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誘拐学園 〜名探偵育成計画〜  作者: 天草一樹
第三章:躍動する狂気

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35:放送室と黒幕

 二階に降り立った僕らは教室を覗いてみた。

 黒野さん辺りが今日も講義を受けるつもりで中にいるのではと思ったが、実際に教室にいたのは胡桃沢さんただ一人。それも机に突っ伏して爆睡していた。

 声をかけるか少し悩むも、寝起きの彼女とまともに会話できる自信がなかったため素通りして一階へ向かう。

 館内を歩いていても、人の声どころか物音すら全く聞こえてこない。

 どの探偵も捜査をしていないわけではないのだろうが、一体何をしているのやら。

 静寂に耐えきれず、相馬さんに話しかけてみた。


「そう言えば、相馬さんならあの使用人を倒して玄関から強行突破とかできませんか?」

「可能だとは思うが、正直やりたくはないな」


 相馬さんは渋い表情で玄関に視線を送った。


「あの二人、誇張じゃなく死ぬまで妨害してくるだろうからな。いくら脱出のためとはいえ、人殺しになる覚悟はまだできない」

「……やっぱり洗脳、されてるんでしょうか」

「さてな。そう考えたくなるほどには異常だが、そんな洗脳技術があるなんて信じたくないと思ってるよ」

「仮に洗脳されてるとして、実行犯は誰だと思いますか?」

「想像もできないな。二神ではないだろうから、もう一人の黒幕とやらになるんだろうが。そいつがどんな奴か情報がなさすぎる。現状の俺の知識では、洗脳もできそうなやばい犯罪者と言われたら『スフィア』くらいしか思い浮かばない」

「まあそうですよね……って、あれ」


 二神教授を脅している本当の黒幕。その正体がスフィアであるという可能性。それって意外とあり得るんじゃないだろうか。

 僕らを監禁した張本人ではあるものの、話しぶり的にはかなり冷静で頭も良い、加えて刑事だという二神教授。正直脅されてもそれに屈するような人には見えない彼が、あっさりと黒幕に従っているのは、黒幕こそがスフィアだからではないか。黒幕の言葉に従うことで、結果としてスフィアに辿り着ける。それが彼の本当の狙いだというのは、決してあり得ない話では――


「おい、あれ」


 保健室を横切り、放送室が見えてきた直後、相馬さんが指をさした。

 何かと思い僕も思考を打ち切り顔を上げる。相馬さんが指をさす方、僕らの目的地でもある放送室の前に、欠伸をしながらこちらに向け片手を振っている裏社会探偵の姿があった。




「ずいぶん遅かったな。お前ら以外はもう全員捜査しに来たぞ」


 放送室の前に辿り着くなり、裏社会探偵は嫌みな笑みを浮かべて言った。


「……黒金さんは、ずっとここにいたんですか?」

「当然だろ。夜の間に犯人が証拠を処分しに来る可能性もあるんだ。見張っておくのは必須じゃねえか」

「それで、犯人と思わしき人は来ましたか」

「いやあ、全然だ。どいつもこいつも一人で来ては、無言で適当に部屋を調べて帰ってくだけ。怪しいと言えば全員怪しかったが、いずれにしろ誰も彼も愛想と協調性のない奴だってことしか分からなかったよ」

「……そうですか」


 それをお前が言うのかと思うも、勿論口には出さない。


「ああだが、ピンク髪だけはしきりに首傾げながらぼやいてたな。なんか部屋に違和感があるって」

「ピンク髪っていうと、胡桃沢さんが?」


 六感探偵である彼女の独り言。

 彼女のぼやきとなると深い意味があるように感じられるが、果たして部屋に違和感などあっただろうか。

 僕と相馬さんは扉を開け、放送室に入る。部屋の中は昨日見た時と変わらず荒れたまま。しかし大きな違いとして姫路さんの死体が消失していた。


「おっと、言い忘れてたが、既に成金女の死体は使用人どもが片付けて館の外に持っていったぞ。一応、後で藪医者が死因を教えてくれるらしいぜ」

「見張りをしていたのに、死体が運び出されるのは止めなかったんですか」

「俺はもう十分調べた後だったからな。放置しといたら腐敗が進むだけだし、むしろ率先して手伝ったよ。全身くまなく写真も撮っておいたから、必要なら見せてやる。勿論貸しだけどな」

