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誘拐学園 〜名探偵育成計画〜  作者: 天草一樹
第三章:躍動する狂気

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32:主犯とギミック

 扉が開いたのは、日を跨いで数分経ってからのことだった。

 五分間隔で誰か一人が扉が開くか試し続け二時間強。何を契機としたのか分からないが、閉ざされた放送室は開放され――僕らは姫路さんの死亡を確認した。

 死因は一酸化炭素中毒。小窓から見えていた練炭が原因と考えられる。当然、換気されないよう換気口は塞がっていた。

 また小窓から見た時は角度的に分からなかったが、彼女の両手はロープで縛られていた。自力では部屋から脱出することも、練炭の火を消すことも難しかったようだ。

 このことから自殺か他殺かはともかく、最低一人、彼女の死に関わっていることは決定的となった。

 ただ、いずれにしても事件解決には、解かなければならない大きな問題があった。


「深夜に呼び出して悪いが、早速答えてもらおうか。姫路は死んだぞ。これはてめえの狙い通りか」

『違う』


 時刻は深夜二時。場所は普段授業を受けているA教室。

 僕らが執事を脅す形で無理やり二神教授への連絡を取らせ、こうして例外的に話し合いの場が持たれた。

 教授は相変わらず目と口の位置がずれた不気味なお面を被っており、感情は読み取れない。裏社会探偵からの問いかけに対しても即答であり、真意は読み取れなかった。


『最初に言った通り、俺の目的はお前たちを名探偵に育て上げ、スフィアを捕まえることだ。誰かが死ぬことは望んでいない』

「だが実際に一人死んだ。これがてめえの計画通りじゃないって言うなら、誰が犯人か教えろ」

『それはできない』

「あ? まさか狙い通りじゃねえがせっかく死んだなら有効利用しようってか? あんまり舐めてっと――」

『理由は二つ。一つは俺にも犯人が分からないから。二つは、仮に知っていたとしても教えれば俺が殺されるからだ』

「な!?」


 流石に予期していなかった返答に、僕らの中で驚きの声が上がる。

 しかしそんなこちらの反応を気にかけることなく、二神教授は淡々と言葉を続けた。


『お前らのいる場所は学校であり、監視カメラなんて必要最低限しか設置していない。つまり学内で起きることに対しては、はっきり言えばお前らの方が詳しい。

 それから名探偵候補諸君ならとっくに気付いていたと思うが、この計画は俺一人で立てられたわけではない。いわゆる主犯が別にいる。そして俺はそいつに逆らえないし、逆らえば殺される。

 ゆえに犯人は教えらえない。これで満足してくれるか』

「それでは、主犯の方は私たちを殺すつもりがあるということでしょうか」


 そっと左手を上げ、明智さんが質問する。

 教授はまたも即答で『分からない』と告げた。


『あちらの真の目的は俺も知らない。俺が知っているのは、優秀な探偵を一所に集めたがっていたことくらいだ』

「だったらそいつがここに侵入して姫路を殺した可能性もあるってことだよな」

『可能性としてゼロとは言えないが、低いだろうな。殺したくて集めたようには思えなかったし、それなら俺など介さず、姫路が言っていたようにデスゲームでも開いていただろうからな』

「分かりました。お話しを整理すると、二神教授自身は私たちを害するつもりはない。しかし主犯に脅されており助けることも犯人を伝えることもできない。そう言うことで間違いありませんか?」

『ああ、間違いないな』

「……その割に、冷静過ぎるのは気になるね」


 ぼそりと、赤嶺さんが呟く。

 しかし彼女の声は二神教授には届かなかったようで、『他になければ通信は切るぞ。それから、姫路の死体もこちらで回収させてもらう』と告げてきた。

 勿論聞きたいことはたくさんあったが、皆情報を整理することで精一杯なようだ。それに二神教授との会話も今回が最後というわけでもない。無理にここで質問する必要性も感じられなかった。

