4:ピンク髪と緑髪
廊下も特に変わりなく、中学校や高校を想起させるような至ってシンプルな作り。またワードに貼られていた見取り図とも相違なく、パッと見た感じ客室がずらりと並んでいた――因みに僕の部屋は一番左端の301号室だった。
僕以外にも誘拐された人がいるのか確認するため、一つ隣の客室前まで行き、扉をノックしてみる――と、その直後。ノックしようとした扉が勢いよく開き、拳でなく額で扉をノックすることとなった。
衝撃と痛みからその場でうずくまる僕の前で、その原因を作った人物が部屋から飛び出していく。
普通に生活していてはまず見ることのないような、ピンク色の髪をツインテールにした少女。ピンクの髪によく映えるややゴスロリチックな服で身を包み、幼子のようなあどけない表情で廊下の先を見据えると、「ひゃっほー!」と叫んで僕に気付くことなく走り出した。そのまま下の階へと通じる階段を駆け下り、あっという間に視界から消失。
しばらくは何とも言えない気持ちで蹲っていたものの、ずきりとした痛みから正気を取り戻す。軽く額を撫でて痛みを緩和させてから立ち上がると、
「やっぱり、僕以外にも人いたなー」
誰にともなく呟いた。
どこか虚しい気持ちに襲われつつも、改めて移動を開始する。
予想とは違う展開だったものの、僕以外の被害者(?)の姿も確認できた。他の部屋も調べてみるか、それとも彼女の後を追うのがいいか。少し考えた末、彼女の後を追うことにした。
僕や先ほどの少女のように、客室に誰かがいるならこちらから呼びかけずともいずれ部屋からは出てくるだろう。となれば無理に声をかけなくても、結局どこかで出会うことになるはずだ。それに、とっくに部屋から出ている人もいるかもしれない。
そう考え――念のため各部屋の扉から距離を取りつつ――ピンク髪の少女が下りて行った階段に向かっていく。すると、階段に辿り着く直前、左手の扉がゆっくりと開きだした。
おそらく敵ではないだろうと思うものの、僅かな緊張と共に開く扉をじっと見つめる。
扉は30度当たりの角度でぴたりと止まったが、数秒しても中から人が出てくる気配がない。一体どうしたのかとすり足で扉に近づく。すると、恐る恐ると言った風に、緑色の長い髪が扉の隙間から出てきた。
先ほどのピンク色の髪に負けないほど、緑色の髪も希少種だと思う。しかし偶然にも、こちらの髪色は僕にとっては見慣れたものだった。
いくら何でも思い描く人物ではないだろうと思いつつ、敢えて声はかけずにその挙動を見守る。扉から突き出た頭は震えながらもさらに廊下にでてきて、少しの躊躇いのあと、こちらを向く。
互いに目と目が合い、そしてまさかと考えていた予想が正解だったことを知った。
「えーと、緑川さん……だよね?」
「……あ、今志方君?」
互いの名字を呼ぶことで、いよいよ彼女が顔見知りであることを認識する。
よりによってまさかこんな場所で知り合いに出会うとは。少し思考がパニックになる。
てっきりこの建物には探偵が呼ばれているのだと考えていたため、さっそく予想が外れていたことにも驚いていた。
まあ驚いているのは当然僕だけではないわけで、緑川さんも鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして、「どうして今志方君なんかが?」と、やや失礼な言葉を吐いていた。
「僕もどうしてここにいるのか疑問なんだけど……そう言う緑川さんは何で?」
「えと、理由はたぶん簡単なんだけど……今ここで言うのは間違ってた時恥ずかしいから……」
「そ、そっか。因みに緑川さんも変なお面をかぶった人に襲われてここに?」
「お面をしてたかどうかは分からないけど。突然後ろから羽交い絞めにされて車に引きずり込まれて、気付いたらここの部屋にいたの」
「へえ。そういうパターンもあるんだ」
タブレットに書かれていた言葉から、僕はこの館に探偵として連れてこられた可能性が高い。そして他にも人がいるのなら、彼らも探偵なんじゃないかと推測していた。
だけど緑川さんがいるということは、この考えはどうやら間違っているらしい。おそらくほかのメンバーは犯人や被害者、その他何かしらの役割を与えられてここに連れてこられたのだろう。
さっき僕に扉をぶつけていった女の子も、探偵には見えなかったし。
しかしそうなると、この建物における僕の役割は非常に重要なものへと変わってしまう。学校の小さな事件をいくつか解決してきただけの僕なんかに、大人数を誘拐できる犯罪者の求める探偵役など務まるだろうか?
まあ、ここで悩んでも仕方がない。まだ何も起きていない――というと違うけれど、僕たちをここに連れてきた人物の真意は定かではないのだから。
「じゃあ、取り敢えず下に行く? さっき一人下りて行くの見かけたから」
「……うん。今志方君に任せるよ」
「じゃあ、そういうことで」
「うん」
何とも言えない微妙な空気間のまま、取り敢えず二人一緒に歩きだす。
本当にただの顔見知り程度の相手故に、どう接していいかもわからない。そもそもこんな状況下では世間話というのもおかしい気がする。
「……」
「……」
「……」
「……」
「えと、あれから事件とかは起きてない?」
「あ、うん、大丈夫」
「そっか、良かった」
「まあ、今まさに巻き込まれてるけど」
「そうだったね」
「うん」
「……」
「……」
会話終了。
僕自身会話が得意なわけではなく、緑川さんも引っ込み思案でやや無口な方だ。
しばらく前に、緑川さんの持ち物が盗まれる――消しゴムとか髪留めとか、ちょっとしたもの――事件があり、それを僕が解決したという繋がりがある。が、逆に言えばそれだけの関係性。
必然お互いのことを深く知っているわけもなく、これと言った会話も思い浮かばない。
結局その後は一言も喋ることなく下の階へと到着した。
館内図が正しければ先までいた客室が三階。ここは二階で、教室と体育ホールがあるらしい。
ふと建築基準法とか大丈夫なんだろうか気になったが、関係ないかと思い直す。掃除こそ行き届いているものの、それが逆に生活感のなさというか、これまで利用されたことがほとんどない建物であることを窺わせたからだ。
たぶんだけど、監禁用にこっそり作られた違法建築なのだろう。
ただ、それにしては少し気になるコンセプトだが。
二階には教室と体育ホール。一階には音楽室や美術室、図書室などがあり、全体的に学校を想起させる。まさかここで授業を受けることにはならないだろうけど、なぜ学校に似せた作りにしたのか。犯人の意図が気になるところだ。
そんなことを考えつつ、僕は周りを見渡した。
三階に比べると天井がかなり高く、実質二階分近い高さがあるのを除けば、特に変わった様子はない。見取り図通り、階段の両脇にはトイレ、教室があることを確認した後、この階のメインとなるであろう体育ホールの前に立った。
体育ホールの扉の上にはガラス張りの小窓がついているが、位置が高く脚立などを使わないと中を覗き込めないようになっていた。
なぜあんな所に小窓がと不思議に思いつつも、僕は体育ホールの扉を開けた。