもりはない。たとえ春夏冬とも言えども。


「にしても、志保は来ないね。電話してみようか」

 話を遮るなと言わんばかりに不服そうな顔をする春夏冬を無視して電話をかけてみた。

「ごめん凛ちゃん! 実はかくかくしかじか……」

 と、その申し訳なさそうな声で事情を話す。聞けば先ほど赤城先生から連絡があり、午前中に提出した部活の申請書に不備があったようで学校に戻らないといけないとのこと。それならわたしがどうのこうのと言える立場ではない。


「本当にごめん! 判子が必要だって知らなくて。これから寮まで取りに帰らなきゃいけないの」

「うん、分かった。みなまで言わなくたっていいよ。わたしは大丈夫。それにパーティーを開くのはわたしの家。家族もいなければ迷惑をかける人はいない。もし志保が疲れていなければ、いつでも来ていいから。……でも判子くらい明日でも大丈夫じゃない?」

「それはダメだよ! 今できることはすぐやらないと。問題を後回しにしてたらどんどん溜まっちゃう。どんなに簡単なことでも時間が経てば面倒になる。それは凛ちゃんも分かるでしょう?」

「そ、それは……」


 何も言い返せなかった。面倒くさがりとして生きているからには正論にしか聞こえない。

 わたしの場合、面倒ごとはのらりくらりとかわして関わらないようにしているし、仮に義務となれば他人に丸投げして最小限のエネルギーでやり過ごすし、相手の好意に甘えて効率を優先する。今回だったら赤センに無理言って期限を引き伸ばしてもらったりするだろう。

 これも経験の賜物。捻くれた考え方なのは理解しているけど、これが天塚凛の生き方。

 言葉に詰まったわたしは「頑張ってね」と手軽な励まししかできなかった。


「かくかくしかじかで志保は帰りました」

 とりあえず春夏冬に報告。可愛いらしいクラスメイトが来なくなってさぞかし残念だろう。

 もうペットボトルも空だ。甘いものが一品足りなくたって会長は気に留めないだろう。ならさっさとここを離れて準備をしないと。荷物は全部、春夏冬に丸投げしてっと。


「おぉい、まてよ、まだ話を聞いてねぇ」

「話、とは?」

「真逆だなんとか言ってたじゃないか。……実はお前、ある程度、犯人の目星をつけてるんじゃないか?」

「目星なんてそんな、贅沢なものではありません。妄想と大差ないです」

 そう、これは妄想だ。推理なんかではない。こう言えば諦観すると思っていた。


「妄想でもいいから教えてくれよ。警察に話そうってわけじゃないんだし」

「あのですね、妄想だろうと言葉にしてしまえばこの世界に記録されるのです。自分にしか理解しえないものだからこそ妄想なのであって、誰かに話そうものなら根拠がなかろうと推理になります。決して意地悪しているのではなくて、言ってはいけないんです」


 説得はとうより諦めている。

 目に見えないものを信用しろっていったって知恵ある人間が簡単に信じるわけがない。しかしこの世界にはまだまだ科学では証明できていない不可思議が詰まっている。人間が発する言葉に不思議な力が宿っていることを知るのは一部の存在だけ。これで春夏冬に嫌われてしまっても構わない。


 重くのしかかる重力に抗って両足に力を込めた。若干頭がふらふらしてぎこちない動きだけど、なんとか家までは歩ける。そんな生まれたての子鹿のような歩き方をするわたしを春夏冬は力強く引き止める。


「なにするんですか」

 無言で腕を掴んでくる彼に怒りの感情をぶつける。


「お前はバカじゃない」

「はぁ? なに当たり前のことを」

「推理だろうと妄想だろうと、辻褄が合わないことを考えるほどお前……天塚凛はバカじゃない。言わないのは証拠がないだけで見当はついてるんだろう? だったら俺が見つけてくる。お前の正しさを証明してやる」


 なぜこの男はここまでわたしを信用しようとするのだろう。出会ったばかりの赤の他人、加えてわたしはコイツを信用したわけじゃない。

 なぜここまで言い切れる? 「俺が見つけてくる」なんて無責任な発言だ。凶器は月の裏側にあると言ったら取りに行くのか。覚悟がないのにおいそれと軽口を叩かないでほしい。


「無責任な」

「なら今ここで俺の男気も証明してやるよ」


 はぁ、どうしてわたしはこんなやつと一緒にいるんだ。一瞬でもコイツが聡明だからと探偵の真似事をしてしまったのが過ちだったのかもしれない。初めて学園に赴いた時、少しでも時間がずれていれば志保と会うことも名ばかり生徒会と関わることも、この妄想を抱くこともなかった。生まれる前から身に染みついている巻き込まれ体質を呪う。


 不幸が連なった時、いつもいつも逃げていた。それが間違いなんて思わない。逃げるは恥だがなんとやら、むしろわたしは最善だと思っている。


 しかし今日に限っては正論を見せつけられたばかり。頭に焼きついた忌々しい言葉が呪いとなってわたしの身体を支配した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