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誘拐学園 〜名探偵育成計画〜  作者: 天草一樹
第一章:監禁学園生活
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7:玄関と門番

 緑川さんと共に、体育ホールの外に出る。

 二階は大半が今いた体育ホールであり、見るべき残りの部屋は左右にある教室のみ。

 ちらりと中を覗き込んでみたが、本当に学校の教室を再現した内装で、木製の机とプラスチック製の椅子が、こちらも十一ずつ並べられ、その正面には黒板と教壇が用意されていた。

 まさか本当に授業でもやるつもりなのか。

 何らかの理由で教師になれなかった人物が、自らの欲求を満たすために学校風にアレンジした建物に現役高校生を集め、授業を行うつもりでいる、とか。

 一瞬そんな想像をするも、すぐにそんなわけないと否定する。

 こんな大きな建物を所有するくらいだから、誘拐犯はかなりの資産家だと考えられる。だとすれば誘拐なんて手を取らなくても、授業の真似事程度はいくらでもできたはずだ。それに何より、僕を含めた若い探偵たちばかりを誘拐していることが気にかかる。

 授業をしたいというよりも、何か推理ゲームでもさせるつもりで集めたと考えたほうが納得できそうだ。

 教室を見終えた僕らは、そのまま左端にある階段に向かい、一階へと下りて行く。

 その道中、僕はふと緑川さんを振り返った。


「あのさ、今更だけど、緑川さんって本当にただの巻き込まれた一般人なの?」

「……どういう意味?」

「いやさ、今の所ここで会った人は全員探偵だったから」

「私も探偵のはず、ってこと?」

「うん。それにここに連れてこられる前に偶然小耳に挟んだんだけどさ。僕らの学校には、もう一人探偵がいるんだって。決して表には顔を出さない、被害者に唐突に真相が書かれた手紙を送りつける探偵」

「それが、私だと」

「違うの」

「……」


 緑川さんは両手をぎゅっと握りしめ、その場で俯いた。

 否定をしないということは、おそらくこの推理は当たっているのだろう。

 だけど頷いてくれないのは、探偵であることを隠していたいと言うことか。彼女の探偵としてのスタイルも、姿を見せないものなようだし、何か理由があるのかもしれない。

 あまり聞くのも野暮かと思い、僕は歩みを再開する。


「因みに、そのことは他の人に隠しておいた方がいいのかな?」


 正面を向いたまま、何気なく問いかける。


「できたら……。でも、無意味だと思うけど……」

「まあ、そうかもね」


 ここに集められた時点で、誘拐犯には彼女が探偵であるとばれているはず。いくら彼女が自分は探偵でないと言ったとしても、誰も信じはしないだろう。何より、緑川さんは実際に探偵らしい。そうであるなら、赤嶺さんや明智さんが見抜いてしまうはずだ。

 そんなことを話しているうちに一階に到着。

 下りてすぐ右手には、長机が二台並べられた部屋が。はて何の部屋だったかと、タブレットを開き館内図を確認する。


「食堂、みたいだね」


 後ろから僕のタブレットを覗き込んだ緑川さんが言う。

 僕は小さく頷いてから、館内図と照らし合わせるように一階を見渡した。

 食堂の向かいには、二つの直方体の部屋が隣接して並んでいる。どちらも縦横それぞれに扉が一つついている謎構造で、その扉にはガラス製の小窓がついており、中が覗けるようになっていた。

 またそれらの部屋の奥にも、同じく隣接した直方体の部屋が二つ存在。こちらも扉の構造や配置などは全く同じで、ぱっと見一定の間隔で扉が八つ付いた、直方体の巨大な部屋のようにも見えた。

 館内図を見る限り、隣接した四部屋は内部で繋がっているわけでなく、完全に独立した部屋になっているらしい。

 どの部屋もそれぞれ調べてみたかったが、あまり時間をかけ過ぎるのも良くない気がして、小窓から覗く程度で済ましていく。そして、一階に降りてきた最大の目的である、玄関へと足を向けた。

