37:推理と悪だくみ
「まさかとは思ったが、本当にこうなるとはな」
「ですね。流石は助手探偵、相馬銀嶺ってところですか」
「……褒めてもらってるとこ悪いんだが、そろそろ説明してくれないか?」
段ボールの中に全ての道具を収納し直した僕らが満足げに頷く中、ただの傍観者と化していた相馬さんが困惑の声を上げる。
額の汗を拭いながら、裏社会探偵は「それ見りゃ分かんだろ」と、空のまま残された段ボール箱を顎で指した。
「お前の推理した通り、全部の小物を収納しても一つだけあまりの箱ができんだよ。つまり、段ボールの一つが空になってやがったんだ」
「それがどうかしたのか? 最初から空だっただけじゃ?」
「ちっ。なんでこれに真っ先に気付いた野郎が一番理解できてねえんだ。空の段ボールが元々置いてあった可能性も零じゃねえが、普通に考えてそんな無駄なもの置いてあるわけねえ。となればお前の言う通り、大きなモノが元々は入ってたんだよ」
「確かにそれは俺の案だが……そんな大きい物、この館には――」
「人間ですよ」
「人間!?」
僕の言葉に相馬さんが驚愕の声が上がる。
裏社会探偵の目から見てもその反応が演技だと思えなかったようで、一層呆れた様子で溜息を吐いていた。
「ガチで何も理解してないのがすげえな」
「いや待て。これは俺はおかしくないだろう。普通に考えて誰が段ボール箱の中に人間が入っていたなんて考える。というより、二人こそ本気で言ってるのか?」
「俺は本気だぜ」
「僕も、かなりの確率で正しいと思ってます」
「なら、一体だれが入っていたと? まさか姫路か?」
「違います。姫路さんじゃなく、彼女を殺した犯人自身です」
「……は?」
僕の言葉が理解できなかったようで、相馬さんは口をぽかんと開けて停止する。
それから我に返ると、頭痛を抑えるように右手で頭を抱えた。
「……訳が分からん。一から説明してくれ」
「どうすっかな。というか、てめえもこの考えに至ってるのは、今更ながら驚きだな。どうしてそう思った」
相馬さんでなく僕に対する問いかけ。それもこれまでの小馬鹿にした調子ではなく、純粋な関心を持って尋ねられる。
そんな状況じゃないと思いつつも、僕は僅かな感動を覚えながら答えた。
「ここに来る少し前の、相馬さんとの会話から思いついたんです。二神教授の告げたルールには、ある共通点があったなって」
「ルール? 仲良くしろとか夜は自室にしろとかいうあれか? それでどうして……いや、そういうことか」
裏社会探偵は数秒の思考だけで、僕の言わんとすることを理解したらしい。
その思考力の速さに感嘆する一方、彼がこのことに気付かずどのように推理したのか気になった。
「黒金さんはルールから気付いたわけじゃないんですね」
「俺は普通にここまでの情報を整理した結果だな。それで、開かなくなる部屋とそうでない部屋があることには気づいてたからよ」
「成る程……。確かに開かない部屋の共通点が分かれば、同じ結論になりますね」
「ま、確証はないし可能性の一つに過ぎなかったが」
「今回の件で、確信に変わったと」
「まあな。それ以外にこの状況を説明するのは厳しそうだからな」
「ですよね。後は実際に検証してみる必要が――」
「ちょっと待ってくれ! そろそろ説明を頼む。いい加減二人が何を言ってるか分からな過ぎて頭が馬鹿になりそうだ」
「めんでえなあ」
裏社会探偵が言葉通りの表情で大きく嘆息する。
僕と裏社会探偵はそれぞれの推理を擦り合わせつつ、相馬さんに説明していった。
相馬さんは秀麗な顔を険しくして話を聞く。そして全てを聞き終えると天を仰ぎ、「信じ難いな」と呟いた。
「何が気に食わねえ。言ってみろ」
「どちらの主張も根拠が薄すぎる。可能性の一つとしてはあり得るかもしれないが、それだけだ」
「具体的には何が気に入らねえ」
「犯人の意図が分からない。二人の推理通りだとすれば、犯人は部屋を封鎖するためだけに、ずっと段ボール箱の中に隠れていたことになる。ただ殺すだけなら不用な行為だし、それが犯人にプラスに働くとも思えない。むしろ容疑者を絞り込ませることにすら繋がるはずだ」
「そこは……否定できないんですよね」
「だな」
僕と裏社会探偵はそれぞれ溜息を吐く。
相馬さんが指摘した点はこの推理の致命的な欠陥である。しかし一方で、この説以外に放送室が現場として選ばれたことも、部屋が散らかされていたことも、段ボールの一つが空であることの説明もできないはずだ。
しばらくの間、三人共に無言で状況を整理する時間が続く。
しかしこちらの問題は少し考えただけでは答えに辿り着く気がせず、僕は早々に白旗を上げた。
「その、まずは僕たちの推理が――扉が開かなくなるギミックの発動条件が正しいか確認してみませんか。場合によってはかなり時間がかかるかもしれませんけど」
「まあそれしかねえか……ん?」
「どうしました?」
裏社会探偵は急に僕と相馬さんの顔を交互に見回し始める。
どうしたのかと混乱する中、彼は本日一番の悪い表情を浮かべ、「よく考えりゃ最高のメンツじゃねえか」と嗤い出した。
絶対によからぬことを思い浮かべている。
嫌な予感に苛まれつつも、逃げるわけにはいかず、仕方なく声をかける。
「何か、良い案が思いつきましたか? ちょっと聞くの怖いですけど……」
裏社会探偵は満面の笑みで頷いた。
「思い浮かんだぜ。ギミックの検証と犯人を絞り込む一挙両得の策をなあ」
「そ、それは凄いですね」
「ああ。だがこれにはお前ら二人の協力が必要不可欠だ。今志方、相馬。勿論手伝ってくれるよな」
「ぐ」
この場面で、急に名前を呼ぶのはずるい。
僕と相馬さんは顔を見合わせ、互いに苦笑する。
それから黒金に向き直り、彼の悪だくみに耳を傾けた。