39:尋問と反応
「よし、概ねうまくいったな。今志方も相馬もなかなかやるじゃねえか」
「いや、騙してるみたいで心が痛いんですけど……かなり恥ずかしかったし」
「俺も、だいぶ緊張したな」
「事件を解決するためだ。あんまぐちぐち言うんじゃねえよ」
「それはそうですけど……」
唯一動いていない黒金にそれを言われるのはなんか不服だ。
とはいえ今はそれより大事なことがある。計画の第一段階は成功した――それも僕たちの推理を肯定する最高の結果で。
だからここからは二段階目。姫路さんを殺した犯人を絞り込む。
「んじゃ、取り調べの時間と行こうか」
* * *
『やあ王子様探偵。ご機嫌はいかがかな?』
背後から聞こえてきたのは黒金の声。やや籠った声であり、しかも少し下から聞こえてくる。
僕は腕をさすりながら、声の震えを抑えて答えた。
「……最悪の気分だよ」
『それは上々。んじゃ早速いくつか質問に答えてもらおうか』
「……その前に、今志方君。君もそこにいるんだろう。まずは言い訳を聞かせてもらおうじゃないか」
『ええと、その、騙した件についてはすいません。でもこれも事件を解決するためなので』
「ふーん。僕を利用するとは随分偉くなったものだね」
会話を通じて音源を探る。ほどなく椅子の上に置かれたクマの人形を見つけ、テーブルの上に移動させた。
「こんな通信機まで用意して、随分周到じゃないか。計画を立てたのは黒金君かな?」
『ご名答。ま、んなことはどうでもいいんだけどよ。今はそれよりお前の犯した罪について話そうぜ』
「僕の犯した罪? 生憎全く心当たりがないのだけれど、何のことを言ってるのかな」
『こっちはもう分ってんだからとぼけなくていい。姫路を殺したのは、てめえだろ』
「………………は?」
数秒、何を言われているのか分からず、完全に僕の思考は停止した。
僕が、姫路君を殺した?
何がどうしてそんな答えになる。
一度は収まりかけていた鳥肌が、再び立ち始める。
何者かにはめられている? それとも彼らが単に誤解しているだけ?
いずれにしても一つ厄介なのは、彼らが既に、館のギミックを突き止めているという事実。そしてその上での結論だとすれば、ここでの反論は、むしろ僕の容疑を強めることになりかねない。
ここからは慎重に、答えを紡ぐ必要がある。
僕はわざとらしく、大きなため息を吐き出した。
「二人とも、ここでの監禁生活が長くて相当疲れてるみたいだね。僕が殺人犯なんて、どうしてそんな妄想をしてしまったのか」
『だからとぼけなくていいって。気付いてんだろ。俺らは館のギミックを解き明かした。つまり、姫路殺害時の犯人の動きを知ってんだよ』
「それは凄いね。悔しいけど僕はまだ館のギミック――扉の封鎖方法は暴けていないんだ。まずはそれを教えてくれないかな」
『教えるのは構いませんけど、本当に赤嶺さんは解けていないんですか?』
今志方からの質問。通信機越しで分かりにくいが、こちらを皮肉るのではなく、純粋に疑問に感じているが故の問いかけであることが伝わってくる。
しかしそれ故に、その言葉は僕のプライドに深く突き刺さった。
「……その口ぶりだと、君は自力で辿り着いたのかな。誰かの手助けなしに」
『はい。だから赤嶺さんも本当は気づいてると思ってたんですけど、違いましたか』
「……案はいくつかあるさ」
『だけど絞り込めてはいないと』
「……」
正直に言えば、全く絞り込みはできていなかった。
法則性はほとんど見られない。そもそも一日や二日と長時間封鎖されることは無いため、こちらが気付いていないだけで封鎖されていた時がもっと多い可能性が高い。
ただ、中に誰かいるわけでもないのに部屋が封鎖されることが何度かあったのは知っている。このことから、二神や他の黒幕が狙って封鎖しているのではなく、何かしら決められたルールの下封鎖されているのは間違いないのだろうが――。
「くそっ……」
あまりにも候補が多すぎる。特定の場所を誰かが通った後、対応する部屋が封鎖されるとか。特定の人数で入ることで部屋が封鎖されるとか。一定時間ごとにランダムで部屋が封鎖されるとか。
あまりにも選択肢が多すぎる。
現状のデータからではこの中のどれが正解かを絞り込むことはできない。
必死に頭を働かせるもやはり考えは及ばず、僕は恐怖と悔しさからその場に蹲った。
* * *
「成る程。私が姫路さん殺しの犯人ですか。是非理由をお聞きしたいですね」
触った感じから、おそらくウサギのぬいぐるみ。
