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第十話 間話


「お前、ほんと大丈夫か? 学園祭とか部活のことでずっと動き回っててさ。さっきの話、冗談じゃなくなるぞ」

「だいじょーぶ。こう見えて結構体力あるからさ」

「だとしても……精神の疲れは目に見えないし、気づいた時にはボロボロなんてザラにある。学園祭委員ってもう一人いたろ。誰だっけか」

「ふふ、心配してくれるの? ありがと。雲雀くんなら打ち合わせに時々参加してくれるよ」

「時々って……いい加減だな」

「その代わり、私が好き勝手できるからいいけどね」


 天塚の家から帰る前にどこか寄ろうって話になって、近くのファストフードで飲み物とフライドポテトを注文し、ダラダラと学校のことを話し始めた。

 結月との関係は意外にも良好だったりする。なんだかんだでクラスで一番会話するんじゃないかな。芸能界とは関係なく、気軽に学校の愚痴を話せる関係を築いている。


 数本束ねたフライドポテトにケチャップをたっぷりつけて口に放り込む。そうしたら今度はオレンジジュースを飲む。

 俺のような有名人がこうやって学生のひとときを享受できるのは蒼月だからこそ。そういう意味ではこの街にすごく感謝してる。

 

 アイツのことも心配だったけど、個人的には結月の方が心配だったりする。いつも通りを振る舞う姿が却って痛々しい。本人は気づいていないだろうが声の合間に小さなため息をついている。学園祭まで一ヶ月しかないのだから疲れるのも当然。まして面倒なやつらが集まる1組を束ねなければならないのだから心労が溜まる一方だろう。

 俺が手伝ってやれればいいのだか、俺のような外部組が関わると逆効果になるのは目に見えている。蒼月学園の内部と外部の隔たりは俺たちの想像より大きく、下手に部外者が関われば、親のかたきと言わんばかりに内部組が徒党を組んで対抗してくる。となると学園祭のことは委員に任せる他ないのだ。


「あのくじ引き……話が違わないか?」

 俺たちのクラスは「蒼月異性装総選挙カジノ」という「頭痛が痛い」みたいな字面の出し物。

 要約すると生徒が男装女装をしてカジノで客をもてなし、誰が一番似合っていたか投票する出し物……らしい。「らしい」というのも俺もよく知らない。

 執事部門、メイド部門で一位に選ばれた人はキスをするという、昨今ならセクハラと捉えられかねない罰ゲーム付き。しかも総投票数で負けた陣営は撤収作業という拷問もついている。


 それだけは是が非でも避けたい。去年ゲストとして終わりまでいたけれど、最後はもう地獄のようだった。


 四日間にも及ぶ祭りで疲労困憊の生徒が死屍累々となって片付ける光景。ゴミ捨ての指示役なんて「うー」と「あー」で済ませるわ、興奮冷めきって垣根でうずくまる生徒もいたり、人の往来が激しい道のど真ん中でチョークでなにかを書き込みながら「理論上タイムマシンは不可能じゃない」と呟く輩もいた。その理論を聞いていた他の生徒は「エウレカ、エウレカ」と泣きながら拍手を送っていた。……正気の沙汰とは思えない昨年の光景が脳裏に焼き付いている。俺は本当にここに入学してよかったのかと悔やんだ覚えもある。

 

 人間としてのナニカを賭けた大事な組決めの際、くじ引きを用意した結月がこっそりと俺に耳打ちしてきたのだ。「凛ちゃんと楽しい学園祭を過ごしたい?」かと。


 芸能界で培った演技力で感情を表にしなかった。が、心の中では何度も首肯していた。無言で肯定を表すと「なら箱の内側に貼り付けた紙を引いてね」と囁いてきたのだ。


 そう、見た目はほんわかしているくせにイカサマを働いていたのだ。それには結構驚いた。でも俺は自分の欲望に従って密かに悪魔と契約を結んだ。


 説明を聞かなかったのが悪いと言われればそれまで。だけどクラス中の視線を浴びたあの状況で密談できるわけもなく、てっきり俺は天塚と同じ陣営になってあれこれするとばかり。片付けの話を聞けばアイツは絶対に嫌がるはず。だから俺が執事陣営になれば絶対に票は集まるし勝てるし、ついでにアイツの男装を拝むことができる――のに、貼り付けてあった紙には「メイド」と書かれていた。

