40:ルールとギミック
「いやまあ、多少の罪悪感はあるぜ。多少な」
「……」
「……」
場所は普段講義を受けているA教室。
僕と相馬さん、それから黒金は教壇の上に正座させられていた。
時刻は午前四時。目の前には緑川さんを除く全探偵が揃っており、例外なくこちらを睨みつけている。
時間が時間なため、眠気の影響で眉間に皺が寄っており、いつにもまして迫力がある。
僕と相馬さんが恐縮して項垂れる中、黒金は悪びれもせず大きな欠伸をした。
「でもよ、仕方がなかったんだよ。善は急げって言うだろ? 他の奴らにギミックを解かれる前にやる必要があったんだって」
「言い訳は結構。それより、犯人は特定できたんだろうね」
赤嶺さんが目を怒らせて尋ねる。
今回の仕掛けに完璧にはまった被害者てある彼女は、他の探偵よりも苛立ちが大きいらしく、声にかなり険がある。
勿論、そのことを気にかけるような黒金ではないけれど。
「いやよく分かんなかったわ。正直ビビッて自白してくれるのが一番だったんだが、やっぱ探偵ってのは一筋縄じゃ行かねえな」
「つまりあの監禁行為は無駄に終わったと、そう言うことかな」
「全然無駄じゃねえぜ。おかげさまで館のギミックはほぼ100%判明したし、犯人の絞り込み方も分かったからな」
「うぬぬ。拙者からも色々と申したいことがあるが、まずはそこの答え合わせを所望する! 結局扉が開かなくなる妖術のトリガーは、その部屋に人が出入りすることであったと、そう言うことでよいのでござるな?」
「ああ。それで間違いないと思うぜ」
部屋が閉鎖されている間に説明した人もいるが、改めて僕らは館のギミックについての詳細な解説を行っていく。
「扉がいつ開かなくなるかについての情報は各々で違うとは思うが、俺たち三人で共有した限りでは、長時間誰かが居座っている部屋が閉鎖されているという結論だった。直近での話で言えば、如月が事件を自演した美術室。あそこには最低でも数時間ほど如月と黒野がいたし、事前準備のために姫路が長く使用していたはずだ。そして知っての通り美術室はその後ロックされ、赤嶺と今志方の二人が数時間閉じ込められた。それから負傷した如月を寝かせていた保健室。ここも夜に来た時開かなくなってたんだよな」
「そうだよ。そのせいであの日は寝不足になっちゃったし。全く邪魔な仕掛けだよね」
如月は目元をこすりながら眠そうに言う。
館のギミックと、姫路さん殺害の犯人が明らかになるかもしれないというこの場面でも、彼に緊張感は見られない。完全に眠気が優先されている。
黒金は呆れた視線を如月に向けてから、「まあそういうことだ」と全員に呼びかけた。
「人がいた部屋は後々に開かなくなる。一方、誰も入らないような部屋は開かなくなることがねえ。ここから導かれる結論は一つしかないってわけだ」
「いやいやいや、それは違うだろう」
どや顔で言い切った黒金に対し、すぐさま赤嶺さんが待ったをかける。今の説明だけでは当然納得できなかったようで、「正気か?」と言いたげに眉をひそめていた。
「別にその可能性を否定するつもりはない。だがたったそれだけの根拠ではあまりに不十分だ」
「具体的にどこが気に食わねえよ」
「全部だよ。誰かが使用していた部屋が開かなくなり、誰も使用していない部屋は開いたままである。そんなの、単に使用頻度の一言で説明がつく。使われてない部屋は当然扉が開くかどうか確認されるわけもないのだからね」
強い語気で否定されるも、黒金は楽しそうに笑い声をあげた。
「まあそうだよな。俺もそこに関しては同意見だ。だが、姫路の殺された放送室に存在した空の段ボール箱と、ここでのルール。その二つを考えればこいつが一番正しいって結論に至るんだよ」
