9:404fileと『スフィア』
『あーあー、こちらの声は届いているかな。未来の名探偵諸君』
モニターに映し出されたのは、薄暗く物のない部屋の中、椅子に座ってこちらを見つめる一人の男。
その男の体型は僕を誘拐した犯人と酷似しており、顔には目と口の位置がずれた不気味なお面をかぶっていた。
99.9%、僕のことを誘拐した者と同一人物。筋肉質な姿に見合った中々に渋い声であり、ボイスチェンジャーなどは使わずありのままの声のようだった。
これだけの探偵たちを前に、いささか甘い対策なんじゃないかと思う。それとも、ここから僕らを生かして返すつもりがないから、ばれても問題ないと考えているのか。
嫌な想像が頭をよぎり、体がぶるりと震える。ただここでも、僕のシャツを掴む緑川さんの手の震えが、僕の恐怖を和らげてくれることになった。
僕を含め、体育ホールに集まった探偵たちは、誘拐犯の言葉を聞こうとモニターの前に集結した。
『こっちに集まってくれたってことは、俺の声も問題なく届いてると考えてよさそうだな。さて早速だが、俺がお前たちをここに監禁した理由について説明したいと思う。それは――』
「若き優秀な探偵たちによるデスゲーム。これが目的なのでしょう?」
誘拐犯の言葉を遮り、甲高い、余裕と嫌味に満ちた声がホール内に響く。
こちらの声も誘拐犯に伝わっているのか、目的を言い当てられた犯人は沈黙し、探偵の推理に耳を傾けた。
「全く、お決まりのつまらないゲームを考えましたものね。外界から隔絶された建物に囚われた探偵たち。ここから生きて出たければ、最後の一人になるまで殺し合いを行え。そう仰りたいのでしょう。ですがそんなことをしても無駄ですわ。この『富豪探偵』姫路舞がいる限り、あなたのようなチープな犯罪者の筋書き通りにはいきませんわ」
堂々と名乗りを上げたのは、長い金髪縦ロールで、まさしくお金持ちのお嬢様と言ったドレスを纏った探偵――自称『富豪探偵』の姫路舞。寡聞にも全く聞き覚えのない名前だけれど、虚勢でなく本心からと思われる自信満々な態度。僕なんかとは違い、一流探偵の雰囲気を醸し出していた。
姫路さんは縦ロールをばさりと靡かせると、意気揚々と話を続けた。
「キャストの探偵としてこのワタクシを選出したことだけは褒めてあげますけれども、今回はそれが仇となりましたわね。そもそもワタクシお抱えのSPが今頃この場所をとっくに突き止めていますでしょうし、こんな茶番はすぐにでも――」
『あー、長々と演説してもらってるところ悪いが、その妄想間違ってるぞ』
「も、妄想!???」
自信満々の推理を妄想の一言で否定され、「ガガーン」と言う効果音が見えるほどショックを受ける姫路さん。
誘拐犯はそんな彼女をスルーして、「改めて理由を言わせてもらおうか」と話を元に戻した。
『俺が君たちを集めた理由は、端的に言えば、教育をするためだ』
「教育……?」
予想していなかった発言に、頭の中でクエスチョンマークが乱舞する。
周囲の探偵たちに視線を巡らすが、彼らも理解できていないようだった。
『君たちは、まあ知名度に差はあるが、全員俺が見込んだ優秀な探偵たちだ。だが、正直言って、まだ足りない』
「足りないとは、推理力のことか」
『全てだ』
集められた探偵のうちの一人、銀髪で長身痩躯の男が尋ねると、即座に答えが返された。
全て、と言うのは僕のような半人前には当たるだろうが、実績のある赤嶺さんや明智さんに対しては不当に感じる。
実際、赤嶺さんは気分を害した様子で、「随分と決めつけてくれるじゃないか」と突っかかった。
「これでも僕はそこそこ事件を解決してきた自信がある。こんな風に監禁してくる誘拐犯に教育されるほど未熟なつもりはないね」
『そうか? 君は確かにいくつか事件を解決してきたが、解くことができず未解決になったものもあったはずだが。あれらは、今の君なら解けるということかな』
「それは……」
『それに、現にこうして犯罪者に監禁されているんだ。君が優秀だということを否定するつもりはないが、今のままでは不十分な点があることも事実じゃないか』
「それも、あなたの教育を受ければ解決するということですか?」
赤嶺さんとは違い、余裕のある、何なら優雅な笑みを浮かべて、明智さんはそう尋ねた。
誘拐犯は彼女の問いかけに頷かず、片手をひらひらと振った。
『悪いが、それは君たち次第だ。ただまあ、これからも己の才覚だけで漫然と事件を解決していくよりかは、遥かに実力が上がるとは思うがね』
幻聴だろうが、あちこちでカチンと言う音が聞こえてきた。
探偵として人を救ってきた実績がある者であれば、それなりのプライドと自負は持っているだろうから、当然の反応だろうけど。
堪えきれなくなった誰かが反論しようとした直後、
『404file。赤嶺や明智、群青辺りは聞いたことがあるんじゃないか』
機先を制して投げかけられた問いかけ。
名まえを呼ばれた三人は、一様にピクリと体を震わせた後、険しい表情で黙り込んだ。
僕は後ろにいる緑川さんに、小声で尋ねてみる。
「404fileって聞いたことある?」
「ない。でも、たぶん話の流れ的に、警察の未解決ファイルの隠語とかじゃないかな」
「成る程。でも、なんでそんなことを誘拐犯が知ってるの」
「それは、まあ、警察関係者だからとか」
「警察関係者……」
僕は改めてモニターに映る誘拐犯を見つめる。
言われてみれば体格の良さや、言葉の一つ一つに宿る威圧感は警察っぽい気もする。でもそれが事実だとしたら、かなりヤバい相手なんじゃないだろうか。
他に協力者がどれだけいるのか分からないが、優秀な探偵たちを複数誘拐できる手腕。それに加え(元?)警察関係者となれば、誘拐後の警察の動きまで読んでいる可能性が高い。
永遠にと言うことは流石にないだろうが、数日、もしくは数週間は助けを期待できないとも考えられた。
胸の内に押さえ込んでいた焦りと恐怖が、むくむくと顔をもたげてくるのを感じる。
だけど、この場でその覚悟が足りてなかったのは僕だけだったようだ。
すぐに平静を取り戻した明智さんが、僕らに説明するかのように誘拐犯へと確認を行った。
「404file。簡潔に述べるなら、警察が捜査を放棄した事件の総称でしたね。客観的に見て事故や自殺でないことは明らかでありながらも、犯人に辿り着く証拠も容疑者も一切見当がつかずに数年が経過した事件」
『その通りだ。そして404fileに綴じられている事件は、優に二百を超えている』
「んで、その警察が無能ゆえに迷宮入りした事件を解けるよう俺らを教育してくれるってことか」
説明をただ聞くのに痺れを切らしたのか、苛立たしげな声で金髪裏社会探偵が問いかける――そう言えば、結局彼の名前をまだ聞けていなかった。
『その通りだ、と言いたいところだが、本音を言えば過去の未解決事件なんて興味ないんだ。だから404fileの事件を解決してもらいたいわけじゃない』
「ちっ、さっきから迂遠だなてめえは。結局何をさせたいのか。それをさっさと吐けよ」
『そうだな。じゃあ言うが、『スフィア』と呼ばれる殺人鬼を捕まえてもらいたい。いや、捕まえられるようになってもらいたい』




