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第十五話 Black or White


「蒼月学園正門」、通称セントラル駅。東京からの電車とモノレールが接続する「東門前」と、蒼月を張り巡らすバスターミナルがある「正門前」さえ頭に入れておけば生活に困らない。とりあえず明日はこの時計台に来ればいい、と帰り際に春夏冬が教えてくれたおかげでなんとか辿りついた。しかも待ち合わせ時間の五分前! 文明の利器に頼らないで来れるなんて奇跡だ。ひょっとしたら明日、この世界が滅びるかもしれない。


 よくも昨日はバカにしてくれた。のこのことやってくるであろう春夏冬を驚かしてやろうと軽快に足を進めたが、時計台の下にはおしゃれなベージュのベレー帽とサングラスをかけた見慣れた面々がいた。


「よう、時間通りだな」

 ぐぬぬ、敗北を見せつけられているみたいで気に食わない。そんな苛立ちも結月の笑顔を見ると一気に吹き飛んだ。


 さして蒼月に詳しくないわたしは二人に案内を任せる。まずはバスに揺られること十分、関東でも最大級の面積を誇るショッピングモールにやってきた。夏休みの休日ともなると気が滅入るくらい混んでいた。

 放課後の定番といったらここ。他とは違って蒼月では制服が身分証のようなもので、夜遅くや立ち入り禁止区域でもない限り、制服の方が都合良いこともあるようだ。だから放課後なんかは制服姿で堂々とショッピングしていても注意されない。そんな時は北門から歩いた方が近くて早いとか。

 ふらっと歩いただけでもよく見かける名前がちらほら。案内板を見ればアパレルはもちろん、雑貨やグルメ、映画館にゲームセンターがずらり。なるほど、蒼月の学生が外に出る理由がない。


「今は通販でなんでも揃うけど、やっぱり自分の目で見て選びたいよね」

「……まぁ、たまには良いかもね」

 最近できた結月お気に入りのスイーツがあるとのことで誘われたが、人混みが苦手なわたしはすっかりと酔ってしまい限界だった。春夏冬もいることだし、また今度二人で行こうと約束した。


 近くのベンチに腰掛けて次の目的地を相談する。美術館、水族館、温泉施設にスポーツジム……結月の口からのべつ幕なしに行き先が飛び出してくる。さすがは学園都市。なんでもござれ。あぁ、なんだか眩暈がしてきた。


「大丈夫? アイスクリーム食べる? 近くで売ってるから買ってきたげる」

 そんな心配しなくても少し休めば……って、もういない。パタパタと駆けていく小さな背中を見送り、ふぅと大きく息を吐いた。天を仰ぎ、ふわふわと漂う雲を眺める。


 つい一週間前は東京にいて二学期はどうしようとてんてこ舞いだったのに、今は頭を空っぽにして青空の雲を眺めている。

 わたしもまだまだ地上を理解してないな。人間の感情は愚か、数歩先の未来も分からないなんて。あらゆる責任を放棄して逃亡してきた世界で過ごせば過ごすほど、己の未熟さを思い知らされるなんて皮肉な話なんだ。


「体調良くないなら今日はお開きにしたっていいぞ」

 結月一人分の隔たりから心配する声が聞こえてくる。

「そんなに顔色悪いです?」

「でかい壁に突き当たったような思い詰めた顔。よく撮影現場で見かけたよ」

「……ただ昔を思い出しただけだから」

 余計な心配をさせたようだ。少々突き放すように答えると春夏冬も口を開くことはなかった。


 これは別に、春夏冬雅という人間が根本的に好きではないとか、信用できる人間に打ち明けたいとか、そういう次元の話でもない。でかい壁にぶち当たったわたしはその場で尻込みして、どうする手立てもなく逃げた。それだけの話。


「お待たせ、チョコとバニラどっちがいい?」

 とてとてと、器用にも両手で三本のカップを持って帰ってくる結月。女の子は生涯、甘味の従者。ちっぽけな憂鬱なんてソフトクリームを前に失礼だ。

「雅くんはチョコミントでよかったよね」

「おっ、気がきくね」

 チョ、チョコミント? それはまた……アレだ。味の好みといい、芸能人といい、性格といい、多分こいつとは一生相容れない関係だ。

 チョコもおいしーけどバニラも北海道牛乳とかで濃厚だよと太鼓判を押され、ならばとバニラを食べてみる。……ん、結月の云うとおりだ。味に深みがある。真夏で食べるソフトクリームは格別だ。つい二人を無視してペロリと平らげでしまった。


「八月朔日会長、無事に留学できるといいけど」

 結月もあとひとすくいで食べ終わるなんて思って眺めていたら、唐突に意味深なことを呟いた。まるでこのまま順調に進まないような口ぶりだ。

「異国の地に行くのは誰だって怖いですよ」

 いないところで後輩に心配されるあたり、会長の人望が伺える。

 しかしわたしたちにできることなんて生徒会のお手伝いだけで、成功も失敗も全ては会長次第。心配する結月には一般論で宥めよう。


「……や、そういう話じゃないんだ。あの人、ストーカーに狙われてるんだ」

 面白くない冗談だ。子役だか演技派だか知らないが、本当に聞こえるような演技で重苦しく話すなんて笑えない。でも笑顔が素敵な結月でさえ崩している状況だ。


「あの人絶対に表にしないから気づきにくいけど、たまに愚痴をこぼすんだ。早朝のランニング中に尾行されたり、寮に宛先不明の手作りお菓子が届いたり、結構な被害にあってるみたい」

