6:金髪とピンク髪2
広いとはいえ50mにも満たない距離。一分とかからずに裏社会探偵(仮)の元に辿り着いた僕は、緊張で僅かに声を震わせながらも挨拶を試みた。
「えと、初めまして。今志方時宗と言います。その、まだ理由はよく分かりませんが、お互い誘拐された者同士仲良くしていただけると嬉しいです」
「……」
金髪裏社会探偵(仮)は腕を組んだまま、一瞬じろりとこちらを見つめてくる。しかし何も言わず、すぐに目を閉じてしまった。
挨拶を返してもらえなかったことに困惑して、緑川さんに視線を向ける。けれど彼女は男の容姿に完全にビビっているらしく、僕の服を掴んでプルプルと震えていた。
これは当てにならないと思い、小さく息を吐く。けれど彼女がビビるのもおかしな話ではない。裏社会探偵の見た目は見るからにやくざというか、堅気の雰囲気ではないのだから。金色の髪はきっちりオールバックで整えられ、耳にはごついピアスがいくつもつけられている。上は半袖の黒いワイシャツを着ており、そこから覗く腕は僕の三倍近い太さであり、しかも曼荼羅のような複雑な入れ墨が両腕にびっしりと彫られていた。
顔はまだ若さを感じる辺り、やくざの若頭的なイメージだけれど……それはともかく、このまま黙っていても始まらない。
勇気を振り絞り、改めて声をかけてみることに。
「あの、仲良くとまでは言わないので、せめて名前だけでも教えていただけると助かるんですけど……」
「…………」
しかし相変わらずのだんまり。これはいったん諦めて出直した方がいいかと思った矢先、裏社会探偵は口を開いた。
「お前ら、舐めてんのか」
「………………」
おおう、なんか凄まれた……。
僕の服を引っ張る緑川さんの手により力が込められるのが分かる。男の声は低く迫力満点で、下手すれば腰を抜かしかねない程。ぶっちゃけ僕も、緑川さんが後ろで震えていてくれなかったら逃げ出していたかもしれない。
『自分よりビビっている人がいると何とか踏み留まれるの法則』の力を借り、震える体に鞭打って、「何がでしょうか?」と聞き返した。
「お、お名前聞かれるの、そんなに嫌でしたか?」
「違えよ。てめえらはどうして建物内の捜索をしないで、くだらない自己紹介に時間費やしてんのかって言ってんだよ」
「あ、そういう……」
意外などと言ってしまえば失礼極まりないが、特に意味なく怒鳴ってくるような人ではないようだ。
少しだけ心が正常に戻ったのを感じつつ、はてどう答えたものかと頭を掻いた。
「せっかく顔を合わせたのに挨拶しないって言うのも変かなと思ったので……」
「は? 普通この建物で人に会ったら真っ先に聞くことは出口がどこかだろ。挨拶なんてくだらないこと一番に選んでんじゃねえよカス」
「あはは……。でもこの場に先に来ていた名探偵の皆さんが何もしてないってことは、すぐに逃げられるような作りにはなってないんだろうなって思いましたし。そもそも誘拐犯がそんな簡単に逃げられるような場所にはしてないだろうなって」
「だとしてもまずは自分の目で確認すんのが常識だろうが。死にてえのか?」
「あはははは……」
誘拐された経験なんて勿論ない以上、ここでの常識的な行動なんて知るわけもなく。やっぱりこれ以上会話を続けるのは厳しいかと思い、「じゃあ出口を探してきます」と軽く頭を下げ立ち去ることにした。
そうして裏社会探偵に背を向けた直後、
「うわあ! 私のメロンがあ!」
と叫ぶ女性の声が、大広間に響き渡った。
いつの間にか開かれていた広間の扉から、コロコロと複数のメロンが転がってくる。そしてその後ろを慌ててかけていくピンク髪の少女。
そう言えば、彼女の存在をすっかり忘れていた。
「……知り合い?」
僕の反応に疑問を抱いたのか、緑川さんが尋ねてくる。僕は曖昧に頷いた。
「まあ知ってはいる……というか、緑川さんに会う前に見かけたのが彼女なんだ」
「ああ……」
あわあわとメロンを追いかけるピンク髪の少女は、慌てるあまり一つ取ってはまた一つ落としていくという無限ループに陥っていた。
