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誘拐学園 〜名探偵育成計画〜  作者: 天草一樹
第三章:躍動する狂気

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42:説明と決断

「それで、どうなったの?」


 場所は移って緑川さんの部屋。

 唯一僕らの誘いをガン無視し部屋に閉じこもったままだった彼女に、ここまでの流れを報告すべく訪れたのが十分前。

 緑川さんはこちらの説明に対しまったく口を挟まなかったため、あっさりと話し終えてしまった。


「結論から言うと、黒金を姫路さん殺害の犯人として部屋に監禁してる。今はただ見張りを付けてるだけだけど、後で閉鎖した部屋に移す予定だよ」

「そっか……」


 緑川さんはそう小さく呟いて、枕に顔をうずめた。

 どうでもいいけれど、緑川さんは現在パジャマ姿でベッドに横になっている。

 時刻はまだ午前五時と早朝。しつこく扉を叩き続けることで彼女を起こしたわけだが、緑川さんは身だしなみを整えることもせず、警戒心なく僕を部屋に招き入れた。

 そしてすぐさまベッドに横になると、その状態のまま「説明よろしく……」とこちらの用件も聞かずに目を閉じたのだった。

 信頼されているのか、何もできないだろうと舐められているのか、判断に困る。とはいえ話はしっかり聞いてくれるようなので、文句は言ってない。

 しばらく緑川さんの反応を待つが、彼女は枕に顔を押し付けたまま一向に動かない。

 痺れを切らし、「他に聞きたいことはないの?」と尋ねた。


「……黒金さんは、自分が犯人だって認めたの?」

「認めてはない。でも否定もしてない。なんていうか、僕らの判断に任せるって感じだった」

「つまり、皆は黒金さんが犯人だと認めたってこと?」

「まあ、その、消極的に」


 僕はついさっき聞いてきた、胡桃沢さんの推理(?)を思い起こした。



『俺が犯人ねえ。その頓珍漢な推理はどっから出てきたんだ?』

『全然頓珍漢じゃないし。むしろ疑わない方が変な話だから』


 黒金から目を離した胡桃沢さんは、本当に分からないのかと言った不満顔を僕らに向けてきた。


『本気で皆疑ってないわけ? どう考えてもこいつが一番怪しいじゃんか』

『……今回の作戦を考えたのは黒金だ。その張本人が犯人なわけ――』

『だーかーらー、それが怪しいって話してんだっての!』


 胡桃沢さんはぶんぶんと腕を振り回し、その場で地団太を踏む。


『大体誰もおかしいって思わなかったわけ! 暴力をふるって事件を解決するのが当然の暴力探偵が、事件の捜査もせずにずっと放送室の前で座り込んでたんだよ! しかも結果としてその放送室こそが事件の謎を解く最大の鍵を握ってたわけ! こんなのもう、こいつが犯人で事件の鍵を知ってたから、誰かがそれに気付かないよう、気付いてもすぐに対処できるよう見張ってたとしか思えないじゃん! 実際こうして主導権を握って、あたかも自分は犯人じゃなく犯人を追い詰める探偵側だって風を装ってるし!』


 息を荒げ興奮気味に語り切る。

 僕らがその主張を咀嚼する前に、黒金が余裕を崩さず反論した。


『そりゃ言い掛かりじゃねえか。殺害現場に事件解決のヒントがあると考えんのは自然だし、流石の俺も犯人の目星がついてねえ段階で暴力は振るわねえよ』


 正論に聞こえる黒金の言葉に、胡桃沢さんはさらに興奮して言い返す。


『それをあんたがするのが変だって言ってんの! 今自分で言ったように、犯人の目星もついてない状況で何で受け身でいたわけさ! 他の誰でもない、自分が一番だって態度を貫いてたあんたなら、分からない時こそ殴ったり蹴ったり脅したりしてでも犯人に近づこうとするはずでしょうが!』

『おいおい落ち着けよ。なんかいろいろ言ってるが、お前に俺の何が分かるって――』

『分かんないけど分かるの! それが超一流探偵である私、胡桃沢鶉なんだから!』


 二つ名通り、まさしく『第六感』が働いた。そう感じさせる胡桃沢さんの語気に、僕らは理屈じゃなく納得させられそうになる。だけどそこは論理を重視する探偵の集まり。あっさり彼女の言葉を受け入れたりはせず、各々どちらの発言により筋が通っているのか考え始め――



 という感じで、証拠こそないものの、胡桃沢さんの発言から皆が黒金の行動に不信感を抱いたのは事実。

 加えて、真剣な表情で僕らに訴えかける胡桃沢さんと、なぜか余裕の笑みを浮かべている黒金とでは、あまりにも心証が違い過ぎた。

 誰も黒金を犯人とする証拠こそ持たないが、流石に看過するには疑惑が大きいからと、ひとまず容疑者として監禁するという結論に至ったわけだ。

 僕は回想をやめると、目の前の緑川さんに意識を戻した。


「緑川さんは、黒金が姫路さんを殺した犯人だと思う?」

「どうだろう。正直そこは興味ないからよく分かんない」

「興味ないって……今ここでこの話以上に大事な事ってありますか?」


 緑川さんは枕を顔に抱いたままごろりと体を転がし、僕に顔を向ける。


「事実はどうあれ、今後黒金さんはどこかの部屋に監禁され続けるわけだよね。だったらもう脅威じゃないし」

「それはそうだけど……」

「むしろ私は、今志方君がこれからどうするのかに興味があるよ」

「僕がどうするか?」

「うん。仮に今後事件が起きず平穏なままだったとしたら、もう姫路さんの件は終わりにするの? 真相は分からないけど、疑わしい人が捕まって、それで被害者が出ることもなくなったから事件は終了? それとも、藪蛇になるかもしれないけど、黒金さんが犯人じゃない可能性を捨てずに、真相が明らかになるまで捜査を続ける?」

「……」


 枕からはみ出た彼女の瞳。全てを呑み込む、底なし沼のようなヒスイの瞳が、僕の一挙手一投足をじっと見つめてくる。

 僕の中で、推理をするのかしないのか、まだ結論は出ていない。館のギミックについて暴いたのは、推理をする気があったというより、思い浮かんでしまったからというだけ。放送室の段ボール箱に犯人が隠れていたことを見抜いたのも同じだ。

 積極的に、事件を解決しようという気持ちになったわけではない。

 だけど今は、この件に関しては――


「捜査を続けるつもりですよ」

「へえ、何で?」


 なぜか少し嬉しそうな声で、緑川さんが尋ねてくる。

 捜査を続ける理由。そんなものはシンプルだ。黒金の件は、姫路さんの事件とはまた違う。きっかけを作ったというかいうレベルでなく、僕自身の行動と推理が彼を巻き込み、監禁させる結果を生み出したのだから。


「今回は、外から事件に加わったわけじゃない。僕自身が事件の渦中にいて、黒金を監禁することに加担したんだ。僕にこそ、事件の真相を知る権利がある。今抱えている心のもやもやを解消するために、僕が、僕自身のために真相を明らかにする」


 ともすれば自己中心的な、最低な考え方かもしれない。如月の言葉に反論できない、被害者でなく自分のための探偵活動。だけど、大きな目で見れば僕だって十分に被害者だ。黒金が本当に殺人犯なら、僕はまんまと騙され利用されていたことになるし、犯人でないというなら、大事な仲間を冤罪で弾劾したクソ野郎になるのだ。

 世の誰にも、捜査をするななんて言わせない。


「うん。その一歩は、とっても良い一歩だと思うよ」


 そんな僕の心情を暖かく包み込むように、緑川さんは笑顔で肯定してくれた。

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