「警察には?」

「それがあの人、他人に迷惑かけたくないからって警察にも行かなくて。本当は俺たちにも知られたくなかったみたいだけど、噂で知っちゃって」

「本人は『留学するから大丈夫』の一点張り。なんだかんだで今日まできたけど少し心配でさ。最近被害にあったって話も聞かないから余計にね」


 あくまでも想像のお話。

 ある時、八月朔日会長と出会い、優しそうな風貌にあてられて一目惚れした。蒼月の生徒であることを知るが、なんらかの事情により真っ当な方法で真っ当なコミュニケーションを取れず。捻り曲がった過度な好意を寄せたまま、相手が海を超えて遠方に飛んでしまう。どの失意たるや絶望に至るのも容易く、彼が離れる前に「大それた計画」を実行する、なんて……はぁ、ダメだ。ストーカーの心情なんて理解したくもないからフワフワしたことしか思いつかない。人間は優れた存在だけど時には理解できないことをしでかすから恐ろしい。


 結月の手元のアイスはすっかり溶けてドロドロの液体になっていた。アレほど美味しそうに頬張っていた結月の手が止まっていた。


「生徒会を手伝ってくれるのは正直ありがたいよ。会長はなんでも一人で抱え込む性格だから、天塚みたいな強引なやつが来てくれるとバランスが良いんだ。……だからもし異変を見かけたら会長には伝えないで、必ず俺に教えてくれ」

 強引とは少し心外である。

「それは別に構いませんが、怪しい人間なんて警備で弾かれるでしょう」

「ストーカーが余所者なら、な」

「……身内の犯行とでも?」

 春夏冬は深く頷く。サングラスの下から見える目はジッとわたしを見据えている。


「おそらくだけどな。ここからはあくまでも素人の妄想だ。口外にしないって誓うなら話す。結月もいいな?」

 わたしも結月もうんうんと何度も首肯する。肯定も否定も、判断するのは春夏冬の推理を聞いてから。蒼月に来て三日目の新人はまず情報を集めなければならない。


「会長はストーカーに心当たりがあるんじゃないかって。周りに話したがらないのも警察に相談しないのも、犯人が身内だから」

 そんな話があってたまるかと吐き捨てたくなる。ストーカーは相手に手が届かないからこそ裏からコソコソするのであって、知り合いならストーカーになる必要がない。まして迷惑がかかるからとストーカーを気遣うなら、むしろ止めろと咎められない会長にも責任が出てくる。だから春夏冬の推理は見当違いだと思った。


「結月はどう思う?」

「――あのさ」

 人目を気にしてか、打って変わって耳を研ぎ澄まさないと聞き取れなかった。


「――あの事件の犯人、って線はないかな」

 あの事件――蒼月新人でも一つの事件が頭に浮かんだ。


 学園都市蒼月で起きた最初の事件。一人の女性が自宅で殺された悲惨な事件。未だに犯人が捕まっていない未解決事件。

 春夏冬の推理よりは納得できる。厳重な警備を掻い潜れる手段を犯人だけが持っているとすると、警察が捕まえられないのも頷ける。

 地上の発展には目を見張るものがあるけれど、世界はまだ未知で包まれている。それこそ何気なく受け入れている日常にもからくりが見え隠れしている。からくりさえ分かってしまえば悪用するのも容易で……いわば「神秘」なんて誰にでも起こせる。

 当然ながら最初からタネを知る存在が全知全能を語って介入してはならない。なんせ人類が長い時間を積み重ねて辿り着く瞬間を待ち侘びているのだから、ネタバラシなんて許されるわけがない。暗黙の了解、というより禁忌だ。

 ……なのに今回はどうもきな臭い。優秀な警察が犯人を捕まえられない理由も「神秘」相手なら頷ける。


「お、おい、怖がらせたじゃないか」

「あ、ごめん。で、でも学園内は警備が厳重だから大丈夫! 街中だとしても凛ちゃんが住んでるところなんて警察が見回りを欠かすわけないんだから安全だって」

「そうそう! 別に事故現場に住むんじゃあるまいし」


 言葉通りに解釈すると、事故現場に住むわたしは危ないと。春夏冬はそう思っているのだろう。正直なことを云ってくれて助かるよ。これでわたしも心置きなく距離を置ける。


「ま、俺たちの手で犯人探しをしようって云いたいわけじゃない。これ以上、心配を増やさないよう目を配ろうってこと。……それにしてもストーカーも運が良かったな。会長が温厚だったから済むものの、八月朔日に手を出したら蒼月で生活できないのに」

「逆に会長がどうしてあそこまで優しいのか分かんない。このショッピングモールだってうちのものだぞーって云ってやればいいのに」

「ガキの喧嘩じゃないんだ。家柄で勝負するなんてダサいやつがやることだ。自分自身の力で勝負しないと」

「だったら学園で一番は雅くんだ。云わずと知れた超有名人――」

「――え? 春夏冬雅くん?」


 ちょうど暗い話から明るい希望を見出した刹那、わたしたちの前を通り過ぎようとした二人組のカップルがこちらを振り向き声を上げた。てっきり興奮して声が上擦った結月がうるさいのかと思えば、女の子の方が雅を指差している。それにつられるように彼氏の方も雅を見て「あぁ!」とでかい声を上げた。


「――はは、どーも。……おい、移動するぞ」

 こっそり結月に耳打ちをすると予備動作もなく静かに立ち上がり、そそくさと最初に来た方向に足を進める。自分たちが原因とはつゆ知らず、「デートの邪魔しちゃってごめんね」と謝ってくるカップルに脇目も振らず、ショッピングモールを後にした。


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