誘拐された場所でどういうわけかメロンを持ってきては落として転がす彼女の奇異さにドンびいているのか、中々助けに向かう者はいない。
僕は「はあ」とため息をついてから、彼女の元に駆け寄った。
「落ち着いて。僕も手伝うから」
「あ、ダメだよ! このメロンは私が最初に見つけたんだから、誰にも渡さないもん!」
メロンを取られると勘違いした彼女は、さらに大急ぎでメロンを拾い始める。結果としてバランスを崩した彼女の腕の中からどんどんメロンが転がっていくことに。
流石の惨状を見兼ね、赤嶺さんも手伝いにやってきてくれた。
何とか全てのメロンを拾い集めた僕たちは、メロンをピンク髪の少女に渡しながら事情を尋ねた。
「それで、このメロンはどこから持ってきたの? というかどうしてメロンを?」
「それは勿論私がメロンを食べたかったからです。起きたら凄い空腹を感じました。でも寝起きにお肉やお魚をがっつり食べたい派ではないので、好物のメロンを探しに散策したところ、厨房で無事発見したのです」
「君が自らの欲望に忠実なのはよく分かったけど、それなら厨房でメロンを食べればよかったんじゃないかな? わざわざここまで無理せず持ってこなくとも」
「だって、ここでこれから誘拐犯から説明ありそうだし。聞きそびれたらやじゃないですか」
「そこは理解してるのか……」
どこか珍妙な生物でも見るような目で、赤嶺さんがピンク髪少女を見る。
勝手に厨房からメロンを持ってきている割には、自分が誘拐されたことはしっかり把握しているらしい。単純に警戒心にかけた子なのか、それともかなり豪胆なタイプなのか。
分かりかねるところはあるが、ひとまず聞くべきことが一つ。
「そうだ、名前聞いてもいいかな? それから、君ももしかして探偵なの?」
ピンク髪少女はメロンを抱きかかえたまま、ぐっと胸を張った。
「お答えしましょう。私の名前は胡桃沢鶉。時代を駆け抜けるエリート高校生探偵です! 私がいるからには事件なんて解決したも同然ですから、大船に乗ったつもりで大丈Vです!」
「時代を駆け抜ける割にはセンスは古いみたいだね」
赤嶺さんからの辛辣な言葉にも凹んだ様子は見せず、胡桃沢さんは「ふふん。ひんぬーさんが負け惜しみを吐いていますね」などと、高校生にしてはかなり大きい胸を突き出し言い返した。
急に身体的特徴を馬鹿にされ、赤嶺さんは一瞬呆気にとられた顔をする。しかしすぐに顔を真っ赤にし、「失礼!」と告げスタスタと立ち去ってしまった。
やはり胸がないのはコンプレックスだったのかと、僕の方が申し訳ない気持ちになる。加えて、胡桃沢さんもあっさりと彼女の性別を見抜いたことから、自身の節穴さに悲しい気持ちになった。
落ち込む僕を前に、胡桃沢さんは「そうだ、一応名前を聞いといてあげます」とこちらを指さしてきた。
「ええと、僕は今志方時宗って言います。一応僕も、胡桃沢さんと同じ高校生探偵をやらせてもらってます」
「ふーん。なんか地味。華がないから向いてないんじゃない」
「ぐはっ」
あまりにも無情な言葉に吐血する。
いやまあ本当に血を吐いたりはしないけど、思った以上にダメージを受けた。僕自身、高校生探偵なんて柄じゃないと思っているけれど、普段周りから面と向かって貶されたことがなかったので、耐性がついていなかった。
胡桃沢さんは言いたいことを言って満足したのか、メロンを持ったまま怪しい足取りでパイプ椅子に向かっていく。
しかし彼女、包丁とか持っていないけどこれからどうやって食べるつもりなのか……。
ぼんやりとその姿を見つめていると、「あの、元気出してください」と、いつの間にやら後ろにいた緑川さんに励まされた。
僕はかぶりを振ると、「だ、大丈夫だよ」と無意味に大きな声で答えた。
「それより、今度こそ出口を見に行こうか。まだ全員集まりそうにないし、何か起きるとしてももう少し時間もありそうだから」
「うん。分かった」
緑川さんは素直に頷くと、RPGの仲間キャラ宜しくぴたりと僕の背後に移動した。