「放送室に、空の段ボール……」
流石というべきか、数人の探偵は今の黒金の言葉に引っ掛かりを覚えたらしく、黙考し始める。
眠気もあり、元から推理する気のなさそうな如月だけが、「ここでのルールってどう関係あるの?」と欠伸交じりに尋ねてきた。
黒金は視線で僕に促してくる。
どうやら活躍の場を譲ってくれるようなので、名誉挽回も兼ねて乗らせてもらうことにした。
「そこは僕の――正確には相馬さんの助け合ってですけど――思い付きです。初日に二神教授が僕たちに告げた三つのルール。一見あまり意味のないように思えたルールですけど、共通点があることに気付いたんです」
「共通点? 授業は必ず受けること、夜自室で寝ること、皆と仲良くすることの三つに?」
「はい」
「ふーん、全然分かんない」
考える気などなさそうに、如月は再び大きな欠伸を一つ。
そんなすぐには思い浮かばないよなと苦笑した直後、赤嶺さんと明智さんが同時に声を上げた。
「共通点は」
「時間と場所か」
タイミングが被ったことから、二人は顔を見合わせ火花を散らす。
出遅れた形の黒野さんが、「時間と場所……」と呟き、はっと顔を上げた。
「一つ目と二つ目のルールには、それぞれいつどこにいるべきか指定がされている。授業は毎日同じ時間に行われていて、場所も教室Aと決まっている。夜も午後十時から午前四時と時間が決められ、場所も自室と定められている」
僕は大きく頷き同意を示した。
「そう。このルールは、その時間その場所にいても部屋が閉鎖されない場所を暗に示してくれてたんだ。そしてこのルールを守っている限り、長時間一つの部屋に閉じ込められる人が出てこないよう設定されていた」
皆まで言われずとも分かっているとばかりに、赤嶺さんと明智さんが話を引き継ぎ語りだす。
「誰かが部屋に入り、そして出ることで部屋の閉鎖スイッチが起動準備を始める。部屋が閉鎖されるのは部屋を出た直後でないことは明らかだから、数十分から数時間後に閉鎖が始まる」
「そして閉鎖される時間は、おそらくスイッチを起動させた人がその部屋に滞在していた時間。午前、午後、そして夜の時間と閉鎖されない安全地帯に誘導することで、長時間一つの部屋に滞在し続け、閉鎖され続ける部屋が出ないように調整されていた。そういうことですか」
「……相変わらず、凄い理解力だな」
一を聞いて十を知る二人の察しの良さに、相馬さんが呆れた声を漏らす。
対して黒金は、こんな簡単なことに誰も気づけていなかったのが可笑しいらしく、自嘲気味に全員を見回した。
「にしても今考えるとあれだな。この場にいる全員が、二神のルールをしっかり守ってたことが驚きというか馬鹿みてえな話だよな。俺たちに与えられたヒントなんて、それこそこのルールくらいしかなかったんだ。破ったらどうなるのか、どうしてこんなルールが存在するのか、最初からもっと考えておくべきだったのにな。ぶっちゃけ二神も驚いてたんじゃねえか。まさか俺たちがこうもルールに縛られて生活するいい子ちゃんの集まりだったことによ」
悔しそうに拳を震わせつつも、赤嶺さんが反論する。
「……そうは言うが、そのヒントを得るために授業に出席していたんだ。休日もあったわけだし、わざわざさぼる理由を探す方が難しい話じゃないか」
「だとしても今日まで一日もさぼってねえのは怠慢だろ。別段聞く必要がある授業ばかりでもないのは分かってたのによ。まあこれに関しては、授業には出るべきだっつう常識を俺らに浸透させた生徒会探偵様の手腕かもしれねえがな」
「……」
果たして謝罪すべきか、開き直って自らの影響力を誇るべきか。
うまく答えを見つけ出せなかったようで、黒野さんは何とも言えない複雑な表情を浮かべた。