2
下校中も靴下は返してもらえなかった。夏奈はもう片方の靴下も脱ぎ、裸足に靴を履いて歩いている。男子達も一緒だ。
「こいつは、この匂い好きかな?」幸浩が他人の家の庭に靴下を放り投げる。広い芝生には長い鎖で繋がれた大型犬がいた。犬は苦手だったが、急いで夏奈が庭に飛び込む。
「夏奈も犬みたいだな。」男子の一人が笑う。一足先に靴下に走り寄った犬が、しきりにその匂いを嗅いでいる。恐る恐る近付く夏奈に犬が飛びついた。肩に前足がぶつかり、彼女が押し倒される。靴下の匂いの主を見つけた喜びからなのか尻尾を振りながら、仰向けに倒れた夏奈をしきりに鼻で突いている。男子達の笑い声が聞こえた。
「いやッ!」ハアハアと荒い息を吐きながら、無遠慮に股間を鼻先で探る犬を、思わず夏奈が押し退けた。
「何してるの!」突然、子供の声がした。ベランダから少年が駆け出してくる。
「何で勝手に入ってくるの!」少年が横たわったままの夏奈を問いただす。彼女が口ごもっていると、幸浩の声がした。
「そいつ俺の知り合いだけど、少し頭がおかしいんだ。」少年と幸浩は知り合いらしかった。警察を呼ぶと騒ぐ彼をしきりに宥めている。
「じゃ、いつものお仕置きして、それで赦してやったら?」幸浩が提案した。少年が頷く。
「おいお前、そこに立って鉄棒を握れ!」少年が夏奈に命じる。彼女は起き上がり、庭の端にある子供用の鉄棒を背に立った。左右に腕を伸ばし、両手で鉄棒を握り締める。
「時間は五分だ。絶対、手を離すなよ。約束を破ったら、通報だからな。」少年が言った。多分、子供達の間で流行っている罰ゲームなのだろうが、一体、何をされるのだろう。あどけない少年の顔が、多少怖ろしく見えた。
「それじゃ始めるぞ。」携帯を触っていた少年が、夏奈の両腋に手を入れて指を立て、くすぐり始めた。痛くむず痒い感覚が襲ってくる。五分も堪えられそうにない。体の力が抜け、鉄棒を離してしまいそうだった。
「どうだ悪党、降参か!」身を捩って悶える夏奈の両腋で、懸命に指を動かしながら少年が聞く。
「参りましたッ、赦して下さい!」本心から出た言葉だった。子供の遊びに付き合っているつもりだったのに、もう体が少年の指に屈している。
「何でも言うことを聞くか!」勝ち誇って少年が言う。
「はいッ!」意識が遠のいてくる。もう言われるがままだ。夏奈の体が小刻みに震える。
「今日からお前は俺の奴隷だ!」
「はい…ご、御主人、様ッ!」子供相手に倒錯したやり取りをしている。本気で精神が屈従しそうだった。
「意外としぶといな、まだ手を離さない。」男子の一人が呟く。
「俺達も手伝ってやろうぜ。」幸浩が笑いながら答えた。