図書室の椅子の上にぽつんと置かれていたそのぬいぐるみから流れてきた黒金の声は、私が姫路さん殺しの犯人であると告げてきた。
『おいおいつまんねえ質問返すなよ。他でもないお前だけは、その理由を詳しく知ってんだろ』
「はて、私は犯人ではありませんので。あなたの妄想についてはまるで存じていませんが」
『ヒュー、言ってくれるじゃねえか。でもよ、天下の盲目探偵様が、どうして俺らがあんたを疑ったのか、その理由にまで心当たりがないとは言わせないぜ』
「……」
常人には決して開いていると悟られないほど薄く目を開き、私は開かなくなった扉を見つめる。ここまでの流れから、彼らが館のギミックを暴き、それを利用して私を図書室に閉じ込めたのは間違いない。そして館のギミックを解明した結果、私こそが姫路殺しの犯人であると推理したらしい。
実に、厄介で厭らしい仕掛けだ。
自身の無実を証明するためには、館に仕掛けられたギミックを理解していなければならない。そうでなければ自分がやっていないという言葉を証明する術はなく、必然彼らの言いなりにならざるを得ない。
その一方で、ギミックを理解していると明かすのも当然問題となる。それは自分にも犯行が可能であったことを示す根拠となり、それと同時になぜ分かったうえで今まで黙っていたのかという信用問題にも繋がる。
この状況を打開する方法は数少ない。そして打開策の多くがギミックを解き明かしていることが前提となる。しかし私はまだギミックの解明に至っていない。
となれば最善手は一つだ。
「この館のギミック。黒金さんと今志方さん、それから相馬さんで解き明かしたのでしょう? それがどんなものかは知りませんが、そこから導き出される推理に関しては間違っています。ですので、私にも扉の封鎖方法についてお教えいただけませんか。そこから本当の犯人を導き出しますので」
私の提案に、黒金の嘲笑が返ってくる。
『おいおい。館のギミックも暴けなかった奴にんなこと教えても犯人が分かるわけねえだろ。いいからさっさと自白しろや』
「申し訳ないのですが、私は盲目なもので。皆さんが情報を与えてくれないことには満足に推理することすらできないのです。今志方さん、あなたもそこにいるのでしょう? 真犯人を見つけ出すために、私にも情報を共有してくれませんか」
内心の緊張を必死に押し殺し、私は淡々と懇願する。
私を呼び出したのが今志方である以上、彼と黒金が協力関係にあるはず。問題は、彼がどこまで私のことを話しているか。もし盲目が嘘であることをばらされていたとすれば、ここからの予定を大幅に変更しなければならない。
さて、彼は何と答えるか――
『……情報の共有は構いません。でもその前に、本当に館のギミックを解けていないのか教えてください』
「解けていませんよ。それは他でもない、助手を務めてくれていたあなたが一番よく知っているのでは?」
『……そう、ですね。では、僕たちがギミックを暴くに至った経緯についてお話しします』
「はい。よろしくお願いいたします」
これは、勝ちだ。
私は内心でほくそえみながら、トンと、杖で軽く床を叩いた。
* * *
「それは嘘ですね」
私は目の前のヒツジのぬいぐるみに指をさし、堂々と宣言した。
ヒツジの腹からは、やや困惑した黒金の声が返ってきた。
『随分とはっきり断じるな。つうか何が嘘だってんだ。俺はお前が姫路殺しの犯人だって言ったんだがよ』
「ですからそれが嘘です。あなたは私が姫路さんを殺した犯人だとは思っていない。そう言ってるんです」
『いや、この状況でそんな嘘つくわけねえだろ。何言って――』
「今志方さん。あなたは私のことをよく知らないかもしれませんが、私はあなたのことを詳細に知っています。あなたは殺人犯相手にあんな表情で手紙を渡したりしない。これは本当の犯人を絞り込むための罠なんですよね。だったら安心してください。私は犯人じゃありませんので、その計画に協力させてください」
『……おい、なんだこいつ。こんな奴だったか』
『いや、僕に言われても……』
『てかなんだ。あなたのことを詳細に知ってますって。お前ストーカーでもされてたのか?』
『いや、だから僕に言われても困るんですけど……』
ぬいぐるみ越しでよく聞き取れないが、何やら密談をしている声がする。
まあそれも仕方ないだろう。すぐさま私が味方か敵かを判断するのは難しい。そもそもそれができているならこんな茶番は仕掛けてこないはずだ。
ならば仕方ない。私は少しでも潔白が証明できるよう、どうして自分が探偵をやっているのか。その経緯と原因について語ることにした。