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第十九話 叩けば直る

 

 午後は会長と共に部室の片付けに追われた。午前と比べたらここは天国。快適な環境で椅子に腰掛け書類整理なんて天界の天使たちだって羨むはずだ。午前と変わらず校内を駆け回る春夏冬は御愁傷様。なむなむ。


 にしても、名ばかり生徒会というのは伊達ではないようだ。書類にしたってファイルにしたって埃の海から探すようなもの。名ばかりとはいえさすがは会長、余分なマスクを用意していた。風邪でもないのにマスクだなんて面倒だけれど、なければくしゃみが押し寄せてくるから仕方ない。できればビニール手袋も欲しかったなんて我儘だろうか。

 と、いけない。ファイルからなにか落としてしまった。これは……写真、だろうか。


「ねぇ、会長さん」

「ん、どうかしました?」

「ここって昔から人がいないんです?」

「いや、僕が一年の頃はまだ何人かいました。それこそ学園都市の広報としてバリバリ活動してね。でも春夏冬くんのような有名人が入ってくるようになって、わざわざ生徒側が手間暇かけて宣伝する意味がなくなって、生徒会は権力を失って『名ばかり』になった。でも急にどうして……あぁ、その写真、懐かしいね」


 拾い上げた写真は埃で薄汚れていたものの、艶々と光沢を放っているし画質も悪くない。男女五人の生徒の集合写真。最近の写真というのは分かったが、それならば八月朔日会長が映っていないのはおかしい。訊けばこの人たちは八月朔日会長が入学する前年の代。まだ生徒会の威厳があったからか全員笑顔だ。彼らはこの名ばかり生徒会の惨状を見て何を思うのだろう。


 訊けば写真の中央にいる背の高い女性が前の前の前の会長。現在彼女はアメリカに留学中だとか。優秀ゆえに生徒会長を務めた生徒のほとんどは留学しているそうだ。


「将来を担う有望株ですか。羨ましい限り……ですけど」

「ですけど?」

「わたしに言わせれば、一度きりの人生、たまには立ち止まってのんびりするのもいいと思います。別に成せばならない使命があるわけでもないんですし」


 学園で初めてこぼす本音だった。先の長い人生なのだから勉学だけでなく世界を遊び回ってほしいもの。どんなに努力して優秀な成績を残したって、誰かに認められてもらえなければ意味はない。だからわたしは努力とか根性とか、根拠のない精神論を放棄した。わたしより優秀で権力ある存在が世界を回してくれるなら、一般人は静観してただ恵みを享受して生きればいい。この世界に必要な人材は自ずと現れるものだ。そんなわたしに「耳が痛いね」と会長は自嘲していた。


 極楽での作業はスムーズに行われ、乱雑に放置されていた書類もあらかた片付いた。

「終わらないだろうと思ってたけど、なんとか終わりそうだ。天塚さんがしっかり働き者で片付けもできるから助かった」

「いえ、これくらい容易いです」


 それはなにより。でもこれくらいのお手伝いなら小学生だってできそうだ。それなのにあたかも優秀みたいな言い回しをされると調子狂う。


「きみや春夏冬くんみたいな子がもっといてくれたらって常々思うよ。この学園には片付けさえもままならない子が多くてね。ほら、この棚を見てごらんよ」


 と、会長がガラガラと戸棚の引き戸を開ける。なんてことはない、学園のファイルが並べられている。けれどよく見れば背見出しのラベルに書かれた数字が見事にバラバラ。不揃いかつ上下逆さまのファイルに思わず鳥肌が立ってしまう。よく勘違いされるが面倒くさがりと几帳面は全く異なる性質。面倒くさがりでも本棚は整理整頓されていたり、几帳面でも毎日歯磨きをしなかったり。わたしはよく瓶を背の順で片付けるから変に並べ方にこだわりを持っている。


「な? こうごちゃごちゃされてたら、その時必要なファイルを見つけられないだろう? 発とうにもどうしてもこれが気になっちゃって」

「その気持ち、すっごく分かります。冷蔵庫の棚とか整理しがちですよね」

「そうそう! 僕の場合、病的なくらいこだわりが強すぎて困るんだ。だからノートとか筆記用具なんかも昔から使ってるもので統一したくて、定期的に日本から送ってきてもらう」


 意外な共通点が見つかり会話も弾んだ。

 この学園には天才的な人も多いけど頭空っぽのロクでなしも多いとか、昔と比べてマシになったとはいえ内部生と外部生が絶えないとか、名ばかり生徒会長の切実な文句を聴きながらファイルを片付けた。留学するほどの秀才で大企業の御曹司だから常識外れなのかと思えば、志保や春夏冬、学園で会った中で一番の常識人だ。

