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誘拐学園 〜名探偵育成計画〜  作者: 天草一樹
第三章:躍動する狂気

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46:現在の目的と捜索

「いや、おいおい。何の真似だよ」


 床に頭をこすりつける僕の姿に、流石の黒金も動揺したらしい。

 上擦った声と共にソファから身を起こす音がする。

 僕は頭を下げたまま、「協力してほしいんだ」と頼み込んだ。


「胡桃沢さんも群青さんも交流室にいた。つまり彼らが姿を消す直前を一番詳しく知ってるのは黒金だ。二人を探すのを、そしてなぜいなくなったのか一緒に考えて欲しい」

「……別にまだ、死体が見つかったわけじゃないんだろ。土下座してまで頼み込むのは早すぎねえか?」

「僕らはずっと後手に回ってる。何かが起きてから、死体を発見してからじゃ遅いんだ。常に今何が起きているのかを理解しながら前に進みたい」

「……たく、仕方ねえな」


 観念したような声。

 顔を上げると、黒金は悪戯な笑みを浮かべて僕を見下ろしていた。


「そこまで頼られたら探偵として断れねえなあ。だが、俺への依頼は高くつくぜ」

「これ以上犠牲者を出さないためだと考えれば全然安いよ」

「金額も知らねえくせに強気だねえ。まあ、そこは今は良いか。それよか、相方の方がだいぶ戸惑ってるみたいだぜ」


 立ち上がりつつ明智さんを振り返ると、彼女は眉間に皺をよせ僕の方を睨んでいた。


「明智さんどうしました?」

「……どうしましたではありません。私一人では、力不足とお考えですか」

「はい、そうです」

「な!?」


 まさかきっぱり断言されるとは考えていなかったのか。明智さんは杖を掴む手をわなわなと震わせた。

 色々と裏を知ってしまったからというのもあるが、最初の頃の神秘性が大分薄れている気がする。彼女の場合、神秘性を保っていることが事件解決の一助になっているから、少し心配だ。

 けれど今は特にフォローしたりせず、素直な言葉を投げかけた。


「ここに監禁されてからすでに短くない時間が経っています。だけど脱出方法は見つからず、スフィアの正体を掴むこともできず、さらに姫路さんが殺され、今群青さんと胡桃沢さんまで姿を消しました。逆に聞きたいんですけど、今僕らの中に力不足でない人なんていますか?」

「……私の能力が不足していることは認めます。ですが、この状況を乗り越えてこそ――」

「ああ、そう言うのは乗り越えてからにしましょうよ」

「なっ!」


 力強く言葉を紡ぐ明智さんの言葉を、僕は適当に遮る。

 さっきの赤嶺さんとの会話で気づかされた。今ここでの事件は、僕らを成長させる大きな分岐点なんかじゃない。これまでも、これからも続く長い人生のただのワンシーンに過ぎない。

 ただの少女のように、こちらを呆然と見つめる彼女に、僕は言う。


「既に事件は起きた後なんです。ぶっちゃけ努力とか成長とかどうでもよくて、今やらないといけないのは、とにかくこの館から皆で無事に脱出すること。それ以外にありません」

「ですから、脱出するためにはここで起きた事件を解決し、スフィアをも捕まえられる名探偵になったことを二神教授に示す必要が――」

「まあ脱出策としてそれは一つの手ですけどね。でもその脱出方法、名探偵からかけ離れてませんか?」

「そ、それは……」

「自分たちを誘拐監禁した犯人の指示通りに動き、犯人を満足させ、その報酬として外に出させてもらう。誰が見ても犯人に屈した姿であって、名探偵らしさの欠片もないですけど」

「……」


 ついに明智さんは沈黙してしまう。

 少し申し訳なさを感じるも、これ以上ここで彼女の我儘に付き合っている時間はない。

 ニヨニヨとした気色の悪い笑みを浮かべた黒金に視線を移し、「何か思い出せた?」と尋ねた。

 黒金は「何を?」などと茶化してくることなく、「ああ。茶だな」と端的に答えた。


「お茶?」

「繊細で臆病な俺が見張りのいる中ですやすや寝てた原因だ。寝る一時間前にオタク野郎が食堂から持ってきたから飲んだんだがよ。他に何も口につけてねえし、催眠ガスが撒かれた記憶もねえから、その茶に睡眠薬が混ぜられてたってことで間違いねえだろ」

「そうなると、元から二人とも黒金を眠らせて単独行動するつもりだった?」

「もしくはあの茶をオタクに渡した奴がいるとかな」

「そうすると二人とも眠らされてどこかに運び込まれたってことか」

「寝てるのを運んだんだとすりゃ、二人はこの階にいる可能性が高いか。もしいなけりゃ自分たちの意思で移動後に何か起きたってことでほぼ確だ」

「よし、じゃあまずは一階を探そう。明智さん、行きますよ」

「え?」


 ここまでの会話を聞いていなかったのか、明智さんは気の抜けた声を上げる。

 さっきの言葉が想像以上に刺さってしまったのか。けれどここでぼんやりしてもらっては困る。力不足なのは平等でも、彼女の推理力が僕より高いのは間違いないのだから。


「しっかりしてください。二人を探しに行きますよ」


 彼女は少しの沈黙の後、自身の目を指さした。


「探しに行くのであれば私は足手まといです。どうか私のことは気にせず動いてください」

「ダメです。明智さんも容疑者の一人ですから」

「なっ!」


 先と全く同じ反応。

 そこまで驚かれることを言ったつもりはなかったのだけれど。

 僕と黒金は顔を見合わせ肩を竦める。

 それから無理やり彼女の手を引き、一階の捜索を始めた。


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