 しかしその直後。きゅっと服を引っ張られ、僕は立ち止まった。


「……怖く、ないの」

「え?」


 聞こえてきたのは、か細い、震えた声。

 少し困惑しつつも、振り返ることなく聞き返した。


「怖くないかって、突然どうしたの?」

「突然じゃ、ない。私は、ここで起きてから、ずっと怖くて震えてる」

「あー、うん、それはそうだったかも」


 ここで最初に会った時も、警戒心ゼロで扉を開け放った胡桃沢さんとは対照的に、慎重に、壊れ物に触れるかのようにゆっくりと扉を開け、部屋の外を覗き込んでいた。

 偶然にも僕と言う知り合いがいたおかげで平静を保てていただけ。そうでなかったら、今こうして建物内を歩いたりせず、体育ホールの隅で膝を抱えていただろうことは、想像に難くない。

 でも、きっとそれが普通の反応だ。

 あそこにいた有能な探偵たちのように、落ち着き払って、冷静に行動できている方がおかしいのだ。

 僕は額を掻きつつ、言葉を探した。


「……僕も、怖くないわけじゃないよ。正直、いつでも絶叫できるし泣き出せるし気絶できるくらいには怯え切ってる」

「……そんな風には見えないけど」

「それは緑川さんが僕以上に怯えてるからだよ。単に、少し見栄を張ってるだけ」

「……本当に、それだけですか?」


 怯えだけではない、どこか探るような声音。

 僕は振り返って彼女の顔を見つめる。

 少しヒスイ色をした彼女の瞳。そこからは怯えや恐怖でなく、人の思考を見透かすような超然とした輝きが放たれていた。

 その瞳に気圧され一瞬息をのむ。だけどすぐに、大きく息を吐き出し、言葉を紡いだ。


「僕がどうして探偵をしているのか、そのきっかけの事件を、緑川さんは知ってるよね」

「はい。数学教員が起こした、女生徒殺人事件。動機は盗撮していたことを女生徒に知られ、脅されていたことから。そしてその殺人方法は、現実では滅多に見ることのない密室殺人。さらにその殺人トリックは、細心にして大胆な、早業殺人だった」


 かの数学教員は死体という、学生が見るにはあまりにも刺激的なものを利用して、衆人環視の中で堂々と密室を作り上げた。現場に居合わせた十人以上の生徒全員が、数学教員が殺人を行う決定的な瞬間を目の当たりにしていたにも関わらず、死体に意識を取られ、死体から目を背け、犯行の瞬間を認識できていなかった。

 それにより完璧なアリバイを得た犯人は、警察の手から逃れ、あわや完全犯罪を成し遂げかけたのだが――


「その犯行は、現場に居合わせたとある生徒――今志方君の証言と推理によって暴かれた」


 かの数学教員が女生徒を殺害する瞬間。偶然僕もそこにいた。

 自殺するというメールを友人に一斉送信した後、理科室に鍵をかけ閉じこもった女生徒。僕は彼女とは全く面識がなかったため、その場に居合わせたのは本当にただの偶然。野次馬の一人でしかなかった。

 しかし、だからこそ。集まっていた他の人たちよりも客観的に現場を見ることができた。冷静に、誰が何をしているかを見続けることができた。


「あの時、先生の犯行を見ていたのは僕だけじゃなかった。少しでも冷静に先生の行動を追えていたのなら、誰だってあの行動が救命活動じゃなく殺人の瞬間だって理解できたはずだったんだ。

 探偵となった僕と、目撃者で終わった皆との差は、いかに冷静に現実を見続けていられるかの差でしかなかった。

 だからかな。友人に勧められて探偵をやるようになってから――探偵を名乗るようになってから。僕を探偵へと祭り上げたその差だけは、常に意識するようにしてるんだ。それは勿論今この瞬間も。それが、僕が気絶しないで動けてる理由だよ」

「見ることは探偵に限らずありとあらゆる技術の基本。だけど、それを日ごろから徹底して、実践できる人は少ない。うん、今志方君がどうしてここに呼ばれたのか、理解できた気がする。私は、今志方君を応援するよ」


 この建物に来てから初めて見る緑川さんの笑顔。

 普段のおどおどした印象とは違う、華とたおやかさを感じさせるその笑みに、僕の心はドキンと高鳴る。

 顔が赤くなるのを隠すため、僕は少し駆け足で建物の捜索を再開。

 緑川さんも慌てて後を追ってくるのを背で感じながら、本命の目的地である玄関の前まで移動し――

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