 そんな極楽での作業の中、外から額に汗を溜め込んだ春夏冬が帰ってきた。


「あっちぃ、これで一通り配り終わった」

「お疲れさん。僕の我儘、聞いてくれてありがとうね」

「いえいえ、これくらい。会長のためですから」


 仲睦まじいやり取りをしながら、テーブルの上に置いていたノートを団扇がわりにしていた。フィボナッチ数列と見間違いそうになった順番も違和感のない数列に元通り。


 わたしの目まぐるしい働きにより、明日までかかると思われた生徒会室の片付けはこれにて終わり。会長は明日、お世話になった先生に挨拶をするために半日だけ登校するようだ。


 しかしわたしはどうも気がかりだ。会長にはストーカーがいると聞く。本人は一切気にする素振りはないけれど、その心中は穏やかではないだろう。もしも力があれば犯人探しを手伝うけど……ないものねだりをするほど自分は強欲ではない。それに会長は留学する身なのだし、むしろストーカーが英国まで飛んだら逆にあっぱれだ。

 生徒会室の戸締りを済ませて鍵を職員室に返却。三人揃って豪勢な正門を潜った。


「俺たち、これからちょっと寄るところあるので」

「おや、早速お手付きかい?」

「揶揄わないでください。一応はクラスメイトなんで、色々と教えてやろうかなと」

「ふふっ、冗談だよ。それじゃあ二人とも、本当にありがとう」

 と、八月朔日会長は深々と頭を下げた。短い間だったけどわたしも楽しかった。だから会長もどうか元気でいてくださいと心から願った。


    ◇


「で、どうです?」


 会長の姿が見えなくなったあと、周りに誰もいないことを確認して春夏冬に尋ねた。一人で歩き回っていた時のことは知らないけど、会長がいる前ではいつもの春夏冬を演じていた辺り、さすがだと思う。


「あくまでも俺が感じたありのまま。他言無用な」

 えぇえぇ、分かっていますとも。元気よくうんうんと頷いた。


「感情が、ないんだ」


「……ん?」


「職業柄、周りには人間観察を得意とする人が多くてね。その影響か俺も人並みに他人の腹を探れるんだ」


「ほぉ、こそこそ嗅ぎ回る探偵みたいですね」


「褒めてるのか貶してるのか分からないな」


「それで、どうして感情がないだなんて?」


「俺たちみたいに感情の切り替えができる人種は別として、ずっと人間観察しているとパターンってのが見えてくるんだ。結月みたいに感情を素直に吐き出す人、うちの担任の赤城なんかはおっとり刀だけど抜け目のない人、徹底的に本音を隠して建前だけで生きている人もいる。けど会長だけはどれにも当てはまらないんだ。良くいえば個性的、悪くいえば……人間らしくない」


 冗談にしか聞こえなかった。感情がない人間なんて存在するわけがない。言語を介さない赤ん坊や動物にだって大なり小なりの感情はあるのだ。知恵ある人間、ましてあの人柄のいい会長に限ってありえない。


「でも午後はずっと会長のそばにいましたけど、おかしなところはありませんでした。確かにちょっと几帳面でしたけど。あとは……腰が辛そうでした。座ってる時とか立ち上がる時とか姿勢がぎこちなかったくらい」


 一見すると不毛のやり取りと思われるかもしれない。けれど春夏冬の「慧眼」を無視しないわけにもいかず。ひょっとするとボタンの掛け違いなのかもしれないと、先入観を捨ててもらうため、今日の出来事を簡潔に伝えた。

 しかし春夏冬は納得してない表情だ。どこまで強情なのかと呆れたが、意外な言葉で切り替えされる。


「あれからガラス玉を確認したか?」

 そういえば見てない。あれからどれだけ溜まっただろう。深々と頭を下げられてまで感謝されたからたっぷり溜まっても不思議じゃない。期待を抱いたままガラス玉を取り出すも……あれ、あれからなにも変わってない。また壊れたか、叩けば直るかな。


「おいおい叩こうとするな。本当に壊れたらどうする?」

「というと、きみは証拠もないのに壊れてないって言いたいんですか」

「証拠ならそれだ。色が変わらない、つまり感情がないって裏付けだろう」


 …………なにも言い返せない。


 反論できなかった。唯一残された神秘を疑うほど愚かでもない。

 人間が感情を動かせば少なからず感情は溢れる。

 人間が誰かと向き合えば、人間が行動すれば、人間が口を動かせば感情は動く。

 どれだけ訓練しようと頭脳明晰だろうと誤魔化せない、この世の摂理。


 八月朔日会長はどう思っていたのだろう。

 感謝したとしても、それとは真逆の感情を抱こうと、それを否定する権利はない。

 しかし無感情とは――元神秘の専門家でもさっぱり分からなかった。


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