「……結構です」


 本音を言えば見たいところだが、裏社会探偵相手に貸しを作る方がリスクがでかい気がして断ってしまう。

 まあ死体の写真を見たところで何か新たな発見が得られるとも言えないし、まずは部屋を調べるのが優先だ。

 なぜかずっと難しい顔で黙したままの相馬さんに声をかけ、二人で部屋を調べていく。

 するとそんな僕らを監視(?)しながら、裏社会探偵は愉快そうに口笛を吹いた。


「それにしても、今度は助手探偵と組むとはな。高校生探偵殿は随分浮気性じゃねえか」

「……」

「それは相馬も同じか。あれだけ事件に関わるのは嫌がってたくせに、あっさり宗旨替えして助手を引き受けるとか。プライドってもんが欠けてんのかねえ」

「……」

「つってもコンビとしては妥当と言えば妥当か。赤髪や盲目と組んだところで金魚の糞にしかならねえし、そもそも手助けも必要としねえだろ。その点未熟なお前らなら、いい感じにカバーし合えるってわけだ」

「「……」」

「けど華がねえよなあ。相馬が推理すんならともかく、推理担当はモブ顔の方だろ? お前らが事件解決してもあんま盛り上がんねえと思うぜ」

「……あの、集中して捜査したいんでヤジ止めてもらえませんか」

「悪い悪い。でもこの程度で集中力切れるようじゃ修行不足だろ? 他の探偵たちは特に気にしてなかったぜ」

「それは言っても無駄だと呆れられてるからで――ああ、もういいです」


 先人たちに倣い、僕もガン無視することを決める。

 裏社会探偵はしばらくの間ヤジを続けていたが、こちらが一切反応しないでいると飽きたのか何も言わなくなった。

 そんなこんなで放送室の捜査は行われたが、特に新しい発見は得られず。

 ただ、胡桃沢さんが感じ取っていた違和感については、何となく理解できた。

 それは偏に、部屋が荒らされていることだろう。

 まず放送用の設備が壊されていることが少しおかしい。勿論これを壊しておかないと助けを呼ばれてしまうことになるわけで、そう言う意味では壊すのは当然。だけどそもそも、なぜ放送室を殺害現場に選んだのかという話だ。

 殺害現場が放送室でさえなければ、閉じ込められた状態で人を呼ぶことは不可能であり、それこそ腕と足を縛って部屋に転がしておくだけでよかったはず。わざわざ設備を壊すという手間をかける必要はなかったはずだ。

 それから、段ボールの中身が全てぶちまけられていたこと。当初は何とか脱出を試みようとしていた姫路さんが、必死に脱出に繋がりそうな道具を求めて段ボール箱を開け中を物色していたのではないかと思っていた。だけど実際のところ、彼女の両腕はロープで縛られていた。あの状態では物がたくさん入っていた段ボール箱全てをひっくり返し、中身を部屋にまき散らすことなどできただろうか。

 まあ火事場の馬鹿力という言葉もあるし、命の危機に晒されていたことからどうにかこうにかやったのかもしれない。ただそうでないのなら、犯人が事前に段ボールをひっくり返し散らかしていたことになる。

 前者なら特に考える意味はないが、後者だった場合はかなり大事な意味を持つように思う。真実は一体どっちなのか……


「いやいや、ちょっと待てよ僕」


 ふと、自分が真剣に事件について推理していることに気付き、慌てて頭を振る。まだ僕は、僕自身が推理をすべきかどうか決めかねている。また下手に推理をして、犯人を追い詰めてしまった時、どう責任を取ればいいというのか。ひとまずは情報収集に専念すべきだと、考え直した。

 こちらは十分に調べ終えたので、相馬さんに顔を向ける。すると彼は、相も変わらず険しい表情で黙考していた。

 流石に様子が気になり、「どうかしましたか?」と声をかける。すると相馬さんは僕に視線を向け、ずっと悩んでいた疑問を口にした。


「なあ時宗。そもそも俺たちは、姫路殺害の犯人と、この事件の黒幕、どちらを捜すべきなんだ?」

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