 だけど――


「僕から一ついいですか?」


 僕は我慢しきれず口を開いた。


『何だ』

「もし、もし僕たちが本気で救けを求めたのなら、二神教授はどうしますか」

『……さてな。俺はそんな事は起こらないと思っているよ』


 そう言うと、一方的に二神さんは通信を切りモニターは暗闇に包まれた。


「最後に何を聞くかと思えば、探偵らしからぬ下らねえ質問だったな」


 モニターが切れると同時に、裏社会探偵が皮肉気な笑みを浮かべ僕を見てくる。

 すると僕が反応する前に明智さんが否定の声をあげてくれた。


「そうでしょうか。私としてはかなり価値ある発言に思えましたが」

「ああ? どこがだよ」

「今志方さんは二神教授の立ち位置を明確にしてくれました。おかげで、選択肢がかなり拡がりました」

「……ちっ」


 明智さんの言葉に納得したのか、裏社会探偵は舌打ちをして大人しく引き下がる。

 少し明智さんと僕とでは知りたかった情報に差がありそうだが、実際得たものは大きい。二神教授の回答は、考えうる最高の答えだったし。


「さて、これからどうする? 流石に今から捜査するのは厳しいと思うから、個人的には軽く方針だけ決めて解散希望だが」


 露骨に疲れた様子で赤嶺さんが提案する。

 ぱっと見かなり無神経というか、姫路さんの死に対して動じていないように見える。だけど彼女が僕を呼びに来た際の顔色を知っているため、彼女がただ弱みを見せないよう強がっているのだと分かった。


「今回も個別で捜査でいいだろ」


 真っ先に裏社会探偵が欠伸をしつつ反応する。

 彼に関しては赤嶺さん以上に変化がない。修羅場を潜り抜けてきた数を考えるとおかしくもないのかもしれないが、それにしてもな態度だ。

 彼らの態度に苛立った様子の相馬さんが、皮肉気に「今回は時間制限は設けないのか」と尋ねる。裏社会探偵は軽く首を振り、「これはそう簡単には解けねえよ」と珍しく弱気な言葉を吐いた。


「お前は分かってねえようだから言っとくが、今回の事件は探偵館のギミックが肝になってんだよ」

「探偵館のギミック? どういうことだ」

「扉が急に開かなくなる仕掛けのことですよ」


 明智さんが杖で扉をさしながら言う。


「姫路さんは腕を縛られていたものの、意識はあり、ある程度動くことができたようでした。その証拠に彼女の爪は割れ、膝にも転んだことによってついた青あざがありましたから。そして動けたのであれば、当然部屋を出ることもできたはず。しかし彼女は部屋から出られず亡くなられた。扉が開かなかったからです」

「それは分かるが、扉が施錠されるのは偶発的なものだろう。運悪く扉が開かなくなり亡くなったんじゃ――」

「んなわけないっしょ」


 眠たげに目を瞬かせ、胡桃沢さんが言う。彼女も緊張感や悲しみを抱いてはおらず、ここでの会話に退屈している様子だった。


「換気扇封鎖して窓ガラスまでテープで覆って、しかもバカでかい練炭まで用意して。それなのに肝心の扉だけ運任せとか、どんだけ阿呆な犯人だっての」

「扉が開かないよう細工している最中に施錠されたから、それを利用したのかもしれないだろ」

「だーかーらーあり得ないですって。扉は閉まるのだけじゃなく開くのがいつかも予想できないんだから、どっちにしろ出られないよう細工はするに決まってるじゃん」

「それもそうか……」


 相馬さんは素直に頷くと、ようやく状況を理解したらしく真剣な顔で引き下がった。

 皆が言ってくれた通り、姫路さん殺害の犯人は探偵館のギミックを利用し、彼女を殺したことになる。つまり犯人を逮捕するためには、いまだ誰一人として分かっていない、探偵館のギミックを暴くことが必須となる。

 加えて犯人は、そのギミックをいち早く解明し自身の目的に組み込んだ知能犯。仮にギミックを解けたとしても、あっさり犯人に辿り着けるとは思えない。何より事件がこの一回で終わるとは考え難く、僕は心の中で悲鳴を上げていた。


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