 結月は最後のフライドポテトを摘むと、それで俺の方を指してきた。


「雅くんって結構ポンコツだよね。二人が違う陣営になれば、合法的にぶっちゅーできるんだよ。凛ちゃんは中身は別として見た目は芸能人には負けないから、しっかり男装すれば多分一位になれる」

 見てくれに関しては同意だ。

「それに雅くんが執事だと圧勝してツマラナイ。学園祭なんだからみんなが楽しまないとね」


 一応それも同意。青春はみんなが主人公なのだから、みんなが楽しまないといけない。プロがプロの土俵に立てば負けないのは必然だ。

 浅はかな思考に反省した。けど、浅はかなのは結月にも言えることだ。……彼氏がいる女の唇を奪えなんてどうかと思う。


「ま、ルールだし」

 最後の一本を幸せそうに噛み締めている。

「ルールだからなんでも許されると思うな」

「ん、でもさ……、本当に彼氏いるのかな?」

 不思議そうに呟く結月にその根拠を尋ねた。

「凛ちゃんの家、ごちゃごちゃしてたけど男っ気なかったんだよね。引っ越してきたばかりだからしまってあるのかもしれないけど、彼氏との写真の一枚や二枚あってもいいのに」


 確かに、と心の中で納得してしまった。思えば「彼氏がいる」と聞いただけで、その人の顔も知らないし、それ以外のエピソードも聞いたことがない。秘密主義者だから、と納得できる部分もあるが、それにしてもあまりにも内容が空っぽだ。だけどいると嘘をつくメリットもわからない。

 ……変わり者の思考を考えるほど時間の無駄はない。


「男なんだから負け戦だろうと突っ込まないと」

「なんでだよ。敗北が目に見えているのに、勝負を仕掛けるバカがどこにいる」

「私」

「は?」

「私なら負け戦だろうと……、たとえ困難な状況だろうと自分を通したい」

「意外だな。そんな性格だったっけ?」

「学校ではそんな状況がなかっただけ。私は昔っから頑固だよ。……ふふっ、雅くんの周りには似たようなのが集まるね」


 うっさい。それは少し自分でも気にしているのだ。なんで自分は厄介な人間に懐かれ、惹かれてしまうのだろうと。自我がない、ふにゃふにゃした人間よりかはマシだけど。物心ついた時から自我が強い人間に揉まれたからかな。

 結月は「やることがあるから帰るね」と帰り支度を始めた。プレートに乗ったゴミを仕分けし、紙ナプキンで軽くテーブルを拭いた。横に置いていた鞄を肩にかけて席を立とうとしたが、「あ」となにかを思い出したようで再び座り直した。


「そーいえば、雅くんはどうして凛ちゃんの家の場所知ってたのかな?」

「……え」

 結月の鋭い指摘に思わず硬直してしまった。

「私も家の場所はなんとなく知ってたんだけどさ、住所までは覚えてなかったんだ。だけど雅くんは駅降りてスーパー寄って、真っ直ぐ凛ちゃんの家の場所に進んだよね。どうして? 最初から知ってた?」

「そ、それは……」

「私って気になったことは調べ上げる性格でもあるんだよね。……明日から見せてあげよっか」

「勘弁してくれ」

「ふふっ、ジョーダン。テレビじゃ観れない顔だからつい揶揄っちゃった」


 ゆるふわなのか悪魔なのか悪戯好きの妖精なのか、時々「結月志保」を見失う時がある。天塚の見た目と結月の性格を合体させたら、芸能界でもそれなりの地位を築くかもしれない。

 しかし今は「たられば」に思いを馳せる時ではない――あの出来事は他の誰にも知られてはならない。


    * * *


書き溜めるので、しばらくお休み。

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