36:助手探偵と事件のヒント
「名前呼び……じゃなくて、姫路さん殺害の犯人と黒幕とのどちらを捜すべきかですか? それはまあ、どっちもでは?」
突然の名前呼び。ここにきてから名前で呼ばれることは一切なかったので真っ先にそこが気になってしまった。
でも今大事なのはそこじゃない。尋ねられた件について真面目に考えねば。
「強いて言うなら姫路さんを殺した人物を突き止めるのが優先じゃないですか。もしかしたらそれが黒幕の可能性もありますし。というより、黒幕が誰かは調べようがありませんから」
そう僕が答えると、裏社会探偵がへらへら笑いながら「いやあ、なかなか面白い視点じゃねえの」と口を挟んできた。
「二神も言ってたが、姫路殺しの犯人が黒幕である可能性は低い。だったら姫路殺害の犯人を突き止めることは根本的な解決には繋がらねえことになる。館の脱出を考えるなら、黒幕捜しを優先すべきってわけだ」
「だけど、黒幕に関する手掛かりなんて何もありませんよ。ひとまず目先の事件を解決する方が優先だと思いますけど」
「その目先の事件を解決しても意味ねえって話だろ。それよか、どうして殺人事件が起きたのか。そこに黒幕はどう介入したのか考える方が得策つってんだろ」
「成る程……」
先の如月君傷害事件は、姫路さんがここから出るために起こした狂言だった。だけど今回は殺人事件だ。単にここから出る目的として行うにはあまりに行き過ぎた行為。集められた探偵の中にシリアルキラーでもいれば別だが、そうでないなら黒幕に何らかの干渉を受け殺害に走ったと考えるのが自然だ。
だけどそれを言うなら、
「やっぱり、姫路さん殺害の犯人を特定するのが先じゃないですか? そこから黒幕の情報を聞き出せるかもしれませんし。それに黒幕に唆されて事件を起こしたなら、まだ事件は続く可能性が高い。いずれにしろ放置はできませんよ」
「ま、それはその通りだな。てことでまずは姫路殺害の犯人探しからで如何ですか、助手探偵様」
あっさりと前言を撤回し、小馬鹿にした様子で相馬さんに振る。
相馬さんは数秒の沈黙の後、「分かった」と小さく頷いた。
「それにしても、どうして急にそんなことを?」
僕が尋ねると、相馬さんでなくなぜか裏社会探偵が答えた。
「こいつには重要な事なんだろ。無意識で事件のヒントを口走る助手探偵。されどその能力が発動するには、本人が何の事件を解決したいと考えているか明確に意識している必要がある。違うか?」
「……おそらく違わない」
「はっ。やっぱりな」
他の探偵とは違う、相馬さんだけが持つ特殊な力。無意識に事件の突破口を告げるその能力は、何も万能というわけではないらしい。
「一応てめえの言動には気をかけてたんだがな。今日にいたるまで館からの脱出方法もスフィアの正体についても、それらしきヒントは何も語らねえ。能力を騙っているだけの屑かとも疑ったが、推理を拒否してやがるしそんな騙りをするメリットも浮かばなかった。となりゃあ考えられるのは、ヒントを口走るには何かしら条件を満たす必要があるってことだ」
「……そんなゲームのキャラみたいなことありますか? 能力を発動する条件とか」
「別におかしなことではねえだろ。体調がいい時と悪い時、緊張しているか否かで人の能力なんてがらりと変わる。相馬がやっていることも無意識に行ってるから特異に感じられるだけで、単に事件に関係しそうな要素を見抜いて口にしてるだけだ。となれば事件について思考しているかどうかは十分なトリガーとなり得るはずだ」
「……意外と、他の探偵たちのことも考えてるんですね」
「使えるものは何でも使う主義だからな。で、成金女の事件をメインで思考した状態でこの部屋を見回してどうだ。なんか思い浮かぶことはあるか」
「少し待て」
相馬さんは思考を切り替えるように目を瞑り、深呼吸を一回。放送室をぐるりと見まわし――眉間に皺を寄せ首を振った。
「正直、何も分からない。随分と部屋が荒らされているという印象くらいだ」
「最初からお前の意見には期待してねえよ。とにかく思ったこと何でもいいから話続けろ」
裏社会探偵から容赦のない言葉が飛ぶ。
相馬さんは眉間の皺を深め、もう一度部屋を見渡した。
「話続けろと言われてもな……。部屋が荒れているという以外に何も言うことなんてないぞ」
「ちっ、面倒だな。じゃあ部屋が荒れてる原因についてはどうだ」
「そんなの姫路が暴れたからじゃないのか?」
「そ、そう言えば姫路さんの体って痣とかありましたっけ」
このままだとあまり話が進まないと感じて、僕も口を挟む。
間髪入れずに裏社会探偵は頷いた。
「あったぜ。肘や膝を中心に、腕と足にいくつかな。顔や腹、背中には特に見られなかったけどよ」
「足や腕に痣があるということは、姫路が脱出のためにこの部屋でもがいていた証拠だろう。やはり部屋を荒らしたのは姫路自身。特におかしな点は無いはずだ」
「そうでしょうか? この部屋の散らかりようは足の踏み場もない程です。もし部屋の中で転びでもすれば、腹や背中にも痣や傷ができる可能性は十分にある、というよりないとおかしいと思いますけど」
「なら時宗はどう考えてるんだ?」
「犯人が先に荒らしていたんじゃないかと。理由を聞かれると弱いですけど」
「犯人が先に……」
相馬さんはちらりと室内に目をやってから、「それはないんじゃないか」と否定した。
「これだけ部屋を荒らすのはかなりの手間だ。見つかれば怪しまれるのは間違いないし、わざわざそんなことはしないだろう。あるとすれば、そうしないといけない理由がある場合だが、そんなの相当大きな物を隠していたっていうぐらいしか思い浮かばないな」
「大きな物……」
「ああ。段ボール一つを占領するような大きな物が元々は入っていたが、事件後にそれを出す必要が生じた。空の段ボールが事件現場に残されていれば怪しまれると思った犯人は、そこに新しく物を詰めるより、他の段ボールの中身も全て出して空にした方が楽だと判断した、と言った感じだな。まあ今回の事件にそんな大きい物を使用する余地はないだろうし、ただの戯言だが――と、二人ともどうしたんだ?」
僕と裏社会会探偵が急にタブレットを使用し部屋の中の写真を撮り始めたため、相馬さんは怪訝な表情を浮かべ話すのを止めた。
しかし今の僕らにとっては、理由を説明している時間がもどかしく、申し訳ないが無視して作業を続ける。
お互い十分に現場の写真を撮ったところで、僕と裏社会探偵は散乱した道具を、全て段ボール箱の中に戻していった。




